第59話 私の中をあなたでいっぱいにして③
二人で電車に揺られていると、吉良坂さんはなんども「ほわぁぁ」とあくびをし始めた。
そのあくびは、彼女が猫になっていたときと同じで。
あのエロい下着に猫耳というあられもない姿で密着して甘えてくる彼女の姿を、ほんの少しだけ思い出してしまった。
「眠いなら寝てていいぞ?」
「ほんとに? 実は昨日楽しみすぎて寝られなくて」
吉良坂さんは恥ずかしそうに呟いてから、俺の身体にぴとりと自分の身体を密着させて、肩に頭をのせてきた。
「堂々とこうできるなんて、楽しみで眠れなかった自分に感謝だ」
吉良坂さんはすぐに寝息を立て始めた。
すぅ、すぅ、すぅ。
一定のリズムで聞こえてくる寝息と膨らんでは沈む胸、甘いシャンプーの匂い、肩に乗っかる頭の重さ。
そのどれもが狂おしいほど愛おしい。
公衆の面前でこんな恥ずかしいことをしているバカップルの片割れとして一丁前に緊張していたのだが、俺はこの時間がずっと続いてほしいと思っていた。
吉良坂さんの寝顔を見つめては口元を緩め、時折誘惑に負けてほっぺたをつんつんした。
あとワンピースの中をちょっとだけ想像した。
赤色か、穿いてないか。
電車から降りると、吉良坂さんはぺこりと頭を下げた。
「ありがとう。ずっと肩を貸してもらって」
「いいって。よだれを垂らしてる姿も可愛かったから」
「えっ? ええっ!」
「あはは、嘘だって」
「も、もう、からかわないでよ」
「ごめん。でも、可愛かったのは本当だから」
吉良坂さんはすねたような顔をしてから、むぎゅっと俺の腕に抱き着いてきた。
彼女の柔らかい部分すべてが、俺の右腕を包み込んでいく。
「い、いきなりなんだよ? 歩きづらいだろ」
「からかった罰として、最初のアトラクションまでずっとこうして歩くこと」
「最初のアトラクションまででいいのか?」
「……むぅ。じゃあ、今日はずっと、に変更で」
その照れた顔もものすごく可愛い。
ってか罰じゃなくてむしろご褒美なんだが。
「ありがとう。宮田下くんにこうしてくっついてると、すごく身体がぽわぽわして、安心するの。宮田下くんの匂いがして、男の子の腕の筋肉を感じられて、すごく、好き」
へ、変かな? と上目遣いで俺を見て、こてっと首をかしげる吉良坂さん。
「変かどうかはわからないけど、変態ではあるよな。猫になったり下着をロッカーに入れたり」
「だ、だ、だから、これまでのことは!」
吉良坂さんはそこで言葉を止める。
そしてより身体をむぎゅって密着させてきた。
「……私は、へ、変態だから、これくらいのこと許してくれないと困る」
ああ、本当に愛おしい。
「わかったよ。でも、腕に抱き着くくらいでいいのか?」
「むぅ、そうやって宮田下くんはいつも私を求めて。嬉しい。だったらいまここで下着を脱いでプレゼントしてもいいよ?」
「いいってこのままで! ってか穿いてるんじゃねぇか!」
ってことは、赤のTバックね。
「ふふ。宮田下くんが照れやさんなのは相変わらずで安心したよ」
「吉良坂さんが変態なのも相変わらずだな」
「それが照れ隠しだって、私はもう知ってるので動揺しないけどね」
にたっと笑顔を浮かべながら、腕をさらに強く抱きしめる吉良坂さん。あなたのおっぱいの弾力はやっぱりすごいですね。
「私は、宮田下くんの隣を歩いて、一緒に出掛けて、一緒の体験をする。ただそれだけでいい。こういうのがいい」
「それにかんしては、俺も同感だな」
二人で寄り添いあったまま歩いて遊園地の入園ゲートに向かうと、受付のおばさんから、ものすごく微笑ましいものを見るような目で見られた。お金もかなり払いづらかったが、これぐらいの束縛なら喜んで受け入れようと思った。
ただ、このときの俺はすでに、うっすらと感じ取っていたのだ。
吉良坂さんの瞳の奥に漂っていた寂しさの意味に、気がつかないふりをしている自分に。
――だって、今日はずっと、なんだから。
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