第28話 男はいつでも天邪鬼【帆乃視点】
今日はすごく幸せだったなぁ。
草飼が運転する車の中で、私は今日の幸せをひとつも取りこぼさないように、丁寧に心の宝箱の中にしまい込む作業をしていた。
自分の膝枕で宮田下くんがうとうと寝ているという情景は、本当にかけがえのない瞬間だった。
そのあと、なんで宮田下くんが泣き始めたのかはわからないしその理由も聞かなかったけれど、どうしても慰めないといけないという気がして、そういう使命感に駆られて、後ろから抱きしめて、私のすべてで彼を包み込んであげた。
あまりにも大胆な行動過ぎて思い出すと恥ずかしいけれど、でも泣き終えた後の宮田下くんはつきものが取れたかのようにすっきりとしていたから、私も肩の荷が下りた気がした。
でも。
「ねぇ草飼。草飼がさっき言っていたじゃない? 宮田下くんが草飼のことをエッチな目で見てたって」
「はい。男というものはメイドという人種に反応するようにできております。憧れと説明した方がいいでしょうか。梅干を見たら自然と唾液がたまるように、メイドとのあれやこれやを勝手に妄想するのです。メイドは自分に無条件にご奉仕してくれる存在だとアニメや漫画等で刷り込まれておりますから」
なるほど。
男はみなメイドが好き。
興奮する。
だとしたら使えるかもしれない!
「要するに、バスカヴィルの犬ってことね」
「それはホームズ作品です。それを言うならパブロフの犬ですよ」
「……いいから続けなさい」
「かしこまりました」
草飼がこほんとひとつ咳払いをする。
「殿方はエッチな奉仕もしてくれるのではと、メイドという言葉を聞いた瞬間から無意識に期待してしまうのです。まさに犬のように発情するのです」
「なるほど。じゃあもしその奉仕が実際にエッチなものだったら」
「理性は簡単に崩壊するでしょうね」
やっぱりそうなんだ。
エッチな奉仕……はできないかもしれないけど、頑張ってみてもいいかもしれない。
「あ、それはそうと帆乃様」
「なに?」
「失礼を承知で申し上げますが、勝手に私の黒の下着を盗むのはおやめください。私は今日それを穿こうとしていたので、いまはなにも穿いておりません」
「なっ――!」
とっさにスカートを上から押さえつける。
バレてた!
一枚くらいいいかなって思ったのに!
「って、予定のものがなくても別のを穿いたらいいじゃない」
「話をすり替えないでください。どうして私の黒の下着を盗んだのですか?」
「それは……宮田下くんが白い下着を子供っぽいって、だから草飼のならいいかなって」
私は可愛くて気に入っていたのだが、白の下着は宮田下くんの好みではなかった。だったらいっそのこと……と。大人の女性である草飼のを拝借したのだ。
「なんですか、そのアホみたいな理由は」
草飼の大きなため息が聞こえる。
「帆乃様は本気で宮田下様の子供っぽいなんて言葉を信じたのですか?」
「だって、直接そう言われたから」
「男にとって女の子の下着というものは神秘です。淫靡な輝きを放つ宝石です。白でも黒でも虹色でもいいんです。というよりそうやってムキになったということは、彼は白が好きという可能性も大いにあります。男子高校生はいつだって天邪鬼です」
「でも、本当に子供っぽいって」
「じゃあ今度あなたの白の下着を見せてあげなさい。絶対に興奮するはずですので」
「ほ、ほんとうに?」
「私は帆乃様よりも、男とエロの関係性について極めていると自負しております」
それから、草飼は下着の効果的な見せ方というものを教えてくれた。
「で、でももし白の下着で、また子供っぽいって思われたら」
興奮とはかけ離れてしまう。
宮田下くんの中で、吉良坂帆乃イコール子供、という方程式が成り立ってしまう。
「帆乃様は心配性すぎます。ただ、そこまで不安なら……そうですね。宮田下様に直接選んでもらうのが一番です」
「ち、ちょくせつ?」
「はい。男性にも好みがありますので。しかも下着の好みというのはかなり個人差があって特殊です。なので相手に選んでもらうのが一番です」
「そういうものなの?」
「はい。選ぶ過程でいろんな下着を着た彼女を見て興奮しますし、なにより次のデートでは自分が選んだ自分の一番の下着を服の下につけているかもしれない、と勝手に想像して興奮してくれます」
なるほど。
やっぱり草飼は頼りになる。伊達に、『メイドってエロの象徴みたいな職業じゃないですか』なんて理由でメイドになったわけじゃないということだ。
「男には妄想させてなんぼです。なので安易に裸を見せてはいけません。裸は諸刃の剣。それ以上がなくなるのですから。いかに裸にならずに裸を妄想させるか。初めから見えているとエロスは半減するのです。脱ぐという動作を絶対に大事にしてください。裸はそれ以上脱げない。男の妄想力を止めてしまいます」
「でも過剰に妄想させて、実際に裸になったときに落胆されたら」
「帆乃様の裸体は男の想像を必ず超える代物です。この草飼が保証します」
そう言われるとなんだかそんな気がしてくるから不思議だ。シートベルトを挟んでいる自分のおっぱいに手を添えて少し揉んでみる。これが、このおっぱいで宮田下くんを今日も、そしてこれからも……。
私は背もたれに寄りかかって細く長く息を吐く。
でも、あと時間はどれくらい残されているのだろう。
早くしないと。
宮田下くんの精子をかけた戦いに負けてしまったら、私は吉良坂帆乃という存在はこの世からいなくなってしまう。
そういう意味では、吉良坂帆乃の生死をかけた戦いでもあるんだなと、私は再度気を引き締め直した。
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