第20話 梨本臨の気持ち

「えっと、その……なんでしょうか?」


 恐るおそる尋ねる。


 なんかすごい睨まれてる気がするんですけど、気のせいですよね? いつも通りの無表情なのにどうして大リーグの四番打くらいの威圧感があるの?


「大丈夫。帆乃なら女子トイレに避難させたから。ノーパンで校舎を猛ダッシュさせるなんて、そんなバカな真似は私がさせない」


 なら、とりあえず一安心だ。でも、なんで梨本さんがここへ? タイミングよすぎない? 理科準備室を見張ってたとしか思えないんだけど。


「あ、気にしないで。私、大体の事情は知ってるから」

「吉良坂さんから聞いたのか?」

「それにかんしては大丈夫よ」


 なんかすごい不気味な笑みを浮かべられてるんですけど。大丈夫って、なにが大丈夫なんですか? 答えになってないですよ?


「だってあなたが気にしたって無意味だから。明智光秀が謀反を起こした理由を知ろうとすることと同じね」


 いや、俺がいまあなたに謀反を起こしそうなんですけど? 理科室の変ですよ。ってか吉良坂さんから聞いたってはやく肯定して! 吉良坂さんが出ていって一分もたっていない中で、さっきの出来事を全部伝え切れるとは思えないけどね! 女子トイレに連れていくので精いっぱいだと思うけどね!


「いやでもそのなんと言いますか、明らかに時間がないので……つまりこの部屋を盗聴」

「気にしないで」

「もしくは盗撮」

「気にしないで」

「監視カメラがどこかに」

「これ以上文句があるならあの写真をネット上にばらまいた後で聞くけど」

「いいえ。文句などあろうはずがありません」


 ああ、某有名野球選手の名言もこんな風に使われたくなかっただろうなぁ。それかんしては、後悔などあろうはずがあります! 


「そ。じゃあその話はもう終わったから」


 梨本さんは小さく息を吐いた後、俺の右手を指さした。


「それ、あんたが欲しいならあげるけど。どうする?」

「それ、とはなんでございましょう?」

「あなたが大事そうに握りしめてる、帆乃が穿いてた下着のことよ」

「なっ――いらないよ!」


 そうだったまだ持ってたんだ! と俺は梨本さんに白と水色のパンツを突き出す。


「ほんとにいらない? オイルショック時のトイレットペーパーより貴重で実用的よ」

「いまはウォシュレットっていう文明の利器があるんだよなぁ」

「使いどころ満載のお宝なのにもったいない。帆乃が穿いていた中古品なのよ?」

「家やマンションは鍵を開けただけでその価値が大きく下がるっていうしなぁ」


 俺が適当に言い返していると、梨本さんは「あなたほんとに男子高校生?」とぼやきつつ、ようやくパンツを受け取ってくれた。


 ふぅー、倫理観との壮絶な死闘だったよ。


 だって本当に貴重なお宝だから。


 転売成功が確約されてるマンションの話ですよ!


「あ、あともうひとつだけ言いたいことあるんだけど」


 パンツの制服のポケットに押し込んみながら、梨本さんが続ける。


「今回はまあ、帆乃が暴走した結果だから仕方ないけど、もしあんたのせいで帆乃を泣かすようなことがあったら」


 梨本さんはにっこりと、純真無垢な子供が浮かべるような笑みを浮かべた。


「私、あんたのこと、から」


 やっっべー! ちょーこえー!


「あなたが世界初の機械人間にならないよう、せいぜい頑張ることね」

「お、おう」


 肝に銘じておこう。


 梨本さんなら本気でやりかねない。


 ただ、そうやって啖呵を切るくらい梨本さんは吉良坂さんのことを大事に思ってるってことだ。吉良坂さんも梨本さんには絶大の信頼を置いているように見える。そんな風に互いを信頼し、思いやり合う間柄の人間と出会えているなんて、すごく幸運なことだと思う。


「ってか二人が友達って、なんか意外だよな」


 ふと疑問に思ったことが、口から滑り落ちていた。

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