116話 誘拐 2
「どうだ!? カイトとリティアちゃんは見つかったか!?」
「いえ、どこにもいないわ!」
グローラット領領主の家は、朝から大騒ぎになっていた。
朝起きたら、カイトとリティアの姿がどこにもなかったからだ。
それも、2人がいた部屋の窓ガラスは割られていた。それは、その部屋に何者かが侵入した事を意味する。
「ああ、どうしすればいいのグレイス!」
「とにかく落ち着け。まずは衛兵に連絡するんだ。この領内を徹底的に捜索する。君は1度部屋に戻って休むんだ」
「……わ、分かったわ……」
涙目で慌てるエアリスを、どうにか落ち着かせるグレイス。
しかし、彼も内心はかなり焦っていた。
カイトとリティアが拐われた部屋の窓は、割る際に音がならぬよう細工がされていた。
それに加え、部屋の中にも外にも足跡は1つもない。入念に消されていたのだ。
それらから察するに、誘拐犯は手慣れている。そんな相手の行方を追うなど困難だ。
領主貴族の息子を狙った時点で、かなり念入りに計画されていることが分かる。
ましてや、強力な力を持つカイトを狙って誘拐するのならば、それ相応の対策を練っているだろう。
「……くっ」
次第にグレイスの顔にも焦りが浮き出て来た。しかし、エアリスのように取り乱しても、状況が悪くなるだけ。
その時だった。
棚に置かれていたエアリスの服のポケットから、黒い何かが飛び出して来た。
その黒い何かは、煙のようなもやとなり、人形へ変える。
「私にお任せください」
それは、ポチの姿に変化した。召喚された時の服に身を包み、片膝を地面へついて頭を下げている。
「ポチ……カイトの居場所が分かるのか?」
「大まかな方向ではありますが、分かります」
グレイスの問いに、ポチは頭を下げたまま答える。
「私の体は主人あるじ様の魔力で形取られています。故に、私の魔力と主人あるじ様の魔力は常に繋がっている状態でした」
「そ、そうなのか……」
しかし、ポチの表情が曇る。
「……しかし、数時間前に主人あるじ様の魔力と切断されました。今。主人あるじ様の魔力量は0に等しい状態と思われます」
「なに……!?」
人間の魔力が0になるのは、その人間が死んだ時と言うのは一般常識だった。
カイトの魔力量が0になったと聞き、青ざめるグレイス。
しかし、ポチはその考えを否定した。
「ご安心ください。主人あるじ様はご無事です。その証拠に、私がまだ生きています」
召喚獣であるポチは、主人であるカイトが命を落とせば連動してその存在が消えてしまう。
だが、今回は『生きてはいるが魔力量が0になった』状態。
カイトの魔力と繋がってはいるものの、ほとんど独立した魔力塊であるポチが消える事はない。
「とは言え……主人あるじ様の魔力量が0になれば、私の力も著しく低下します。それが原因で、この姿へ変化するのに時間を要してしまいました。申し訳ありません」
「……それはいい。とにかく、カイトの居場所が分かるのなら、今すぐ教えてくれ」
ポチは破られた窓の外へ目を向けた。
「主人あるじ様の魔力と切断されたのは、ここより南東へ10キロほど離れた場所です。しかし、その切断される間際まで移動していたので、今はさらに離れているでしょう」
「な……なんだと!?」
グローラット領から南東へ10キロ。
その先はどの領地にも属さない森がある。カイトが5年過ごした森だ。
そして、さらにその向こうにはいくつかの村はあるものの、統治が間に合っていない土地が多く存在する。
「くっ……まずいな……」
「父上様。私にお任せを」
焦るグレイスにポチが再び話しかける。
「今の私は、この姿を保つ程度しか出来ません。しかし、空を飛び、主人あるじ様の元へ向かうことはできます」
「……!」
「この身を盾にしてでも、必ずや主人あるじ様とリティア様を守り抜きます」
ポチの真剣な表情を向けられたグレイス。
ポチはかつて、息子を殺そうとした魔物。
そう考え、まだポチの事を信用していなかった彼の心境に、少し変化が現れた。
「……今の言葉、本当か」
「はい。嘘偽り一切ございません」
「……分かった」
今だけ信用してみよう。グレイスはそう思った。
「なにか、私達に出来る事は?」
「今の私に戦闘する術はありません。ですので、王国騎士団1番隊隊長へ救援要請を出してください。コウ様ならば、すぐに動いてくださるはずです」
「待て、お前はコウ殿にお会いした事があるのか?」
「ありません。しかし、必ず、すぐに行動してくださります」
「……分かった」
玄関へ向かうポチの後に、グレイスがついて歩く。
「部屋に身代金要求の手紙が無かった事から、目的は別にあると思われます。そして、誘拐されたのが、膨大な力を持つ主人あるじ様とエルフであるリティア様である事から考えると、企みのある何者かが関わっている可能性が考えられます」
「……ああ、そうだな」
「敵は、主人あるじ様の魔力を0にする事が出来る術を持っています。しかし、そのような『技術』は私の知る限り存在しません」
ポチは歩きながら話し続ける。
「敵はなにかしら、その様な効果を持った『道具』を持っていると推測できます。ミフネ様には、そちらの捜査を依頼してください」
「分かった」
玄関へと到着した2人。
すると、ポチは背中から大きな翼を出現させる。
「コウ様には、グローラット領の南門へ向かうよう指示してください。そこから道標を残しておきますので、それを辿って進むよう指示を」
「ああ、分かった」
グレイスが答えると、ポチは背の翼を大きく広げ、飛び立つ態勢をとった。
「ポチ」
「なんでございましょう」
「息子とリティアちゃんを……頼んだぞ」
今まで信用しなかった相手に頼るしか無い。
そんな複雑な心境のグレイス。
それに対し、ポチは微笑み、普段と変わらぬ声で答えた。
「お任せください。この命にかけて、必ずやご両親様の元へお2人を無事にお連れします」
ポチの翼が力強く羽ばたく。彼の体が浮かび上がり、空の彼方へ消えていった。
「……頼んだぞ」
消えていくその姿を見ながら、グレイスはそう呟いた。
同時刻。カイトとリティアが拐われた盗賊団のアジト。
「おい、聞いたかよ。この国の騎士団長が俺達に、なんか依頼して来たんだとよ」
「ああ聞いたよ。もう頭かしら達が仕事を終わらしたらしいぜ。なんでも、少人数でないと出来ない仕事だったらしい」
「ほー、なら下っ端の俺らは関係ねーか」
アジトの入り口に見張りが2人。槍を持って立っていた。下っ端の2人はアルフレッドの依頼を、聞かされていない。
『王国騎士団長が盗賊団に依頼を出した』
そんな不祥事を、出来るだけ知られないようにするための対処だった。
「……ん?」
「誰だあれ……」
そんな2人の前に、“何か”が現れた。
2本の足で立ってはいるが、片方の足を若干引きずっている。
どうやら、盗賊団の人間ではないようだ。
「おい、誰だお前」
「ここはお前の来るところじゃないぞ。帰れ帰れ」
しかし、その“何か”は槍を向けられても歩みを止めない。
「ん……?」
「あれ、こいつどこかで……」
ある事に気がつく2人。
「なっ……!?」
「えっ……!?」
その瞬間、その“何か”の口が大きく開く。その口の両端は、耳まで裂けていた。
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