第17話 早速トラブル

合流した後、グレイスさんとエアリスさんが何か話している。

 少し経つと、エアリスさんは俺の隣に立ち、グレイスさんは少し離れた位置に立った。


「カイト君。この数日間、妻を匿ってくれたことを改めて礼を言う。ありがとう」

「……うん」

「それで、エアリスから聞いたよ。君は我が領へ同行してくれるんだってね。グローラット領、領主として全身全霊を持って歓迎しよう」


 良かった……歓迎してくれるのか。人恐怖症が心配だけど……なんとか我慢するしかないな。


「カイト君。我々は君を迎えるにおいて、何か行動を縛るような決まりを設けるつもりはない。何か必要なものがあれば、好きに持ってきてくれ」


 ……必要なものか、選ぶのめんどくさいな。


「……なんでも、いい?」

「もちろん。ただ、持ち切れる量に……そういえば、君は異空間に収納できるんだったね。それなら、自由にしてくれても構わない」

「分かった」


 俺は家に手をかざし、必要なものを“家ごと”収納部屋に収納した。

 突然、家が消えたのを見たエアリスさん達は呆然としている。


「い……家が消えた……!?」

「収納……しただけ」

「カ、カイト君……君のそれ、どれくらい収納できるの?」


 どれくらい、かぁ……考えてみれば、どれくらい入るのか試したことないな。


「分かんない」


 な、なんだ? 呆れられたような視線を感じる……。


「か、家畜の柵……壊してくる」


 俺はその視線から逃げるように、その場を離れた。




 家畜の柵を壊し、戻ってくるとエアリスさんとグレイスさんがまた何か話していた。


「戻った……」

「あら、カイト君。もういいの?」


 頷くとエアリスさんがにこりと笑う。


「それじゃあ出発ね! カイト君、これからよろしくね」


 彼女は目線を合わせ、笑顔でそう言い握手を求めてきた。


「……うん」


 その握手に素直に応じる。


 グレイスさんに案内され、森のなかを進んだ。

 その間、ずっとエアリスさんと手を繋いでいた。恥ずかしいが仕方ない。


 しばらく歩くと、木の開けた場所へ出た。そのすぐ横には道らしきものが見える。

 そこには馬車が数台あり、兵士のような格好の人達が30名程いた。


 ボトフさんがその人達へ駆けていき、リーダーらしき人へ状況報告を求める。


「はっ! 異常ありません! これより出発の準備に取り掛かります!」


 兵士たちが準備を始める。

 随分統制がとれてるな。いや、これが普通なのかもしれない。


「ほら、あれが私とカイト君が乗る馬車よ」


 エアリスさんが指をさした方向にあった馬車は、数台ある馬車の中で1番大きなものだった。


 それを見て、少し尻込みしてしまう。そんな俺に、エアリスさんは続けて言った。


「安心してね。あの馬車に乗るのは、私とあなただけ、グレイス達は他の馬車にのるわ」


 きっと、俺を気遣ってそうしてくれたのだろう。

 その気遣いに静かに感謝をしながら、馬車へと乗り込んだ。




 出発してしばらく経った。

 俺が乗った馬車の周りを兵士が囲んで進んでいる状況だ。


 そんな中、俺は1つの疑問を抱いていた。

 こんな大人数に囲まれても、俺は冷静なのだ。初めて人に出会った時ほどの恐怖心は感じていない。


 しかし、確定ではないが答えは分かっている。きっと、すぐ隣にエアリスさんがいるからだ。


 だけど……なんで? 俺にとって、エアリスさんはどういう存在なんだろ?


 そんな事を悩んでいると、エアリスさんに話しかけられた。


「……やっぱり怖い?」


 どうやら難しい顔をしている俺を見て、心配になったようだ。


「……だ、大丈夫……」

「そう……あ、そうだわ。グレイスがね、カイト君にこれをって」


 そういって手渡されたのは、何か文字が書かれた箱だった。

 何気に、この世界の文字を見たのは初めてだ。当然だが全く読めない。


「な、に? これ……」

「うふふ、きっと気に入ると思うわ」

「……?」


 恐る恐る箱を開けると、そこには薄茶色の物体がいくつか入っていた。ほんのりと甘い匂いを感じる。


「それはね、お菓子の“シュークリーム”って言うの。とっても甘くて美味しいのよ」


 そう言うと、1つ手にとって食べて見せてくれた。俺に害のない食べ物だと、分からせるためだろう。


「お……お菓子……?」


 思えば、今までの人生でお菓子を食べた事は1度も無い。


1度目の人生は、父親からお菓子などもらえるはずもなかった。2度目など、食事すらままならなかったのだから、考えたことすらない。


 1つ手にとって、観察してみる。


 過去に雑誌で見た、シュークリームに瓜二つだ。

この世界のお菓子と、地球のお菓子はほぼ同じなのかな? 地球の方のお菓子もほとんど知らないけど。


「初めて見る食べ物だと思うけど、何も怖く無いわよ。少しずつでいいから食べてみて」


 エアリスさんに勧められる。

 初めて見るわけでは無いが、初めて食べるな。


 お菓子……“甘い”ってどんな感じなんだろ……“甘い”を食べたことないから、分かんない……。


 びくつきながら、一口かじってみる。


「!!?? んー!」


 何だこれ!? 今まで食べた事ない味がする!! こ、これが“甘い”!?


 この時自分でも驚いたが、俺は未知の味に足をパタパタと動かして喜んでいた。

 その様子を、ほっこりしたエアリスさんが見ている。


 なんか俺、精神まで幼児化してない? ……まぁいいか。今はそれより“甘い”をもっと食べたい。


 手に持ったシュークリームを頬張り、口を押さえながら咀嚼する。

 味をじっくり堪能してから飲み込む。見下ろすと、箱の中にはまだまだシュークリームが残っている。


「……」


 恐る恐るエアリスさんを見上げた。


「ふふ、美味しかった?」


 黙って頷いて答えた。


「そう、良かったわ。グレイスにお礼を言わないと」

「あ……あの……もっと……?」

「もちろんよ。全部食べちゃってもいいのよ」


 喜びながら、再びシュークリームを頬張る。

 そして、4つ目に手を出した時だった。


 ……ん?


 馬車が向かう方向、すぐ先に数十人の気配を感じる。

気になり、音魔法でそこを調べてみると、人が特定の配置にいることが分かった。


この配置……まさか。


「こ、この先……!」

「ど、どうしたの?」

「待ち伏せが……」


 警告をするも、遅かった。先頭の馬車から爆発音が聞こえる。爆発物を使われたようだ。


「敵襲ーーーー!!」


 兵士の声が響く。

 窓から覗くと、見るからに盗賊のような格好をした男達に囲まれている。

 先頭の方には、すでに倒れている兵士の姿が見えた。


 これは……ラノベでも盗賊に襲われると言う展開は定番だったけど……。

 こんな早く起きるものなの? 俺、森を出たばっかりなんだけど。早くない?

 そう思ったその時、エアリスさんが俺の上に覆いかぶさった。


「カイト君! 伏せて!」

「わっ!?」


 そして、強く抱きしめて来る。


 これは……俺を守ろうとしてる?


 こんな行動をしてくれるところを見ると、グレイスさんといいエアリスさんといい、俺を本当に大切に思ってくれている事が伝わって来る。


 だが、今は感謝とかしている場合ではない。

 外からは男性の悲鳴や笑い声、怒鳴り声が聞こえてくる。

 その様子を、空間魔法を通して窺う。


「グレイス達が、きっと倒してくれるわ!」


 彼女の言う通り、グレイスさんと護衛の3人は次々と盗賊を倒していた。


 グレイスさんは剣で盗賊を押していた。

 ボトフさんは近距離で弓で射っている。あれは弓で戦う意味はあるのかな?

 クリスさんとルイスさんは兄弟故からか、2人の連携技が強い。


 だが、この4人は押していても、全体的には厳しいようだ。


 ……このままじゃ、負けちゃうな。


 いくらグレイスさん達が強くても、数は盗賊の方が多い。

 このままでは、いずれ力押しされて全滅だ。

 震えているエアリスさんの肩を、ポンポンと叩く。


「エアリスさん、僕……行く」


 そう言い残し、庇う手から抜け出した。


「え? カ、カイト君……?」


 驚いているエアリスさんを馬車に残し、外に出た。


「カイト君!? 危ないから戻っ……」

「エアリスさん、そこにいて」


 真剣な表情でそう言うと、彼女は黙り込んだ。


「グレイスさん」


 続いて、一時的に離脱している彼に声をかける。


「カ、カイト君!? 何をしているんだ! 早く馬車の中に戻るんだ!」


 まぁ普通の反応だよな。


「みんな……退かせる、早く」

「っ!? しかし……」

「早く」


 『早くしろ』と言わんばかり、に彼を睨むように見上げる。


「……っ、総員退がれ!」


 彼の指示で兵士達が戦闘を止め、引き下がった。だがすでにかなりの数が減ってしまっている。


 その様子を見て、盗賊達は勝ち誇った表情を見せた。


「なんだぁ? 諦めたのかぁ?」

「ギャハハハハ! 腰抜けな野郎どもだなぁ!」

「女と金目のもんさえ出せば、楽に殺してやるよぉ!」


 盗賊の男達は、好き勝手にいいたい放題だ。


「カイト君。何か策があるのか?」


 グレイスさんは不安そうな表情をしている。


「僕やる、退がってて」

「……分かった。総員、防御態勢を維持!」


 分かってくれたようだ。良かった、下手して魔術に巻き込みたくないからね。


「……」


 さて、この世界の魔法、魔術の平均はレベル1だと知った。

 となれば、俺のレベルオール5の魔術はどれほど強力なのか。


 ……多分、ほとんどの相手は無双できる。


しかし、それは聞かされてそう解釈しただけ。実際に試したわけじゃない。


『百聞は一見に如かず』


この盗賊には、俺の実力を測るための『的』になってもらおう。

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