103話 召喚 2



「……とりあえず、突然襲ってくる事は無さそうね」


 そう言い、構えていた杖を下ろした。


「……」


 不安ではあるが、それに合わせて結界魔法を恐る恐るといてみる。それでも、ブラック・ワイバーンは襲ってくる事はない。


 頭を下げたまま動かないその姿からは、あの以前戦ったブラック・ワイバーンのような奴危険な香りは全く感じない。


「ふーん……」


 すると、なにやらミフネさんがブラック・ワイバーンを観察し始めた。


「……ねぇ、ちょっとこいつに命令してみなさいよ」

「……え!?」


 突然、彼女にそう言われて驚く。


「め、命令ですか!?」

「ええそうよ。見た感じだとこいつ、あんたに対して降参してるんじゃないの?」


 ……降参?


「降参ってどういう事ですか?」

「だって、動物がこういうポーズとったら、降参って事じゃないの?」


 え、そうなの? 犬が腹を見せるポーズと、同じ?


「……そうなんですか?」

「知らないわよ」


 知らんのかい。


「物は試しよ。やってみなさい」

「えっ……ちょ……」


 ミフネさんにブラック・ワイバーンの方へ、背中を押されてしまう。


 攻撃してこないって、分かったからって……。


 すぐ目の前にいるブラック・ワイバーンを見上げる。


 す……凄い迫力……。


「早くやってみなさいよ」

「……えーと、ブッブラック・ワイバーン、小さく鳴いてみて」



 ゴァッ



「え、うそ」

「え、まじ?」


 ブラック・ワイバーンは、俺の命令に答えるように短く鳴いた。

それを見て、俺とミフネさんは同じ反応をする。


「……右手を上げて」


 続けて命令すると、ブラック・ワイバーンは右手を上げた。


「体を起こして、3回手を打って」


 すると、その命令通り体を起こし、大きな両手が3回音を鳴らした。


「……あんた……まじ?」

「……僕も驚いてます……」


 あの死闘の末に倒したブラック・ワイバーンが、俺の命令を聞くなんて……。

 正直信じられない。

 ……どれくらいの命令まで聞くのかは分からないが、ひとまずは安全そうだな。


「……早合点かもしれないけれど、あんた、遂にブラック・ワイバーンまで使役したのね」

「そ……そうなるんです……か?」

「あんたで驚く事は出尽くしたと思ったけど、そんな事なかったわ」


 彼女は両手を腰に当て、見上げながらそう言った。しかし、すぐに顔をしかめ、問いかけてくる。


「ねぇ、こいつってあんたが飼うことになるの?」

「……え?」


 その予想もしなかった発言に、思わず聞き返す。


「だって、こいつはあんたの言うことを聞いてるじゃない。ってことは、あんたに従属してるんでしょ?」

「……そうなるんですかね」

「……そうでしょ。なら、あんたが飼う流れじゃないの?」


 え……俺がこのブラック・ワイバーンを飼う……?


 それを踏まえてもう1度、目の前の巨大なブラック・ワイバーンを見上げる。こんな巨大な生物を飼うなんて、想像もつかない。


 ……お母さんとお父さんになんて言ったらいいのかな……。


「……ミフネさん……お母さんとお父さんになんて言ったら……」

「……あー……そうね……」


 すると、少し考えた様子を見せ、頭をかいた。


「言い出したのはあたしだけど……悪いけど、そんなの分からないわ」

「……そうですよね……」

「まぁ、正直に言うしかないわね。あたしも立ち会うから」

「分かりました……」


 正直、不安しかないけどそれしかないと思う。……というか、誤魔化しようも無いし。


「……じゃあ、とりあえずあんたが飼う方向で考えていいの?」

「……まずはお母さんとお父さんに話してから……決定はその後で……」

「……そ。あ、そうだわ」


 ん? なんだろ。


「それならこいつは、なんて呼ぶのかしら?」

「……え」

「他の人が居るところでいきなり“ブラック・ワイバーン”って口にしたら、驚かれるでしょ?」

「……あー」


 たしかに、彼女の言う通りだ。

 お母さんとお父さんはともかく、使用人の人とかに聞かれたら、話がこじれるかもしれない。


「えっと……」


 よし、そうと決まればこのブラック・ワイバーンの名前を……なっ名前を……。


「……」


 ……名前って、どう決めればいいの?


 思い返せば、生き物に名前をつけようなんて考えた事がない。


 生き物に名前……名前……ペット……?


 全神経を集中させて、名前を考える。

 そして、遂に記憶の奥底から、生き物につける名前の原点に辿り着いた。



「……ポチ」



 ……確か、ペットに名前をつける時は“ポチ”が鉄則だった気がする。そんな気がする。


「……ぽちぃ?」


 しかし、それを聞いたミフネさんは、あまり良い顔をしていない。というか、顔を歪めている。


「……ダ、ダメですか?」

「いや……あんたがいいなら、文句は無いわよ」


 ダメだった? ペットって、ポチって名付けるんじゃ無いの?


「まぁ良いわ。早く名付けなさいよ」

「わ、分かりました」


 ブラック・ワイバーンを見上げる。


「ネーミングセンス……」


 ミフネさんが何か呟いた気がした。


「何か言いました?」

「なんでもないわ」


 気のせいだった様だ。

 気を取り直して、ブラック・ワイバーンを見上げる。

 すると、ブラック・ワイバーンは何かを察したのか、体を起こしてこちらをまっすぐ見てきた。


「えーと……ブラック・ワイバーン。よく聞いて」



 ゴァッ



「今からお前に名前をつけたいんだけど、良いかな?」



 ゴァウッ、コルル



 ブラック・ワイバーンは心なしか、喜んでいる様に見える。


 ……というか、俺今ブラック・ワイバーンと会話してる…?

 ……続けよう。


「今日から名前は“ポチ”だよ。ちゃんと覚えてね」



 コルルルルッコルルルルッ 



 こ、これは……喜んでるのかな? 表情が変わらないから分かんない……。


 とにかく、無事に命名が終わった。

 しかし、もう1つの問題が浮上……というか、問題に気がついた。


 使用人の人とかに気がつかれないように名前をつけても、こんなに大きな体では普通に見つかってしまう。


「ミフネさん……」

「ん? なによ」

「ポチはここに置いて行きますか……? なんだか、普通に見つかりそうで……」

「……それもそうね」


 なんで今までそれに気がつかなかったんだろう。というか、あれだけのことがあって、まだ誰にも見つかってないとか……奇跡。


「あ、そうだわ」


 すると、ポチをしげしげと見つめていたミフネさんが、何かを思いついたようだ。


「何か手があるんですか?」

「……はっきり言って、ほんとに出来るかは分からないけれど、無くは無いわ」


 この際、不確かな事でも構わない。何か手があるなら……。


「書物の最後の方に、うっすら書いてあったんだけどね。“魔力召喚”って、召喚体の大きさを変えられるらしいわよ」


 大きさを変える……?


「……な、なんでそんな事が?」

「だって“魔力召喚”って、召喚主の魔力を基に体を作ってるんでしょ? なら、召喚主がその魔力を操れない方がおかしいんじゃない?」

「……!」


 た……確かに……。

 俺の魔力を基にしてるなら、それを変化させてやれば良いんだ。

 そうすれば、体を小さくしたり出来るかもしれない。餌を大幅に減らせるだろう。


「……あれ?」


 それに気がついた時、別の事にも気がついた。


「……それなら、さっきあんなに焦る事無かったんじゃ無いですか?」


 それを先に言ってくれれば、その場でこいつを無害な大きさに変化させていただろう。


「……」

「……」


 しばらく無言の時間が流れた。

 そして、一瞬で顔を赤くしたミフネさんが目を背ける。


 あ、やっぱりそうなのか。


「し、仕方ないでしょ…いきなり目の前にこんなのが現れたら、誰でも…焦るわよ……」

「……それもそうですね」


 彼女の言い分も、もっともだ。俺だって焦ってたし……。


「そ、それに、あたしだって“召喚魔法”を完全に理解してるわけじゃ無いんだからね」

「そ、そうなんですか?」

「あたしはただ、残されてた書物に書かれてることを研究してるだけよ。それなのに、あんたは20万とか桁違いの魔力を注ぐし、ブラック・ワイバーンが召喚されるし、なんでか知らないけどあんたの命令聞くし……もう、訳分かんない」


 そ、そうだったんだ……。

 やっぱり俺は、色々とやらかしてるみたい。


「ほ、ほら! こっちはいいからやってみなさいよ!」


 彼女は赤面したまま催促してきた。


「は、はい」


 ポチの方を向き、意識を集中した。

 目を閉じると、目の前に大きな魔力の塊を感じる。


 これがポチの体を形取っている魔力だろう。


 魔力には質というものがあって、それは人によって変わるらしい。

 説明しろと言われたら難しいが、目の前の魔力の塊は俺の魔力の質に似ている気がする。

 両手を掲げ、魔力の形を変えるイメージをした。


 これを……こうして……。


 とにかく、まずは巨大な体を小さくするイメージをした。

 すると、魔力の塊はみるみる小さくなっていく。


「……すごっ……本当にやってるんだけど」


 どうやら成功のようだ。

 目を閉じているから状況が分からないが、ミフネさんの驚きの声が聞こえる。


 そして、ここでふと思った。


 過去に読んだラノベに登場していた“ドラゴン系のキャラクター”の中には、“人型”に姿を変える者がいた。

 そのキャラクターが出るたびに、かっこいいなぁと心踊っていた。


 今なら、それが出来るんじゃ無いか?


 魔力を操って大きさを変えられるなら、その形だって変えられるかもしれない。


 ラノベに出てくるキャラクターは、 “小さいドラゴン”より“人型ドラゴン”の方が俺は好きだった。


 よし、そうと決まれば早速やってみよう。


 目を閉じたまま、ある程度小さくなった魔力の塊に意識を向ける。


「……」


 その魔力の塊へ、人型に近づけるイメージを送る。魔力の塊が次第に人型に近づいてきた。

 だが……。

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