81話 再開 1
「おはよう。お母さん、お父さん」
「あら、おはようカイト。よく眠れた?」
「おはようカイト。今日は早いな」
ふと気が付いた時、俺は両親に朝の挨拶をしていた。
いつもの風景だ。だが、それに違和感を感じる。
あれ? 俺、家にいたっけ……? 確か、ワイバーン山岳で……。
「ぅぐ……」
何をしていたか思い出そうとすると、突然頭に鈍い痛みを感じた。それに耐えかね、その場にうずくまる。
「大丈夫? カイト」
「カイト、どうした?」
両親はすぐに駆け寄って来て、俺を抱え上げた。
「あ……頭痛い……」
そう伝えると、両親はどこかへ向かって歩き出す。
「……? ど、どこ行くの……?」
「大丈夫、あなたの部屋よ。きっと、どこかに頭を強くぶつけちゃったのね」
「そういう時は、ベットで安静にしておくと良いんだ」
ぶつけた……? そうだっけ……。
俺の部屋へ着くと、ゆっくりとベットへ寝かされた。
なんだろ……なんか、変な感じがする……。
到着した部屋に再び違和感を覚えた。
しかし、その違和感の正体は分からない。
「安心して眠ってね」
お母さんが頭を撫でると、お父さんが突然立ち上がった。
「確か、カイトからもらったポーションに頭痛薬があったはずだ。持って来るよ」
彼はそう言い残し、部屋から出て行った。
「……っ!?」
彼が開けたドアの向こう側は真っ暗で、さっき通った廊下は全く見えなかった。
異様な雰囲気を感じる。
何か……上手く説明は出来ないが、今の最後に2度と会えなくなってしまう様な……。
扉の向こうが、全く別の場所に繋がっていそうな……。
そんな、胸に穴が開いてしまいそうなほどの、寂しさや不安に襲われた。
俺は不安の余り、頭を撫でるお母さんの手を両手で握り、尋ねた。
「ねぇ……お父さん……どこ行ったの?」
彼女は少しポカンとした様子を見せたが、笑顔で答えてくれた。
「グレイスはあなたが作ったポーションを取りに行ったの。大丈夫、すぐに戻って来るわ」
「そ、そう……」
そう答えられるのは分かりきっていたが、訊かずにはいられなかった。
しかし、不安で仕方がない俺は、彼女の手を両手で握り直す。
そんな俺の顔を彼女は心配そうに覗き込んできた。
「大丈夫? そんなに辛い?」
「う、ううん……痛いけど、大丈夫……」
さっきのあの気持ちはなんだった?
だが、いくら考えても答えは出ない。
「……」
少し考え、もう1つの疑問を尋ねてみる。
「ねぇ、お母さん。僕、ワイバーン討伐作戦に参加したよね? あれはどうなったの?」
俺の最後の記憶は……ワイバーン山岳で落石を避けるために、瞬間移動を使った事だ。
今、家にいる事から考えれば、あの時俺は気絶してしまい、その間に誰かが俺を助けてくれて家まで運んでくれたのだろうか?
そう考えれば一応の納得はできる。
しかし、それを確かめるための俺の質問に、お母さんは答えてはくれなかった。
「……お……お母さん?」
嫌な予感を感じ、彼女の顔を見上げる。
彼女は何も言わずに、ただ寂しそうに微笑んでいた。
そして、小さく悲しそうにため息をつく。
「ごめんね、カイト。誰かが私を呼んでるみたい。行かなくちゃ……」
そう言い残し、立ち上がった。
「え……ま、待って」
彼女の手を握る両手に力を込める。
しかし、彼女の実態が無くなってしまったように、その手からすり抜けてしまった。
「えっあっ……な、なんで……」
困惑しているうちに、彼女はドアの前まで移動してしまっている。
「お母さん! 待って!」
必死に呼び止めようとしたのも虚しく、彼女はドアの向こう側の暗闇へ消えてしまった。
「ぁ……ぁ……」
その瞬間、尋常じゃない不安感に襲われた。
お、追いかけないと……。
追うため体を起こそうとしたが、再び頭に激しい痛みを感じて、起き上がることが出来ない。
「ぐっ……うぅぅ……」
その頭痛は凄まじく、目すら開けておくこともできない。
「っ……はぁ……はぁ……ぁ……?」
ようやく目が開いた時、俺の目に“それ”は映った。
部屋の片隅に、真っ黒な人影の様なものが立ちすくしていた。ただまっすぐ、こちらを見ている。
「なっ……なに……あれ……」
それが何なのか理解出来ず、凝視してしまう。
すると、それがこちらに一歩踏み出した。
その瞬間、全身に寒気が走る。
「ヒッ……!?」
俺は恐ろしくなり逃げようとしたが、体が動かない上に、人影から目を離せない。
その人影はこちらへゆっくりと歩み寄って来る。近づくに連れ、人影の輪郭が分かって来た。
その人影は女の子の様な輪郭で、腰のあたりまで髪が伸びている。
しかし、真っ黒なためそれ以上は良く分からなかった。
「あ……あぁ……」
俺はシーツを握りしめ、震えることしかできない。
遂に、女の子の人影はベットの横まで来てしまった。人影の体はゆらゆらと揺れ、異様な雰囲気を感じさせてくる。
そして、その顔の“口”に当たる部分に小さな裂け目がある事に気がついた。
それに気がついたその時、人影の腕をこちらに伸び、頰へ当てられる。
「つ……冷っ……」
その手は氷の様に冷たかった。
俺は意を決して、震えながらその人影へ話しかけた。
「な……なんですか……なにか用ですか……?」
すると、人影の顔の裂け目が突然開いた。
その中は、生きている人間のようにピンク色で、舌も見える。
人影は、ゆっくりとこちらへ顔を近づけて来た。
た、食べられる……!?
直感的にそう感じてしまう。
逃げたいが、動く事ができない。痛みに備えて目をつむる。
だが、人影は噛み付いて来ることはなく、代わりにとても弱々しい声で耳打ちをしてきた。
「……んね……」
「……?」
びくつきながらも、耳を澄ましてその声を聞く。
「……めんね……ごめんね……“ーー”」
「……え……!?」
人影が発したのは『日本語』。
そして、謝罪の言葉の後に言ったのは、1度目の人生の時の俺の名前だった。
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