第31話 ここは秋葉原?
小説の執筆で徹夜だったという吉良坂さんは、授業中ずっと眠そうにしていた。それでも必死でシャーペンを動かす姿は涙が出るほど健気で美しかった。
こんなに頑張ってるんだから、報われてほしいと切実に願う。吉良坂さんは俺とは違うのだ。何度落選してもめげずに挑戦し続けている。夢がもう諦めろと訴えかけても、それに真っ向から抗い続けている。
その姿は、夢を諦めてしまったものには本当に輝いて見える。
好きなことをやり続けろと口で言うのは簡単だが、これは本当に難しい。
年齢、お金、常識、周囲からの嘲笑、普通に生きてきた同年代を見ての劣等感、いつ成功するかわからない焦燥、なのに成功が約束されているわけではないという不安、常に突きつけられる現実。
やめる理由なんかいくらでもあるのだ。
だからこそ、数多くの人間が夢に押し潰されてきた。
本当に、努力を続けることができる、というのはものすごい才能だ。
そんなこんなで放課後。
俺の足は自然と理科準備室に向かっていた。
慣れって怖い。
ってか同じクラスから同じ場所に向かってるのに、吉良坂さんと一緒に行ったことないんだよなぁ。
なんとなくクラスのみんなに見られるのが恥ずかしいし、秘密ってのがいいんだよ! 俺と吉良坂さんにこんな淫らな主従関係があるなんて誰も思わないだろうから。
「さて、今日はなにを強要されるのかな」
そう呟きながら俺が扉を開けると、
「おかえりなさいませ。ご主人様」
教室の中は秋葉原だった。
「え、あ……え?」
俺は何度か瞬きをしてみる。
だが、メイド服姿の吉良坂さんがいるという光景は変わらない。
俗にいうミニスカメイド。
黒を基調とした服にフリルのついた白いエプロンを着ている。ニーハイイソックスを穿いているため絶対領域もお目見えしていた。その絶対領域の右足部分には、白い生地に黒のリボンがついたシュシュのようなリングがついている。なんの意味もない装飾品だが、それがかえってエロい。人生とは無駄を楽しむものだと聞いたことがあるが、まさにその通り!
ん?
手首にしている銀のリングはいったいなんなのだろう?
「吉良坂さん、その格好は……」
「えっと、これは」
頬を赤くした吉良坂さんがスカートの裾をぎゅっと握る。
「宮田下くん……じゃなくて、ご主人様が昨日メイドを…………その」
「それにかんしては私が説明します」
もじもじと身体をくねらせてなかなか先を言わない吉良坂さんに代わり、説明を始めたのは草飼さんだ。
っていたのあなた!
「なんですかその驚いた顔は。帆乃様のメイド姿に見惚れて私に気がつかなかったと?」
なんか鞭でも取り出しそうな雰囲気なんですけど。
あ、あと「見惚れてたっ……」ってつぶやいた吉良坂さんが頬に手を当てて喜んでいるの可愛すぎかよ。
「い、いや別にそういうわけではなくて」
「帆乃様はたしかにお若いですが、私には大人のエロスや経験があります。なんならお試しになりますか?」
「草飼! 暴走しないで! 宮田下くんは私のものなの! いまは私のターンなの!」
ははは、そうですよね。俺は文字通りあなた奴隷。そういう契約ですからね。
「これは失礼いたしました。宮田下様が私の身体をエッチな目で見てくるものですから」
「そうなのっ? 宮田下くん」
「そんなわけあるかっ!」
お、大人のエロスなんか全然これっぽちも興味ないんだからねっ!
「……ってかそれよりなんでメイド服を着てるのか、って話ですよね?」
俺は咳払いをしてから、脇にそれまくった話題を元に戻す。
「ああ、そうでしたね」
草飼さんが答える。
「帆乃様が、自分が大好きな白のパンツを子供っぽいと言われたことが悔しくて」
「ああああああああああ!」
草飼さんの言葉が吉良坂さんの声でかき消される。
え? 自分が大好きな……なに?
「なにデタラメ言ってるの草飼! 私はただ、ご主人様に尽くすメイドの気持を体験したかっただけよ。小説のために!」
ま、それ以外ありえないかと俺は納得する。吉良坂さんの言葉の勢いに押されて、なにかを誤魔化された気がしなくもないけど。
「でもさ、この前も同じようなこと聞いたけど、草飼さんに聞くだけでよくないか? 本物のメイドがこうして隣にいるんだから」
「なに言ってるの?」
吉良坂さんが真顔のまま言った。
「草飼が普通のメイドの気持ちなんてわかるわけないでしょ」
「あ……そっか」
「なんだか帆乃様と宮田下様からバカにされた気がしますが、本当のことなので許しましょう」
いやいや許すんかい!
「なので今日は」
吉良坂さんが控えめに咳払いをしてから続ける。
「私が宮田下くんのメイドになって、宮田下くんに誠心誠意、ご奉仕させていただきます」
「ご、ご奉仕、ですか」
なぜか敬語になってしまった。
ご奉仕、なんて言われたらそうなるよ男だもの!
「今日はなんなりとお申しつけくださいませ。ご主人様」
俺に向けて深々と綺麗なお辞儀をする吉良坂さん。
なるほどそういうことね。
つまり吉良坂さんは俺の言うことをなんでも聞いてご奉仕してくれる専属メイドなんだね。
把握しました。
「本当になんでもいいのか?」
「はい。ご主人様のために、拙いかもしれませんが誠心誠意ご奉仕させていただきます」
拙い、誠心誠意。
普通の言葉なのに、どうしてこんなにエロい響きを持ってるの?
「わ、わかった。え、っと、じゃあ……」
なににしようかなぁと考えていたそのとき、ぴぴーと笛の音が鳴った。
「また私のことを忘れて二人だけの世界に入っていましたね?」
もちろんその笛を鳴らしたのは草飼さん。
「今日の帆乃お嬢様は確かに宮田下様の専属メイドですが、宮田下様の言うことを聞くわけではありません」
「え? どういうこと?」
「ちょっと。私もそんなの聞いてない」
「当然でございます。伝えておりませんので」
この人本当に吉良坂さんのメイドですよね?
さっきから自分勝手が過ぎません?
「じ、じゃあ今日の吉良坂さんは誰の言うことを聞くメイドなんだよ?」
俺の言うことを聞いてくれなくて、残念なんて思ってないからね。
「それはですね。この私、草飼です」
「は?」
「え?」
俺と吉良坂さんの声が見事なまでに共鳴した。
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