第20話 人ならざる存在
強大無比を誇る敵・破壊獣アニヒレートがついに倒れ落ちた。
絶望的な戦いを生き残った僕とミランダの目の前に、天からの祝福のメッセージが表示されている。
【Congratulations! Annihilate was defeated by Miranda & Alfred】
ミランダと僕によって倒された……それは違う。
アニヒレートがここに至るまでに、多くのプレイヤーやNPCたちが与えてくれたダメージが
僕らは皆が少しずつ
これは……このバルバーラ大陸の民の勝利なんだ。
空を飛ぶ彼女はすっかり
もう魔力が本当に底をつく寸前なんだ。
「ミランダ!」
僕はすぐに彼女の元へ向かい、その肩を支えた。
「お疲れ様。ミランダ」
「別に疲れてないわよ。こんな程度じゃ」
「疲れてるでしょ。こういう時は素直に家来に肩を預けなよ」
ミランダの強がりに苦笑する僕に、彼女もフッと表情を
「ま、いいわ。そんなに私に肩を貸したいなら借りてあげる。ところでアル。あんたその左手首のアザ、またなの?」
「うん。ジェネットたち4人分の力が宿ってるんだ」
「だからジェネットの
確かに。
でも、ジェネットの力を確かに感じていたからこそ、僕は出来ると信じていたんだ。
ありがとうジェネット。
そしてアリアナとヴィクトリアとノアも。
「皆の力のおかげでアナリンにも勝てたんだ」
「へぇ。サムライ女に勝ったのね。私が動けない間、あんたもまあまあがんばったじゃない」
まあまあ、ね。
死ぬほど大変だったんですけど。
でも、ミランダを守りたかった。
だから頑張れたんだよ。
これは恥ずかしいからナイショにしておこう。
「とにかくもう今回のバカ騒ぎはおしまいね。さっさと帰ってシャワーでも浴びたいわ」
「そうだね。とりあえず城に戻ろうか」
僕らの眼下にはミランダの居城たるミランダ城が
夜明けまでにはまだ時間があるけれど、空はうっすらと明るくなってきた。
その空に浮かぶ月明かりに照らされたミランダ城は、あちこちが損壊していて激しい戦いの傷跡を残している。
「完成したばかりの城が……」
「別に城なんて壊れたら直せばいいだけよ。命を落とすよりずっとマシじゃない」
……ミランダの言う通りだ。
城は直せるけど、このイベント中に失われた人の命は二度とは戻せないかもしれない。
僕はミランダや仲間達の無事に心から
仮に僕がもう二度とミランダや皆に会えないとしたら……そんなの絶対に嫌だ。
この世界には今まさにそんな思いをしている人たちがいるんだ。
勝てたからってハッピーエンドなんかじゃない。
そんなことを思う僕の
「イタッ! な、なに?」
「暗い顔しない。勝者は敗者の分まで堂々と笑いなさい」
「ミランダ……」
「私たちはアニヒレートにトドメを刺したし、さっさと帰って神の奴に……」
そう言いかけたミランダが……いきなり口から血を吐き出した。
「ごほっ……」
……え?
何が起こったか分からずに
「ミ、ミランダ!」
ミランダの背中から突き刺さり胸へと突き抜けていたのは、一本の短い刀だったんだ。
僕はその刃物が何であるかすぐに気が付いた。
こ、これは……脇差し、
「な、何よこれ……ううっ」
苦しげにそう
そ、そんな……。
僕はすぐに回復ドリンクを取り出したけれど、胸を貫く
「ど、どうしてこんなことに……」
僕は必死に
するとものすごい勢いで僕は空中から地上に引きずり下ろされる。
「うわっ!」
そのまま僕は地上に叩きつけられた。
「うげっ!」
そこは半壊したミランダ城の中庭だった。
地面に体を打ち付けたダメージでライフが減少し、僕はその痛みに耐える。
一体何が……。
そう思った僕は自分の足に
その
すでにアナリンは倒れている。
ゲームオーバーになっているはずだ。
彼女が光の粒子となって消えていくのは見なかったけれど、彼女のライフがゼロになったのは確かにこの目で見た。
主がいなくなったのに
僕がそう
ま、まずい。
ミランダの魔力が尽きたんだ。
そして残りライフが少ない中、あのままじゃ落下ダメージでゲームオーバーになってしまうかもしれない。
僕は強引に足の
「ミランダ! くっ!」
そうして何とか抱き止めたミランダはすでにほとんど意識がない状態だった。
魔力が尽きている上にライフも残りわずか、そして
こ、このままじゃライフがすぐに底をついてしまう。
僕は気が動転して
『待ちたまえ!』
頭上から響いてきたその声はムクドリ姿のブレイディーだった。
彼女は僕のそばに降り立つと、すぐに元の人の姿に戻った。
「
人の姿に即座に戻れるブレイディーのスキルだ。
そして彼女は僕の肩に手をかけると、厳しい声で言った。
「冷静になるんだ。アルフレッド君。刺さった刃物はすぐに引き抜いてはいけない。出血が止まらなくなるぞ」
そう言うと彼女はアイテム・ストックから大量のタオルを取り出し、それでミランダの背中と胸の傷口を押さえた。
「回復ドリンクを無理矢理にでもミランダの口に流し込んでくれ」
「わ、分かった!」
僕はアイテム・ストックから取り出した回復ドリンクをミランダの口の中に流し込む。
意識がほとんどないミランダだけど、それでも生きようとする執念で回復ドリンクを飲み込んでくれた。
だけど少しライフが回復してもすぐにまた低下して10%を切ってしまう。
か、回復できない。
「くっ! 傷が深い。血が止まらない」
いつも冷静沈着なブレイディーがその
それだけミランダの状態が危ないんだ。
回復ドリンクじゃダメだ。
「そ、そうだ……」
今の僕にはジェネットの力が宿っているんだ
僕は必死の思いで左手首をミランダの顔の前にかざす。
すると僕の左手が静かに白い光を発し始めた。
今の僕なら出来るはずだ。
「
僕がそう唱えると左手から白い光が照射されてミランダの体を包み込んだ。
それはジェネットが使う高度な神聖魔法で、深手の傷でも治してくれる
だけど……回復したはずのライフはすぐに急激に減ってしまう。
そして意識の無いミランダが口から再び血を吐き出した。
「ゴホッ!」
彼女の吐いた血が僕の
ジェ、ジェネットの回復魔法でもダメなのか。
どうしてこんなことに……。
そう思った僕の耳が、何か異質な音を聞き取った。
キキキ……ギギギ……と何かを引きずるような音が背後から聞こえてきたんだ。
その音に僕は生理的な不快感を覚えて反射的に背後を振り返った。
すると……。
「……え?」
中庭から見上げるバルコニーの上、そこに1人の人物が立っていた。
そこにいるはずのないその姿に僕は
「そ、そんな……」
それは……そこに立っていたのは、ライフがゼロになったはずの東将姫アナリンだったんだ。
う、
彼女は倒れたはずだ。
アナリンはこちらに顔を向けているけれど、その目は焦点が合っていない。
様子がおかしいぞ。
彼女はダラリと
キキキという不快な音は、
「アナリン……」
思わずそう
「そんな……彼女は倒れたはずだ。私も見たが確かにライフが……」
そう言いかけたブレイディーは思わず目を
「か、彼女のライフ・ゲージがを見ろ。アルフレッド君」
ブレイディーに
彼女のライフは先程までと変わらずに0のままだったんだ。
だけどアナリンはゲームオーバーになることもなく、今も動き続けている。
「ど、どういうこと?」
アナリンは目を開いたまま、まばたきをすることもない。
口もわずかに開いていたが、その口から言葉を発することもない。
それでもジリジリと前に歩いてくる姿は不自然でおよそ人の歩みとは思えなかった。
この世界でライフがゼロになっても動き続けられるのは
「まさかアナリンは
そう言う僕だけど、ブレイディーはそれを即座に否定した。
「いや、あれは
ブレイディーの言葉で初めて僕は気が付いた。
アナリンの奇妙な姿ばかりに目を取られてばかりだったけど、
本来はその名の通り、黒い刀身の刀なんだけど、今は刀全体が毒々しいほど真っ赤に染まっている。
あれは……。
「血の色だ」
そう。
まさに人の血のような色に刀が染まっている。
そしてその刀を握るアナリンの右手首からは、ドクドクとおびただしい量の血が
こ、
「まるで刀が血を吸っているようじゃないか。
人ならざる存在。
ブレイディーの言葉に息を飲む僕は、アナリンの頭上にふいにコマンド・ウインドウが浮かび上がるのを見た。
そこにはこう表示されていたんだ。
【
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