第27話 エロメイド登場っ!?

 理科準備室から出た俺たちは、無言で下駄箱まで向かった。


 吉良坂さんがどう思っているかはわからないが、俺は階段を下りるときも、下駄箱で靴を履いているときも、なんであんなことをしてしまったんだろうと羞恥で死にそうだった。


 あの後、気のすむまで泣いた俺は、泣き終えた後でようやく、彼女のおっぱいを枕にして密着しているという状況のやばさを理解して、


「もう、大丈夫」


 と彼女から離れた。


「ほんとに、いいの?」

「ああ。ありがとう」


 ちらっと振り返って吉良坂さんを見たら、吉良坂さんは顔を真っ赤にして、俺がさっき頭をうずめていた胸のあたりに手を添えていた。


「もう遅いし、今日は帰るか」

「うん」


 こうして俺たちの甘酸っぱい? 恥をさらけ出し合った? 親子関係は幕を閉じた。


 いま思い出しても恥ずかしさでどうにかなりそうだが、不思議と後悔だけはしていない。


 思う存分泣いたからだろうか、なんだか心がすっきりしている。


 校舎の外に出ると、夕日がとても眩しかった。


「あ、もう迎え来てる」


 校門の外の道路に、なんかすごい高級そうな車が止まっていた。ポルシェ? ロールスロイス? ジョージルーカス? 車には疎いのでよくわからないけど、最後のは俳優の名前ですね。


「悪い。迎えの人、待たせちゃったかな?」

「ううん。それは大丈夫だと思うけど」


 吉良坂さんが小走りで車に近づいていく。


 俺もその後をついていくと、車の運転席から誰かが出てきた。


「お待ちしておりました。帆乃様」


 出てきたのは、そう! まごうことなきメイドさん! メイドカフェにいる現実的な容姿のメイドではなく、モデルのような美貌を持つ、正真正銘のメイドさんだ。


「すげー。本物だ」


 上から下までじろじろと見つめてしまう。やっぱりメイドにはロングスカートだよね。黒を基調とした衣装で露出も少ないのに、なぜかエロスを感じる。身長は俺よりちょっと低いくらい。胸は吉良坂さんには及ばないが、男子を誘惑するには充分なレベルだ。


「ごめんなさい草飼くさかい。待たせちゃった?」

「いいえ。私もいま着いたところです。――それよりも、さっきから私でエロい妄想を繰り広げているこのお方は?」


 いきなり図星を……冤罪を吹っ掛けられて俺は言葉を失う。


「ちょっと草飼。宮田下くんに失礼でしょ」

「宮田下……なるほど。このお方が、帆乃様が毎日のように妄想してベッドの上でくちゅくちゅあんあん喘いで」

「あああああ!」


 吉良坂さんが突然狂ったように叫んで、吉良坂の肩を前後にぶんぶん揺らす。彼女の叫び声がかぶさって、草飼さんの言葉は最後まで聞き取れなかった。


「なんで草飼がそれを知ってるの……じゃなくて宮田下くんに失礼でしょって言ってるの」

「ですが帆乃様。このお方が私にエロい目線を向けてきたのは事実です」

「事実じゃねえから! 発情期の動物じゃねぇから!」


 俺は食い気味に否定しておいた。誤解を誤解のままにしておくのはよくないもんね。真実は全く広まってくれないくせに、悪い噂ってのはその真偽を問わず伝染病より広まるのが早いからね。


「宮田下様、知ってますか? 焦ってるときほど人は大声を」

「だから事実じゃねぇから!」

「ほらまたエロい目で見てきました。風俗店で写真を見ながら女の子を選ぶ男の目をしてました」

「もう! とにかく草飼は喋らないで」


 俺と草飼さんの水掛け論を吉良坂さんが止めてくれる。


「帆乃様にそう言われては仕方ありませんね」


 吉良坂さんに深々と一礼した草飼さんは、流麗な動作で後部座席のドアを開ける。


「ごめんなさい宮田下くん。うちの草飼が失礼なことを。後日なにかお詫びするから」

「いや、お詫びなんていいって」


 そんな、吉良坂さんがそこまでしなくても。


「そうですよ帆乃様。このお方はいまお詫びとして私の身体を好きにしようと思ってらっしゃるので、帆乃お嬢様がなにかする必要はございません」

「なわけないだろ!」

「草飼!」


 草飼さんの余計な一言の後、俺と吉良坂さんは同タイミングで叫んだ。


「本当にごめんなさい。草飼は優秀なんだけど、ちょっとその、頭がかなり変態方面に振り切れていて」

「それは、なんとなく理解した」

「お言葉ですが帆乃様。それでは語弊が生じてしまいます。私はちょっとではなく、常に変態なことしか考えておりません。ちなみにいまはお嬢様をここに置き去りにして宮田下様と二人で車の中で」

「だから草飼はもう黙って」


 呆れたように言った吉良坂さんは、胸の前に手を上げ俺に向けてひらひらと振った。


「それじゃあ宮田下くん。また明日ね」

「ああ。また明日な」


 俺が手を振り返すと、吉良坂さんは車に乗り込むために背を向ける。だが、なぜかもう一度振り返って、とたたっと俺に近づいてきて、


「私はあなた専用の枕だから、いつでもどこでも枕にしていいよ」


 吐息交じりの声で耳打ちしてきた。


「なっ――」


 突然のことでなんの反応もできない。


 吉良坂さんも顔を真っ赤にしながら「じゃあね」と逃げるように車に乗り込んだ。


「では、宮田下様失礼します」


 にやにやした顔でそう言った草飼さんが、運転席に乗り込んで車を発進させる。


「どこでも、枕……」


 去っていく高級車を見ながら、俺は吉良坂さんの身体の中で枕にしたい場所を考えながら、熱くなっている耳たぶを手でひっぱった。

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