105話 まさか喋るとは
「主人様に絶対の忠誠を誓います。この命、果てるまで」
「「喋ったぁ!?」」
話せないと思っていた“彼”が、突然話し始めた事に驚いた。
「え……なんで、話せるの?」
「はっ、私は貴方様の手により、再びこの世で生きる事を許されました。そのご恩を返すべく、お仕えする事を心に決めた次第でございます」
「あぁ……うん」
めちゃくちゃすらすら話すな、おい。
「しかし、お仕えする身として主人あるじとなるお方の言語が分からないなど、言語道断。貴方様の記憶や、魔力召喚の効果により人族の言語を学ばせていただきました」
……え、そんなこと出来るの?
「不慣れである事をお詫び申し上げます。ですが、どうか貴方様と同じ言語を使わせていただくお許しを」
「あ……うん。大丈夫……」
不慣れどころか、俺より丁寧語(語彙力)上手いよ?
ミフネさんに問おうと目を向ける。
しかし、彼女は固まったまま手元を見ずにペンを走らせている。あれ書けてるのかな。さっきっから全然巡ってないけど。
今は話しかけても無駄だな。
「あー……とり、あえず……楽な体勢になってね……」
「お心遣い、感謝いたします」
彼は手を離し、立ち上がった。
「何か質問が御座いましたら、なんなりと」
立ち上がると、手を胸に当てて頭を下げる。
「ああ……う、うん……」
本当にこの人、あのブラック・ワイバーンなの?
あと、見た目が“アズライト・ライゼクス”なのに、性格が違いすぎて困惑する。
だが、彼は気になることを聞けと言っている。この際に色々聞いてみよう。
「……じゃあ、色々と……」
「はっ」
「……なんで、僕に従うの?」
何故、1度殺された相手に従うのか。それが1番の疑問だった。
しかし、彼はその質問に簡単に答えた。
「それは、主人あるじ様が私を上回る“強者”だからでございます」
……俺が“強者”だから?
「……どういう事?」
「はっ、説明させていただきます」
彼は表情を変えぬまま、説明を始めた。
「我らワイバーン種は、自らが強者になる事、そして強者に従う事を最大の悦びとしております」
あー……弱肉強食的なそういう……?
「私にとって、その“強者”が主人あるじ様なのです」
「……でも、僕は何度も負けそうになったと思うんだけど……最後はほとんど、不意打ちみたいな形で勝ったんだし……」
「愚問で御座います」
言葉を遮られてしまった。
「貴方様は私の攻撃をかわし、私の体に傷を付け、私を屠りました。例えそれが不意打ちだろうとそれは私が慢心して油断し、スキを見せたという事……」
彼は胸に当てている手を握りしめた。
「自分の力を過剰に判断し、“慢心してしまう程に私は弱い”のです。それに比べ、主人様は真の強者にふさわしい」
彼は、まるで自分の事のように、嬉しそうな表情で話した。
「あの時の単純な『火力や機動力』では私の方が数段上でしたでしょう。しかし、貴方様はそれに臆する事なく“自分が有利に戦える地形へ私を誘い込む”、“私の攻撃で死んだように見せかけ油断を誘う”など……『戦闘センス』が貴方様が勝っているのは明白で御座います」
……正直なところ、半分あってて半分違うのだが、そう思ってくれてるならそういう事にしておこう。
「真の強者は『力』だけでなれるものではありません。主人様のように“戦況に応じた戦略を立てられる”事が重要だと、私は考えました」
……褒められてるのかな? なんだか、よく分からなくなってきた。
「私は貴方様を尊敬し、敬愛し、お仕えさせて頂きたく存じ上げます」
「……僕はワイバーンじゃないけど、それでも良いの?」
「全く問題ありません」
あ……無いんだ……。
「普通であれば、ワイバーンが従うのはワイバーンだけです。しかしそれは、本能によって縛られているだけなのです」
「……じゃあ、僕に従うのも何の問題も無いの?」
「皆無で御座います」
ワイバーンの彼が何故、人間の俺に従うのか。その理由を知ることが出来て安心した。
すると再び彼は俺の手を取り、あの“王子様ポーズ”を取る。
「カイト様。どうか、この1ワイバーンが仕える事をお許しください」
「…」
……1度は彼に殺されかけたのは事実。だが、その彼を殺したのも事実。
殺し合いをした仲だが、俺に従う理由も分かった。
ここまで言葉を理解しているし、心配は特にいらないだろう。
「……分かったよ」
「では、お仕えする事を……」
「うん。今日からよろしくね」
そう答えると、彼の表情が明るくなっていく。
「ありがとうございます。今生、最大の悦びで御座います」
「そ、そこまで……?」
「もちろんで御座います」
俺には分からないが、きっと彼にとっては重大な事なのだろう。
「……」
……にしても、話し方が気になる……。
俺はずっと会話する中、その“めちゃくちゃ丁寧”な話し方が気になっていた。
別に嫌と言うわけで話は無いが、ちょっと落ち着かない。
仕えると言う事は、一緒に住むと言う事。
一緒にいる時、ずっとその話し方のせいで落ち着かなかったら……ちょっと嫌だ。
「ね、ねぇ……」
「何で御座いましょう。我が主人」
お、おう……わがあるじ……。
「そ、その話し方が落ち着かないの……もうちょっと、軽い感じで話してもらえないかな?」
すると、彼は複雑そうな表情をした。
「……人族と言う種族は、目上の者へ対してこの様な話し方をするものだと学びました」
「で、でもさ……ずっと一緒にいるのに、落ち着けないのはちょっとやだなって……」
「……」
少し考える様子を見せたが、すぐに答えた。
「分かりました。では、少し軽めに話させていただきますね」
そう言った彼の硬かった雰囲気は、接しやすそうなものへと変わっていた。表情も柔らかくなった気がする。
「かしこまらないで、もっと素で接してね」
「はい。分かりました」
「うん。それじゃあ、これからよろしくね」
すると、彼は笑顔で答えた。
「はい。ブラック・ワイバーン『ポチ』。素で主人様にお仕えします」
「…………?????」
……ポチ……??
「……あぁ!!」
そういえば俺、ポチって名付けてた!!
「ね、ねぇ! そのポチって名前、無かった事にして!」
もし、ポチと名付けたブラック・ワイバーンが、そのままの姿であれば問題は無かっただろう。
しかし、今は完全に人だ。人がポチと言う名前ではダメだろう。
「ふむ……それは何故でしょう?」
「そ、それは……今の姿でポチだなんて……」
「ダメなのですか?」
「ダ、ダメなの! 僕が変な目で見られちゃうから!」
「ふむ……」
彼は少し考える様子を見せた。そして、ニヤリと笑う。
「いえ、私の名はポチです。主人様がそう仰られても、それは覆りません」
ええ!!
「ええ!!」
思っている事がそのまま口に出た。
「な、何で!?」
「“名付け”とは、人生において最も重要な儀式の1つです。たとえ主人様の要望であっても、1度つけられた名を変えることは不可能です」
「そ、そんなぁ……」
彼はニヤニヤしながら話し続ける。
「さて、それでは主人様。お仕えするにあたり、ご家族の方々へ挨拶をして来ようと思います」
「……え」
「人族の挨拶は、“しっかりと自分を名乗る事”だそうですね。ですから、私もしっかりと名乗らせていただきます。『主人様に名付けてもらったポチです』と」
「っっ!!! ちょ、ちょっと待って!」
ま、まずいぞ……今の姿で『ポチです』なんて言われたら……。
人の姿で話す彼に、『ポチ』なんて名前をつけたのがバレたら、性格を疑われてしまうかも知れない。
家族やその他の人達に、蔑まされた視線を送られている光景が頭に浮かぶ。
そ、それだけは嫌だ!
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