番外編 3 両者の想い



「……前にも言ったけれど、9年前に私は自分の子供を死なせてしまったの」


 カイトがびくりと反応する。だが、エアリスは続けた。


「それからは毎日、死んだように暮らしていたわ。何を見ても色あせていて、何を食べても味を感じなかった」

「……」

「『このまま死んだ方が……』なんて考えた事もあったわね」


 カイトは目を背ける。それでもエアリスは話し続けた。


「でもね。ついこの間、私は森で1人の男の子と出会ったの」

「………!」

「その子は人に恐怖心を感じる子だった……でも、それを我慢して、震えながら怪我をしていた私を助けてくれた」

「……」


 黙って聞いているカイトへ、エアリスは笑顔を見せた。


「それからは、今までの生活が嘘のようだったわ。その子と一緒に見る景色は色で溢れかえってた。その子と一緒に食べるご飯はどんな物より美味しかった」


 エアリスは、目に涙を浮かべているカイトを抱きしめた。


「あなたは私の大切な……何よりも大切な息子なの。あなたが何度風邪を引いても、絶対に見放したり、見捨てたりなんてしない。グレイスもティカも……みんなそうよ」

「……ぁ……」

「だからお願い、私達を信じて。ずっと……ずっと、私達はあなたのそばにいるから」


 エアリスが思いを伝え終えたと同時に、カイトの目から大量の涙が溢れだした。

 だが、それは“不安や恐怖”と言う感情から来るものではなく、“嬉しい”と言う感情から来るものだった。


「う…うぅぅぅっ……あ……ありが……グスッ……うあああ……」

「当然でしょ? 私はあなたのお母さんなんだから」


 エアリスは泣きじゃくるカイトを抱いたまま、ベッドへ入った。そして抱きしめたまま、掛け布団をかける。


「……ふぇ……?」


 困惑するカイトにエアリスは微笑んだ。


「こうしてると、あなたがここに来たばかりの時の事を思い出すわね」


 当時は、寝ている間も“スキル 人恐怖症”が発動していたため、カイトは止むを得ずエアリスを同じベッドで寝ていた。


「ほら、このまま寝ようね。ここは今、あなた用の1人部屋だけれど、たまにはこうして寝るのも良いでしょう?」

「ぅ……うん……」


 だが、カイトはすぐにハッとして体を離そうとした。


「どうしたの?」

「だ……だめ……風邪、移っちゃう……」


 カイトの体はまだ発熱している。これだけ密着していると、感染してしまう恐れがあった。


「……そうねぇ」

「……? ……んぶぅ……!?」


 だが、エアリスは離れようとするカイトを再び抱きしめる。


「大丈夫よ。私の体は丈夫なんだから」

「え……で、でも……」

「だーめ。それより、早く寝て風邪を治しましょう? ほら、おやすみなさい……」


 カイトの背中にゆっくりと、一定のテンポで優しく指を当てる。

 そうしていると、緊張気味だったカイトは次第にウトウトし始めた。


「おやすみ、カイト……」


 呟くと同時に、目が完全に閉じて寝息が聞こえてきた。眠ったようだ。

 その寝顔の頬を撫でる。


 彼がどれだけの不安や恐怖を感じてきたのか、想像なんて出来るはずがない。だが、辛い思いをしてきたのは確実だ。

 しかし、今、目の前に見える寝顔はとても穏やかで、その苦しみは感じられない。


「……今まで、苦しかったね……でも、もう大丈夫よ……」


 カイトの額へキスをした。


「……産まれて来てくれて、ありがとう。私の大切な子……」


 起こさないよう再び優しく抱きしめる。



 9年前、我が子が水子となったあの日、夢に出てきた“生命神 テイル”にお告げを受けた。

 そして、そのお告げ通りに森で少年に出会った。


 だが、なんとその少年は“厄災”と呼ばれる『魔力付与人型兵器』の実験の被害者だった。


 それに加え、“人恐怖症”と言うスキルにより人へ恐怖心を抱いてしまうその少年は、1度は自分達を信用できずに出て行ってしまった。


 しかし、再びその子と一緒に眠ることが出来る。

 その幸せを噛み締め、カイトを抱きしめたままエアリスは眠りについた。



 朝。 

 カイトはエアリスよりも早く目を覚ました。

 熱は完全に引き、気分の悪さも感じられない。どうやら、風邪は治ったようだ。


 ふと、自分がエアリスに抱きしめられた状態で眠っていた事に気がついた。そして、昨日の彼女とのやり取りを思い出す。

 それと同時に1つの不安が頭をよぎった。


 それは、昨日の自分が彼女へ訴えた事だ。

 よく思い出せないが、あの時自分は“1度目の人生”の感情を彼女へ訴えていた気がする。


 それにより、不審に思われていないか? 辻褄が合わない事を言わなかったか?

 そんな不安に襲われる。


 エアリスが目を覚ました。


「……おはよう、カイト。よく眠れた?」

「ぁ……わ……」

「……そうだわ……! 熱は……」


 エアリスの手が額へ当てられる。そして彼女は安堵の表情を見せた。


「熱は引いたわね。どこか、具合が悪いところは無い?」

「あ……う、うん……無い……」

「そう、良かった。……あら、ごめんね、これじゃあ起きられないわね」


 たが、エアリスはそう呟いたものの、なかなかカイトを離そうとしない。

 少しでも息子と言う存在を実感したかったから……。


「……? お、お母さん……?」

「……うん、ごめんね」


 ようやく体を起こす。カイトを一晩ぶりに放し、ベッドへ座らせた。


 ベッドに座るカイトの表情は優れなかった。

 そして、恐る恐る不安に感じている事を訪ねる。


「お母さん……昨日の僕……変な事、言わなかった……?」

「……昨日? そうねぇ……」


 エアリスが顎に手を当てて考えている最中、カイトの心拍数は跳ね上がっていた。

 しかし、そんな心配はいらないとすぐに分かる。


「大丈夫よ。何もおかしな事は無かったわ」


 エアリスは、カイトが『何か恥ずかしい事を言ったのではないか』と不安がっていると勘違いしていた。

 だが、その返答でカイトは安堵する。


 そもそもの話、カイトは話の辻褄を心配しているが、偶然にも辻褄が合わない事は言っていない。


「それよりカイト、お腹は空いてる? もし良かったら、お粥を持ってくるわよ?」

「う、ううん大丈夫。……ごはん食べたい」


 風邪をひいてから、ろくに食事を取っていないカイトは、寝起きながらに空腹を感じていた。


「元気になって良かったわ。でも、最初はゆっくりお腹に入れましょうね。病み上がりにたくさん食べたら、お腹を壊してしまうわ」

「うん。分かった」


 エアリスと顔を洗い、服を着替えたカイトは食堂へ向かった。

 エアリスは看病している時から着替えていなかったので、顔を洗うだけだ。


「お母さん……ありがとう。看病してくれて」

「気にしないで、私はお母さんだもの。当たり前よ」


 そう答えたエアリスは、ある事を思い出した。


「……そうだわ。仕事を代わってくれたグレイスにも、代わりに看病してくれたティカにもお礼を言わなくちゃ。……あなたも行く?」

「……うん、行く……!」


 そう答えたカイトへ笑顔で応える。


「ふふ、そうね。じゃあ、行きましょう。きっと、2人とも食堂にいるわ」

「うん……!」


 2人は手を繋いで食堂へと向かった。


 その後はしばらく、平和な毎日が続いた。

 『両親』そして『我が子』と一緒に過ごせる『普通の日常』。

 それ以上に、『幸せ』を感じられるものはない。




 ーーーーーーーーお知らせーーーーーーーーーー


 1章が終わり、2章からカイトが外の世界へ足を踏み出しました。これ以降は主人公の成長譚となります。

 それによりタイトル、テーマにある『家族愛』がストーリーの内容全てというわけではなくなりました。

 もちろん、成長譚を絵描きつつテーマを『家族愛』とする事を目標にしています。


 そんな中、まれに“人間的成長”を優先した内容があります。「タイトル詐欺だろ」や「テーマと違うじゃないか」などのご意見をいただきましたら、もちろん真剣に受け取り、今後に活かせるよう努力いたします。


 それらを生かし、面白く、感動出来る話しを絵描いて行きますので、『2回転生したら人恐怖症になったけど、新しい家族と幸せになります!』をどうぞよろしくお願いします。


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