第30話 見えちゃってるが一番いい

「熱中するってことは他のものを全部犠牲にするってことだから、怖いのよ。不安なのよ。どうせなにを選んだって不安は消えないのに。現状維持はなにも決定しなくていいし楽だから。熱中しない生き方が常識になっちゃう。で、そうやってなぁなぁで生きてるやつに限ってすぐ才能のせいにしたり、ネットなんかで他人をたたいたりするのよ」


 耳が痛い。


 俺はあの『不合格』を、それまでの自分の努力や生き方を否定されるのを怖がってるだけ……。


「でも、梨本さんは怖くないの?」

「なにが?」

「発明だよ。そりゃ特許? とか取れば儲かるのかもしれないけど、成功するかわからないじゃん。一生貧乏のまま、無名のまま終わるかもしれない。そういうのが怖くないの?」

「もちろん怖いに決まってるじゃない」


 梨本さんが自慢げに腕を組んだ。


「だって人生をかけたギャンブルに挑むようなものなのよ。しかも大穴に全額ツッコむ破産確定の大博打。そんなの人並みに怖いし、自分に叶えられるのかって不安に思うに決まってる。『女なのに発明家なの?』っていう言葉とも戦い続けなければいけない。男がキャビンアテンダントや華道の先生になるようなものだから」


 でもね、と梨本さんが自慢げに笑う。


「私は発明が好きだからしょうがないのよ。好きなことして生きたいだけ。要するに呪われてるの」

「呪われてる、か」


 負のイメージを持つ言葉だが、それを使った梨本さんの声は明るかった。


「ええ。それに父さんが言ってたの。発明家として成功する方法は、成功するまで発明をやめないことだって」

「成功者が言いそうな元も子もない理想論だな」

「そうね」


 梨本さんがわずかに口元を緩ませる。


「でも、極論で愚論で暴論だけど、それは正論なの」

「やめなきゃずっと発明家だって名乗れるしな」

「結局は、才能なんて形のない曖昧なものが自分にあると信じるしかないのよ。いまはなんとなくで生きていける時代。努力なんて無駄なものを続けるなんてほんとバカよね。コスパが悪すぎる。大量の塩の中に紛れた一粒の砂糖を探すようなものなのに」

「唯我独尊女も怖がりな普通の女の子ってわけですか」

「そのあだ名のように唯我独尊女でいなきゃいけないって思うくらいには、普通の女ね」


 梨本さんは晴れ渡る空を見上げ、吹いてきた風で乱れそうになった髪を手で押さえている。


「なんか意外だな。しかも俺にそれを話してくれるなんて」

「だって帆乃が信用してるからね」

「かっこいい理由だな」

「私自身が、どんな人を信じていいかの基準を持ってないだけよ」

「帆乃のことは信じられるって自分で決めたんだろ?」


 そう言うと、梨本さんは軽く舌打ちをかました。


「憎い男。でもそういうとこが……だったのかもしれないわね」

「え? なに?」

「なんでもないわ。……あ、そうだ」


 梨本さんがぽんと胸の前で手を叩く。


「私、今日学校休むから、学校に伝えといて」

「またいきなりだな」

「発明品を思いついたのよ。いまから作らないと間に合わない」

「それで学校休んでいいのかよ? 高校生の本文は勉強だろ?」

「熱中することは他のすべてを犠牲にすることだって言ったでしょ」

「ただサボってるだけなのに、そう言うとかっこよく聞こえるから不思議だわな」

「んじゃよろしく。楽しみにしといてね」


 ん?


 楽しみにしといて?


 ってことはその発明俺が実験台ってことですか?


「あ、あとその写真、よく見てみなさい。いいもの写ってるから」

「え?」


 いいものって?


 俺はその写真をくまなく見なくてもわかったわ!


 ってかそうだよね。


 スカートで片足だけ立膝してたらそりゃ見えてるよね純白のパンツが。


 浮いたスカートと両太腿と椅子に囲まれた白色に気がついてしまえば、もう他のものになんか目が行きません!


 ……ん? 白のパンツ?


 たしか昨日、吉良坂さんが穿いてたのは黒色だった気がする。


 じゃあ風呂上がりってことか?


 って昨日の吉良坂さんのパンツの色を知ってる俺って。


 でもあれはバレてないし吉良坂さんから見せてきたって言っても過言じゃないし。


「よかったわね。一回家に帰ってそれを使っても、まだ学校には間に合うわ」

「いや、使わねーから!」


 俺は何事もなかったかのように去っていく梨本さんに向けて叫んだ。


 ほんとに使わねーからな。


 白のパンツなんて子供っぽいし、全然エロいと思わないし。


 まあでも、念のためもう一度見てみよう。


 吉良坂さんが真剣に小説と向き合っている姿はかっこよくて何度だって見たい。なんて言うのかなぁ。この見えちゃってる感がエロい気がするよね。得した気分になれる。パンツを見られてるの気づいてないんだなぁっていう優越感もまた……ってなに考えてんだ! 


 これじゃあまるで俺が白のパンツを気に入っているみたいじゃねぇか。


 まあ、とにかくもう一回、なにをとは言わないが確認の意味を込めて。


「――――って」


 俺はその写真をびりびりに破り捨てた。


 なぜなら、その写真にはもう吉良坂さんの姿はなく、代わりに


『この変態バーカ!』


 という文字が浮かび上がっていたからだ。


「こんなに早く消えるならそもそも使えねーじゃねーか!」


 本当に使う気なんてなかったですけどね。

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