115話 誘拐 1


 そこには、大人の男に踏みつけられ、気を失っているリティアさんの姿があった。


「……え?」


 その方向を見た瞬間、俺は固まった。

 そこには、大人の男に踏みつけられ、気を失っているリティアさんの姿があった。


「や……やめろ!」


 叫び、その男へ突進する。


「おっと、坊主の相手は俺だぜ?」


 しかし、いつの間にか後ろにいた男に押さえつけられてしまった。

 必死にもがくが、拘束は振り解けない。


「離せ! 離してよ!」

「まぁまぁ落ち着けよ。坊主には大事な大事なお客様がいるんだからな」

「お……客……?」

「おい新入り。旦那呼んで来い」


 男がそう言うと、リティアさんを踏みつけていた男が部屋から出て行った。


 リティアさんに大きな怪我はないようだ。ひとまず、胸を撫で下ろす。

 少しして、その男は1人の男を連れて戻って来た。


 付いてきた男には見覚えがあった。


「お……お前……」

「やれやれ、大人は敬えと習わなかったのですか?」


 その男は、あの不正裁判にいた1人。つい最近も、俺の事を騎士団に入れようとして王様達に怒られた。


 確か……。


「アルフレッド……」

「“さん”もしくは“様”をつけなさい。まったく、これだから魔力付与人型兵器は」


 この国の王国騎士団2番隊隊長のアルフレッドだ。ため息をつき、頭をやれやれと振っている。


 だが、今はそんな事どうでもいい。どうしてここに俺達がいるのか、それを知りたい。


「なんで、僕たちはここにいる……?」

「……口の利き方がなってませんが、いいでしょう。教えてあげます」


 言い方が腹立つけど……聞くか……。


「簡単に言えば、あなたは誘拐されたのですよ。ここは、金で雇った盗賊団のアジトです」

「え……!?」


 誘拐……!? もしかして、寝てる間に!?


「も……目的はなに……!?」

「目的? そんなものはありませんが?」


 ……は?


 アルフレッドはニヤニヤしながらそう答えた。


「あなたはこれから“自分の意思で”私の騎士団に入隊するのです」

「……な……」


 ……なにを言ってるの? なんで俺が。


「僕……王国騎士団になんて、入るつもりないよ」

「いえいえ、そんな事ありません。家へ無事に帰ったあなたは、自ら王国騎士団2番隊へ入隊する事を望むのです」

「……そんな訳ない」


 無事に帰った? 誘拐したのに帰らせるつもり?

 すると、アルフレッドはリティアさんへ目を向けた。


「あのエルフ……あなたと同じベッドで寝ていたと報告されています。相当親密な関係のようですねぇ」

「ま、まさか……人質!?」

「いえいえ、そんな野蛮な事はしませんよ」


 アルフレッドの顔が醜悪な笑みに変わった。

 見ているだけで、嫌な気分になる。そんな笑みだ。


「私の知り合いに、幼女を好む貴族がいましたねぇ」

「……なっ……」


 こいつ……聖騎士長アレとおんなじだ。 


「最低だ……!」

「口の利き方には気をつけなさい」


 アルフレッドが俺を押さえつけている男に、なにか合図をした。

 地面に押さえつけられ、胸が圧迫される。


「ぐっうぅ……」


 ……っ! ダメだ、魔術で脱出しないと!


 炎魔術を使うため身構える。しかし、なぜか魔術が発動しない。


「あ、あれ……? なん……うっ!?」


 魔術が発動しない事を確認した次の瞬間、頭が割れそうなほどの頭痛に襲われた。


「うっうぅぅっ!?」

「あー、魔術を使おうとしたのですね。無駄ですからやめたほうがいいですよ」


 な……なんで……!? 


「これを見なさい」

「うぅ……?」


 アルフレッドはそう言って、自分の腕を見せて来た。

 その腕には、俺の腕と同じ金色の腕輪がはめられている。


「これは『魔道具』と言われる物の1つです」

「……『魔道具』?」


 ラノベで何度か見た事がある。色んな効果を持った特殊な道具だった気が……。


「まぁ、知らないのも無理はありません。『魔道具』の存在は国家機密ですからね」

「……うぅ」


 激しい頭痛に必死に耐える。そんな俺に、アルフレッドは話し続けた。


「この魔道具は……まぁ簡単に言えば、これを付けた者の互いの“魔力量”を同じ桁にする物です」

「お……同じ桁……!?」


 慌てて自分のステータスウインドウを表示する。

 そこには、言われた通りの数字が表示されていた。



 魔力量  0/630000


「ぜっ……ぜろ……!?」

「私は魔力が無い人間ですからねぇ。おそらく、今のあなたの状態は『魔力切れ』と言う物でしょう。そんな状態で魔術を使おうなんてすれば、拒絶反応を起こすのも当たり前です」


 魔力切れ……! 初めてなった……こ、こんなに辛いの……?


 魔術を使おうとしてからしばらく経つのに、頭痛はまったく引かない。

 それどころか、あまりの痛さに意識がもうろうとして来た。


「魔力量を同じ桁にするなど……そもそも魔力を持たない者ばかりのこの国で役に立つ事は無いと思っていましが、こんな形で役に立つとは……あなたの魔力量は知りませんが、少なくとも一般の人間よりかは多いはずですよね?」


「……くうぅ」

「あなたは今、魔術もなにも使えないただの子供。魔力付与人型兵器では無い……」


 アルフレッドが再び醜悪な笑みを見せる。


「あのエルフに手を出されたくなかったら、大人しく私に従いなさい」

「……っ」


 魔術が使えないなんて……そんなのチートアイテムだ。

 そもそも、なんでこいつはそこまでして、俺を騎士団に入れたがるんだ。あの王様にバレたりしたら、大変な事になるだろうに。


「な……んで、そこまで僕を……」


 頭痛を耐え、そう尋ねた。

 すると、アルフレッドの表情が険しくなる。


「……そんな事、決まっている。あの異国の不埒者どもと親殺しの愚王を排除するためだ」


 口調が変わっている。これが本性か。

 異国の不埒者ども……きっと、コウさん達のことだ。あの不正裁判の時に同じような事を録音した。


 ただ……親殺し? それは誰……?


「親……殺し?」

「ん? ふむ……知りませんか。ならば、教えてあげましょう」

「……」

「親殺しの愚王とは、あの国王……“ライナ・ラカラムス現国王”の事です」

「……え!?」


 ……あの王様が、親殺し? ど、どう言う……。


 すると、アルフレッドが俺の周りを歩きながら話した。


「この国では、6年ほど前に国王が殺害された事件が起きました。その首謀者が、現国王ライナ・ラカラムスだったのです」

「……」

「その事件で当時の国王は死亡。討ち取ったのは首謀者のライナ・ラカラムス」


 つまり……あの王様の親は、その時の王様? 親を殺して国王になったって事?


 すると、アルフレッドの表情が再び険しくなる。


「実の親を殺し……国王の座を奪い取った。それだけにも関わらず、“1番隊だった私の座”をあろうことか、あの異国の不埒者どもに明け渡した……!」

「……!」

「それに加え、あの親殺しは国王として相応ふさわしく無い!」


 背後から壁を殴る音が聞こえた。


「国王と言うのは、国の発展、そして国の領土を広げる力が無ければ務まらぬ! 前国王はその力があった! それに比べてあいつはどうだ! “せっかくエルフ国へ攻め入るきっかけを作ってやった”と言うのに、なにも手を出していないじゃないか!」

「……!?」


 今、『エルフ国に攻め入るきっかけを作った』って言った!?

 前にコウさんに聞いた話しだと、エルフとの事件を調べようとしたら、こいつが邪魔したって……。


「おっと……少し喋りすぎましたか」


 後ろからそう聞こえた。


「そのエルフを連れて行きなさい。別の場所で監禁します」

「……へい」


 リティアさんを踏みつけていた男が、彼女を持ち上げて部屋から出て行った。


「まっ待て! っ……ぐうぅ」


 なんとか追いかけようとするも、一際大きな頭痛に襲われた。めまいも感じる。


「その子供はここで監禁しておきなさい。しばらくの間、大人に逆らったらどうなるかを教え込みます」


 アルフレッドはそう言い残し、部屋から出て行った。


「まっ……うぅ……」


 めまいが強くなり、視界が歪む。意識も、もう持ちそうにない。


「リ……リティア……さ……」

「坊主、お前はこっちだ」


 体を持ち上げられ、どこかへ運ばれる。

 そして、ドアの閉まるとともに、意識が途絶えてしまった。

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