80話 vs.ワイバーン 2



「ハッ……ハッ……」


 お母さんとの会話を思い出して、少し落ち着くことができた。


 あれからしばらくたって、練習の成果も出て、今の俺の連射速度は5秒程まで縮めることが出来た。

 だが、こいつ相手にはそれでも遅いだろう。


「多分1秒でも遅いよな……」


 連射が遅くて当たらないなら、なんとかして当てられる状況へ持ち込まなきゃいけない。

 広範囲で攻撃したところで、相手は空中にいるのだ。高く飛ばれてしまえばどうにもならない。


「……!」


 さっきはパニックで忘れていたが、俺には魔術以外にも魔法がある。

 それに、魔法は魔術と違い連続で使える。瞬間移動がいい例だ。


 それらを駆使すればきっと……いや、勝てるかは分からない。でも、やるしかない。やらなきゃやられるだけだから。


 それに、俺には“あれ”がある。


 俺は逃げずに戦う事を決心した。

 走るのをやめて後ろを振り返り、上空にいるワイバーンを睨みつる。


 まずは状況整理だ。

 このワイバーンは今までの行動を見るに、ほぼ確実に“知性”がある。

 ならば、野生動物のようにとにかく攻撃をしまくるという事はしないはずだ。


「……」


 やはり、思った通りだ。

 “知性”がある生き物は、相手が“予想外の行動”を取るとその意図が分からない故に、警戒して攻撃の手を止める傾向がある。


 ……って、ラノベに書いてあった。


 このワイバーンは、今まで逃げていた相手が突然逃げるのをやめて、自分を睨み始めたという事態に、警戒している。

 だから、上空から再びこちらを見下ろしているのだ。

 こちらから下手に攻撃する事は出来ないが、動いていない今が“あれ”をするチャンスだ。


 俺は勢いをつけて、ワイバーンへ右手を伸ばして叫んだ。


「“収納”!」


 空間魔法の収納部屋だ。

 収納したワイバーンは倒したわけではないので根本的な解決にはならないが、この危機から脱出出来るだろう。


 しかし……。


「……あ、あれ!?」


 ワイバーンを収納する事が出来ない。何度も収納しようとしたが、やはり出来ない。


 なんで!? ちゃんと範囲内にいるのに!


 すると、ワイバーンはこちらの意図に気がついたのか、咆哮しブレスを撃ってきた。


「っ!?」


 とっさに後ろへ飛びのいて避ける。

 そしてワイバーンが再び距離を詰めてきた。


「うっうああ!!」


 俺はワイバーンに背を向けて全力で走り出した。


 なっなんで収納出来ないの!? 頼みの綱だったのに!


 完全に戦う以外の道が断たれてしまい、俺は焦った。あんなのと戦って勝てる気など微塵もしない。

 しかし、分かっている事が1つある。



 戦わないと確実に死ぬという事。



 走りながら必死に作戦を練った。

 と、とにかく、俺の攻撃が当たるような状況を作らないといけない。


 だけど、当たる状況ってどんな状況なの!?


「……!」


 1つの作戦を思いついた。

 どこかで直角に曲がって、ワイバーンが曲がった瞬間に合わせて撃てば、可能性あるんじゃないのか?

 あたりを見渡すと、それが実行できそうな大きな岩を見つけた。


 しかし、ワイバーンはブレスを撃ちながら、もうすぐそこまできている。

 ワイバーンが大口を開けて迫ってきた。


「くぅぅっ!!」


 風魔術で自分を押し、すんでのところでかわす。

 すると、ワイバーンはバランスを崩したのか少しだけ速度が落ちた。風魔術で自分を押したおかげで距離も空いている。


 い、今だ!


 見つけた大岩に駆け寄り、直角に曲がる。

 すぐさま振り向き、上位炎魔術の“炎弾”を発動する。



 グオオオオオオオオオ!!



 予想よりも早くワイバーンが姿を見せた。


「うわあ!?」


 俺は驚いた拍子に炎弾を放ってしまった。


 ま、まずい!


 一瞬そう思ったが、それは右翼へ直撃した。ワイバーンはバランスを崩し、その勢いのまま崖へ激突する。


 相当な勢いだったようで、その激突した場所へ崩れた岩が落ち、土煙が立ち込めた。


「……よ、よし!」


 偶然とはいえようやく攻撃が当たったことに、ガッツポーズをとる。


「倒せ……てるわけないよね!」


 このチャンスを逃すわけにはいかない!


 土煙の中へ両手を構えて、いままで使ったこともないような上位魔術で追撃する。


 上位炎魔術“覇爆はばく”。土煙の中が激しく爆発するも、攻撃の手を緩めない。

 覇爆に続いて、上位風魔術“風刃渦ふうじんか”。そして、上位土魔術“地重壁ちじゅうへき”ワイバーンを生き埋めにした。


 その瓦礫を上位熱魔術“煉獄烈波れんごくれっぱ”で、溶け始めるまで熱する。


「っはぁ……はぁ……や、やった?」


 赤い光りを放つ溶岩を見ながら呟いた。

 ワイバーンが動いている様子はない。ただ熱気のせいで景色がゆらゆらと揺れるだけだ。


「はぁ……はぁ……」


 唾を飲み込み、ワイバーンの生死を確かめようと瓦礫へ静かに歩み寄る。


 ……初めて使う上位魔術、いっぱい使ったし……さすがに……。


 しかし、そう思いたくとも思えない。正直に言うと、倒せたと思えないのだ。

 ついさっきまで、あんなに恐ろしかった存在が溶岩の下で死んでいるかもしれないなんて、展開を理解するのに頭が追いつかない。


 溶岩にある程度近づく。これ以上は暑くて近づけない。溶岩を見渡す。やはりワイバーンが動いている様子はない。


 ……た、倒せた?


 そう認識すると、体から力が勝手に抜けていった。


「ああ〜……こ、怖かったあぁぁ……」


 口から割と大きな声で弱音が漏れた。


「ワイバーン怖すぎるよぉ……こんなのがあと何匹いるのぉ……」


 そうなのだ。命をかけて戦っていたのは、何百匹もいる群れの中のたった1匹。

 俺は無数にいるワイバーンをたった1匹減らしただけに過ぎない。


 それを考ると背筋が凍った。

 あれが何匹も同時に襲っきたら、ひとたまりもない。


「は、早くここから逃げよ……」


 そう思い立ち上がろうとした時だった。

 過去に読んだラノベに今の状況と似ている展開があった事を思い出す

✖️展開があった事を思い出す。


 確か……あれの主人公は、『化け物を倒したと思って油断して近づいたら、実はまだ生きていた』みたいな展開だったきがする。


 それって今の俺と同じ……。


 その瞬間だった。


 突然、溶岩の中から鋭く長いものが飛び出し、こちらに向かってきた。


「っわぁ!?」


 条件反射で、瞬間移動を使って避ける。

 その鋭い何かは、先程まで俺がいた地面へと突き刺さった。


 そして、なんとその地面がドロドロと溶け始めたのだ。


「ぇ……ちょ……まさか、本当に……?」


 その鋭いものはクリスタルの様な見た目で、先端に黒い液体が付着している。

 その黒い液体が地面へ滴ると、そこが白い煙を立てて溶けてしまった。


 過去に読んだ事のあるラノベによっては、ワイバーンは尾に毒針を持つという設定があった事を思い出す。


 そのクリスタル状のものが付いている何かは“尾”の様に見える。それは溶岩へと続いていた。

 そして、溶岩が風船のように膨らみ、破裂した。そこから大きな黒い生き物が姿を現す。


「う、うそ……」


 その生き物は地面から尾を抜くと、ゆっくりとこちらを振り向いた。


 どこからどう見ても、倒したと思ったあのワイバーンだ。


「あ、あれでも死なないの……?」


 こいつに向けて撃った上位魔術は、どれも全力で撃ったはずだ。


 それでも死なないなんて……もうどうすればいい……?


 ワイバーンがこちらを見下ろして来た。その鋭い目から視線を外すことができない。

 それはまるで、あの逃げていた時へ時間が巻き戻った様に感じた。


 に、逃げ……。


 逃げようと、立ち上がった時だった。

 腹に長いものが直撃。そのまま吹っ飛ばされた。


 視界に映ったのはワイバーンの尾。ワイバーンの目しか見ていなかったから、気づかなかったのだ。


「ッッッ!?」


 声にならない悲鳴が漏れた。そして地面がすぐそこへ迫る。このままでは、洞窟から脱出した時の様に地面へ叩きつけられてしまう。

 体を回転させて足から地面へと着地する。


「う……あああ!!」


 足に続いて両手を地面へつける。しかし勢いが死なず、止まるまで時間がかかった。


 顔を上げると、地面には俺の足からまっすぐ2本の線が残っている。


「ぅ……痛っ」


 足は靴を履いていたので無事だが、両手はズタズタになってしまった。

 慌てて治癒魔法をかける。


「い、いやそれより……」


 吹っ飛ばされた方を見ると、口を開け、ブレスを放ったワイバーンが見えた。


「……ぁ、やばっ!」


 放たれたブレスが、こちらへ迫って来るのが見えた。

 しかし、それは頭上を飛んで行く。


 外れた……?


 だが、なぜ頭上を飛んで行ったのか。それは、すぐに知る事となった。

 俺の頭の上をいくつもの落岩が覆っている。


あのブレスは俺では無く、俺のすぐ後ろの崖を狙っていたのだ。


 いつのまにか、背後に崖が迫っていた。一瞬反応が遅れてしまう。

 落石は、広範囲に渡って落ちてきている。おそらく、この範囲からは逃げられない。


 どこかに隠れそうな場所は!?


 あたりを見渡した時、後ろの岩肌にくぼみがあるのを見つけた。

 しかし、そこは瞬間移動の許容範囲ギリギリで、届くか届かないかの場所だ。


 っ!! 迷ってる暇は無い!!


「ああああっ!!」


 目をつむり、そのくぼみへ瞬間移動を使った。

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