第23話 最後の一手

 黒狼牙こくろうがの操り人形と化したアナリンを相手にした、最後の戦いが幕を開ける。

 僕は嵐龍槍斧シュガールを手に空中に浮かび上がると、アナリンの頭上十数メートルのところをグルグルと回り始める。

 そして眼下のアナリンに向けて左手で魔法を放った。

 僕にとって最も馴染なじみ深い魔法を。


黒炎弾ヘル・バレット!」


 僕の指先から連続で放たれた黒炎弾ヘル・バレットは次々とアナリンを襲い、彼女はこれを黒狼牙こくろうがで叩き斬る。

 だけどそのすきに僕は急ブレーキをかけて逆方向に回りながら次の魔法を繰り出した。


清光霧ピュリフィケーション!」


 僕の手のひらから放射された光のきりが再びアナリンを襲うけれど、彼女はこれも黒狼牙こくろうがで簡単に斬り払う。

 このすきに僕は急降下してバルコニーの床近くを低空飛行しながら次の魔法を仕掛けた。


氷刃槍アイス・グラディウス!」


 アナリンはこれをも黒狼牙こくろうがで斬り裂くと、手の届く高さまで降りてきた僕に斬りかかってくる。

 その瞬間に僕は地面に足をつけて踏ん張り、嵐龍槍斧シュガールを横一文字に構えた。

 そして上段から振り下ろされる黒狼牙こくろうがを受け止める瞬間にグッと息を止めた。


 瞬間硬化インスタント・キュアリング

 硬質化した僕の構える嵐龍槍斧シュガールはアナリンが振り下ろした黒狼牙こくろうがを受け止めた。

 ズッシリと重くなった僕の両足が石の床にめり込むけれど、僕は何とか後方に吹き飛ばされずにその場に踏みとどまる。

 そして斬撃を受け切った僕は瞬時に硬化を解いて息を吐き出すと、間髪入れずに次の一手を打った。


聖邪の炎ヘル・オア・ヘヴン!」


 ノアの得意とする白と黒の炎のブレスが僕の口から吐き出され、アナリンの顔をあぶる。


「グガアッ……」


 アナリンはけもののような声をらして顔をのけらせる。

 今だ!

 僕が念じると嵐龍槍斧シュガールは一瞬にして短くなり、おの形態に変化する。

 僕はヴィクトリアから分けてもらった腕力と念力を駆使して嵐龍槍斧シュガールを思い切り振り回した。


嵐刃大旋風ウルカン・フルバースト!」


 この一撃でアナリンの手から黒狼牙こくろうがを吹き飛ばす!

 強い決意を持って繰り出した嵐刃大旋風ウルカン・フルバーストはアナリンの黒狼牙こくろうがを右から左から叩く。

 アナリンはこれを一回一回受け流すけれど、僕は構わずに最大出力で嵐龍槍斧シュガールを振るい続けた。


「うおおおおおっ!」


 いけっ!

 いくんだ!

 ここで一気にたたみかけろ!


 僕は勢いをグングン増して嵐龍槍斧シュガールを猛然と振るう。

 すると十数度めの刃を受け止めたアナリンの黒狼牙こくろうががついに勢いに負けて大きく後ろに振られたんだ。

 同時にメキッという嫌な音がする。

 黒狼牙こくろうがを振るうアナリンの右ヒジ関節が赤くれ上がっている。


 おそらくヒジの骨が折れているはずだ。

 無理な動きに耐えかねて、ついに彼女の右腕が悲鳴を上げたんだ。

 あれならもう今までみたいに刀を振ることは出来ない。

 そう思った僕は一気に嵐龍槍斧シュガールを頭上に振り上げた。

 その時……。


「ガアッ……」


 アナリンの右ヒジからブシュッと赤い血が噴き出したかと思うと彼女は……いや、黒狼牙こくろうがは強引にアナリンの腕を振るわせて僕に斬りかかってきた。

 予想以上に速いその刃を受け止めようと僕はあわてて嵐龍槍斧シュガールを振り下ろしたけれど間に合わず、黒狼牙こくろうがの切っ先が僕の脇腹をえぐる。


「うぐっ!」


 ノアのうろこが僕を守ってくれるけれど、それでも強い衝撃に僕は悶絶もんぜつしてその場にひざをついてしまった。

 ふ、深い斬撃だ。

 ノアのうろこがなかったら、内臓までエグられて一発で致命傷になるほどの。


「くっ!」


 僕は痛みをこらえて立ち上がろうとしたけれど、足が思うように動いてくれない。

 そんな僕に向かってアナリンが最上段に黒狼牙こくろうがを構えた。

 その右ヒジは肌が裂けて……ほ、骨が見えている。

 そこまでして……。


 その異常な光景にゾッとして息をするのも忘れる僕の目の前で、黒狼牙こくろうがが振り下ろされる。

 回避も防御も間に合わない。

 や、やられる!


「くっ……えっ?」


 その瞬間、真横から何かが僕にぶつかってきたんだ。

 それは一陣の黒い風で、アナリンが黒狼牙こくろうがを僕の脳天に振り下ろす前に、僕をその場から一瞬にして運び去った。

 あまりにも一瞬のことで状況を理解しかねる僕の首に、熱い息がかかる。

 どうやら僕は何かにえり首をつかまれたような状態で、空中を高速飛行しているようだった。


「ブルルッ!」


 耳元でそんな声が聞こえたかと思うと、僕の体がブンッと中に投げ出された。


「うわっ!」


 前後不覚におちいった僕は、またたく間に何かの上に腹ばいの状態で落下した。

 温かなそれは動物の背中だったんだ。

 馬?

 いや……天馬ペガサスだ!


 空中を旋回せんかいする黒い天馬ペガサスの背中に僕はつかまっていたんだ。

 赤くかがやくタテガミと黒くつやのある肌。

 その天馬ペガサスを忘れるはずがない。

 僕にとっては印象深い天馬ペガサスだから。


「て……天烈!」


 そう。

 それはアナリンの愛馬にして雷轟らいごうと双璧を成す天空の覇者・天烈だった。

 天烈は漆黒しっこくの翼を広げると、その黒くて大きな体で悠然ゆうぜんと風を切って飛ぶ。

 北の森で炎に巻かれて傷ついていた翼は、傷痕きずあとこそ残っているものの、力強い羽ばたきを見せていた。

 天烈が……助けてくれたのか?


「天烈……僕を助けてくれたの?」


 僕がそうつぶやきをらすと天烈はブルルッと怒ったように鼻を鳴らし、黒い尾で僕の後頭部をパシッとはたいた。


「アイタッ! な、何で?」


 僕を助けてくれたわけじゃないのか?

 僕が目を白黒させている間にも、天烈は地上を見下ろしたままグルグルと空中を旋回せんかいし続けている。

 そんな天烈が見下ろしているのは、バルコニーの上に立つアナリンだ。

 僕はハッとした。


「そ、そうか……。君は主人があんな姿になってしまったことを嘆いているんだね」


 何となく僕にはそんな天烈の気持ちが分かるような気がした。

 かつてミランダが自我を失い、不条理な破壊行為を無差別に行っていた時があった。

 その時、僕は何とも言えない悲しいような納得いかないような気持ちになったから。

 天烈も今、そんな気持ちなのかもしれない。 

 僕は天烈の背中のくらにしっかりとまたがってあぶみに足をかけると、その黒く美しい毛並みの背中をでながら声をかけた。


「天烈。力を貸してほしい。君の主人を……アナリンをあの黒狼牙こくろうがから解放しよう。だから……僕に力を貸して」


 僕の言葉を理解してくれたのかどうかは分からないけれど、天烈は首を頭上に向けて大きくいななくと、飛行速度をグンッと上げた。

 地上からは天烈に乗る僕を撃ち落とそうと、アナリンが速射型の鬼速刃きそくじんを放ってくる。

 天烈は自慢の飛行速度で赤い光刃をかわすけれど、自分を攻撃してくる主人の姿に悲しげな鳴き声を上げた。

 僕はグッとくちびるみしめる。


「天烈。辛いよね。僕にとっては敵だけど、君の主人はもっと誇り高いサムライのはずだ。あんな姿であるはずがないんだ」


 僕は左手で天烈の手綱たづなを握り、投げ出されないように姿勢を低くした。

 アナリンに黒狼牙こくろうがを手放させるために、もう一度チャレンジするんだ。

 天烈の加速で突っ込んで、一気に黒狼牙こくろうがを叩く。

 僕は頭の中でそのイメージをふくらませる。


 でも、まだ何かが足りないような気がする。

 黒狼牙こくろうがに決定的な一撃を叩き込むためには、極限まで高めた力で一点突破するしかない。

 そのための力を……。

 そう考えながら僕は自分の左手首を見た。


 そしてそこに宿るジェネットの白いかがやきを見てハッとする。

 そうだ。

 僕にはまだ手が残されていた。

 僕は右手に握った嵐龍槍斧シュガールを見つめて念じる。


 この武器はこの姿に至るまでに様々な変遷へんせんを経てきたけれど、元をたどれば、かの天使長イザベラさんの武器である金環杖サキエルだったんだ。

 今もその力がこの中には眠っているはずだ。

 だったら……。


「イザベラさん。僕に力を貸して下さい」


 僕がそう念じると嵐龍槍斧シュガールが金色の光を帯び始めた。

 いける。

 この大一番の勝負を制するための最後の一手を打つんだ。

 僕は嵐龍槍斧シュガールを頭上に振り上げる。


聖光透析ホーリー・ダイアリシス!」

  

 途端とたん嵐龍槍斧シュガールからあふれ出る金色の粒子が僕の体を包み込んでいく。

 聖光透析ホーリー・ダイアリシス

 一次的に能力の大幅強化をすることが出来る強力な魔法だ。

 それは僕にとって最後の切り札であると同時に、失敗すれば自滅の危険をはらんだ禁じ手でもあった。


 天国の丘ヘヴンズ・ヒルで天使たちのリーダーだった天使長イザベラさんは、この魔法を自在に使いこなした。

 それは彼女の体内に魔力回路がカスタマイズされていたからだ。

 先日の潜水艇での戦いで、魔力回路のないジェネットにこの魔法をかけた時は、法力が高まり過ぎて彼女が後に動けなくなってしまうほどの負担を体にかけることになってしまった。

 

 そのリスクは僕にとっても同じだ。

 この魔法によって力が一時的に高まったとしてもそれは長くは続かないだろうし、効果が切れた後は体への負担が大き過ぎて戦えなくなってしまうだろう。

 それでも僕はこの一瞬に賭けることを決めたんだ。

 そうしなければ黒狼牙こくろうがをアナリンの体から放すことは出来ない。

 最後の一手はやるかやられるかの大博打おおばくちになる。


「くぅぅぅぅっ!」


 金色の粒子は僕の体内に浸透しんとうしていき、すぐにその効果が表れた。

 体の奥底から猛烈な熱があふれ出してくる。

 まるで焼けた金属を飲み込んでしまったかのようだ。

 だけど強い力が……この身に余るほどの強い力がき出してくる。


 筋肉が盛り上がり、それにともなって骨がきしみ、関節がミシミシと震える。

 血流が全身を活発に駆け廻り、心臓の鼓動が早くなる。

 それでいて脳が覚醒状態となり、五感が冴え渡った。

 感じる。

 ものすごいドーピング効果だ。


「天烈!」


 僕の叫びに応じて天烈は一瞬で上空高く舞い上がる。

 遠くに見える地平線がうっすらと明るくなっているのが見えた。

 夜明けが近い。

 天烈は青い薄闇うすやみの空に一度だけ大きくいななくと、そこから一気に急降下した。


 猛烈な風圧と重力が体に襲いかかって来る。

 僕はそれに耐えて嵐龍槍斧シュガールを振り上げた。

 勝負は一度きり。

 最高の一撃をここで放つんだ。


 眼下ではアナリンが居合いの構えを見せている。

 鬼速刃きそくじんよりも歩幅を広く取り、腰を深く落としたその構えは、彼女の最大奥義である鬼道烈斬きどうれつざんだ。

 黒狼牙こくろうがごくの状態で放たれるそれは、僕を一撃で真っ二つに出来るほどの威力だろう。 


 勝てなければ死あるのみ。 

 それでも僕は躊躇ちゅうちょすることなく突っ込んでいく。

 気合いの声を張り上げながら僕は全力で嵐龍槍斧シュガールを振り下ろしたんだ。 


「いけぇぇぇぇぇぇっ!」

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