第9話 重なるキズナの力

「ア、アリアナァァァァ!」


 再び力を取り戻した黒狼牙こくろうがを抜き放ち、アナリンが鬼嵐刃きらんじんを繰り出した。

 アナリンに攻撃を仕掛けようとしていたアリアナはそれに巻き込まれてしまったんだ。

 そして周囲にある巨大で重厚な永久凍土パーマ・フロストが、光の刃によって次々と粉々にされてしまう。

 1分は続いたであろう刃のあらしがようやく止み、アナリンは黒狼牙こくろうがさやに収めた。


「その程度で済むとは大した身のこなしだ」


 そう言うアナリンの前方には……腕や足に深い切り傷を負って血を流しながらしゃがみ込んでいるアリアナの姿があった。


「アリアナ!」


 彼女は苦しげに表情をゆがめ、手で傷口を押さえ込んでいる。

 そのライフは総量の3分の1ほどまでに大きく減っていた。

 周囲を取り囲むように配置されていた永久凍土パーマ・フロストもすっかり吹き飛ばされてしまった。

 アリアナは血が流れるのも構わずに気丈きじょうに立ち上がって左右の拳を構える。

 アリアナの様子にアナリンは油断なく黒狼牙こくろうがつかに手をかけたまま腰を落として言った。


「魔道拳士アリアナ。さすがにその名をとどろかせるだけのことはある。見上げた根性だが、貴様ほどの使い手ならば分かろう。それがしとの実力の差が」

「……ええ。あなたは強い。私なんかじゃかなわないくらい。でも……私は自分を信じてくれた大事な友達の前で恥ずかしい戦いは出来ないの」


 アリアナ……。


「大切な人のために拳を振るって倒れるなら……本望だから!」


 そう言うアリアナの拳が白く凍結していく。

 氷結拳フリーズ・ナックル

 シューシューと白い凍気を噴き上げるその必殺の拳が、アリアナの覚悟を示していた。

 それを見るうちに僕の胸は不安でいっぱいになり、いてもたってもいられなくなる。


 ダメだ。

 このまま手負いのアリアナを突っ込ませちゃ。

 絶対に良くない結果が待っている。

 そう直感した僕の左手首が再び燃え上がる様に熱くなった。

 だけど何かをするにはすでに遅かったんだ。


氷結拳フリーズナックル!」

鬼速刃きそくじん!」


 猛然と特攻をかけるアリアナを迎え撃つ格好のアナリンは、より破壊力の強い直撃型の鬼速刃きそくじんを繰り出すべく、強烈な踏み込みから黒狼牙こくろうがを抜き放った。

 アリアナが高速で繰り出した氷結拳フリーズ・ナックルを上回る速度でアナリンの刃がひるがえる。

 一瞬でアリアナの右拳が……手首から切断された。


「ああっ!」


 僕は無意識に声を上げて飛び出していた。

 だけど次の一瞬にはもう、アリアナと体をすれ違いざまに振り返ったアナリンの刃が月明かりにひらめいていた。

 アナリンが頭上から振り下ろした黒狼牙こくろうががアリアナの背中を斬り裂く。

 アリアナの背中から鮮血が……。


「えっ?」


 斬られたアリアナの背中から噴き出したのは青い粒子だった。

 彼女の体は先ほどのジェネットと同様に光の粒子と化して集約され、青くかがやく拳大の光の玉となった。

 それはアナリンの黒狼牙こくろうがの刃をすり抜けて、宙を舞い、僕の左手首に吸い込まれていく。

 左手首には白いアザに加えて青いアザがかがやき出した。

 すると体の中に心地良いすずしげな風が吹き渡ったように感じられ、アリアナの力が僕の体の中に満ちていくのを覚えた。


【Band of Alfred, Membership List / Jennette / Ariana /// Integration rate 99%】


 再度表示されたコマンド・ウインドウにアリアナの名前が追加される。

 アリアナ……。

 二度目の現象なので僕はおどろきよりも安堵あんどを覚えた。 

 だけど二度目ということもあってアナリンの対処は早かった。


鬼速刃きそくじん!」


 彼女は即座に鬼速刃きそくじんを速射型に切り替えてこちらに放ったんだ。

 アリアナの力をこの身に感じて安堵あんどしていたこともあり、胴目がけて一瞬で襲い来る光の刃に、僕は反応し切れなかった。

 や、やられ……。


「うぐっ!」


 お腹に激しい衝撃を受けて僕は後方に倒れ込んだ。

 ど、胴が真っ二つに……上半身と下半身が……ん?

 そこで僕は自分の足の感覚を覚えてハッと身を起こした。


 鬼速刃きそくじんを受けた僕のお腹はジンジンとした痛みを感じているものの、出血ものなく切り傷ひとつついていなかった。

 いくら天樹の衣トゥルルに守られているからって、アリアナの永久凍土パーマ・フロストさえ切り刻むほどの鋭利な光の刃を浴びて、僕の体が無事なはずは……えっ?

 僕は自分のお腹を手で押さえて、違和感に目を見開いた。

 そこは硬い金色のうろこおおわれていたんだ。


「こ、これは……ノアの」


 そう鬼速刃きそくじんを浴びた僕の体が無事だったのは、僕のお腹がノアの体と同じく金色のうろこに守られていたからだった。

 そしてすぐに左の手首が熱くなる。

 見ると左手首の5つのアザのうち、白、青に続いて金色のアザがかがやき出した。


【Band of Alfred, Membership List / Jennette / Ariana / Noah /// Integration rate 99%】


 コマンド・ウインドウに表示されたその文字の中にノアの名前が追加される。

 そしてふところの中にいたはずの小さいリス姿のノアは消え、そこには大きいリス姿のヴィクトリアだけが残っていた。

 そうか……僕の危機にノアが力を貸してくれたんだ。

 おかげで僕は真っ二つにされずに済んだ。

 ジェネットに続いて僕を助けてくれる仲間の存在に胸が熱くなる。


「みんな……僕と一緒に戦ってくれるんだね」


 勇気付けられた僕は左手に握る銀の蛇剣タリオを再び剣の状態に戻す。

 すると銀色の剣の刀身には先ほどの金の蛇剣タリオと同様に黒いゲージが付与されていて、そこには青色と金色のゲージが合わせて全体の3分の2ほどまで貯まっている。

 それぞれアリアナがアナリンから、ノアがアニヒレートから受けたダメージ量だ。

 これを……さっきの金の蛇剣タリオと合わせてアナリンにぶつけられれば、相当なダメージを与えられるはずだ。


 僕はお腹をさすった。

 つい数秒前まで固いうろこだったそこは、普通に天樹の衣トゥルルの木目の装甲に戻っている。

 だけど僕には分かる。

 ノアの力がこの身に宿っているのを感じる。


 僕は左手に握っている銀の蛇剣タリオに続いて金の蛇剣タリオを右手で抜く。

 そんな僕をじっと見つめるアナリンはその目に冷たい光を宿して言った。 


鬼速刃きそくじんの直撃を胴に受けて命を落とさぬとは。それが貴様の力か……アルフレッド」

「僕の力じゃない。この身に宿るノアの力だよ」

「フンッ。少しは戦えるようになったつもりか? 試してやろう」


 そう言うとアナリンは黒狼牙こくろうがを構えた。

 僕も金と銀の蛇剣タリオを両手に構え、一歩二歩と進み出てアナリンと対峙たいじする。

 

 あせるな。

 彼女と無理に斬り合わなくてもいい。

 その動きについていけなくてもギリギリで耐え忍ぶんだ。

 とにかく致命傷を受けないことが重要なんだから。

 

「アナリン。僕らは簡単には折れないぞ」

「強がるな。それがしはそうして虚勢を張る者を幾人もほうむり去って来た。貴様も同じだ」


 そう言うとアナリンは一気にこちらに踏み込んで来た。

 体内に宿るジェネットとアリアナ、ノアの力のおかげで、彼女の動きを目で追うことはギリギリ出来ている。

 アナリンが繰り出す黒狼牙こくろうがを金と銀の蛇剣タリオで僕は受け止める。


「くっ! ううっ」


 アナリンの剣圧は強く、受けるだけでもかなりの衝撃が体に伝わって来て思わずのけりそうになる。

 アナリンはヴィクトリアのように大きな体と筋肉におおわれているわけじゃないけれど、その攻撃は一撃一撃が重い。

 連続で繰り出されると、こちらがいくら腰を落として踏ん張っても、剣で受けた衝撃によって体勢をくずされてしまう。

 とても反撃するどころではない。


 今までアナリンと戦った僕の仲間たちも、こうして防戦一方になっていく間に、すきを突かれて斬られてしまったんだろう。

 アナリンの強さは小細工こざいくも何もない。

 純粋な身体能力の高さと刀さばきの技量、そして戦いの駆け引きの上手さからくるものなんだとあらためて実感する。

 僕は幾度もアナリンの黒狼牙こくろうがを腕や足に受けてしまうけれど、その度にノアの金のうろこが体を守ってくれて最小ダメージで済んでいた。


「こざかしい。だが、そんなまがい物の強さでいつまでしのぎ切るつもりだ? ニセモノは結局そう長くは持たぬ。メッキはすぐにはがれるぞ」


 アナリンはそう言うと容赦ようしゃなく刀を繰り出してくる。

 彼女の怖いところは純粋な強さだけじゃない。

 相手がどんなに格下でもナメずに全力で斬り殺しにくるってところだ。

 だから彼女には必然的に油断がない。

 アナリンはきっと目の前の戦いに真摯しんしに向き合ってきた人なんだろう。


「どうした? お得意の珍妙ちんみょうな戦い方を見せないのか?」


 アナリンはその目に鋭い眼光を浮かべてそう言いながら刀を次々と繰り出してくる。

 その勢いで右に左に体を振られながら、僕は必死に剣でそれを受け止める。

 ジェネットの反応力とアリアナの反射神経、ノアの技術が備わっている今の僕でもこれが精一杯だ。


「ううっ……くっ!」


 どうする?

 こういう相手にいつものアイテム攻勢は通用しない気がする。

 何より相手のきょを突くアイテムを投入するには、僕には余裕が無さ過ぎる。


「フンッ。それがしは何千何万とこの黒狼牙こくろうがを振るってきた。剣の握り方すら覚束おぼつかぬ貴様を圧倒できぬようでは、東将姫の冠位を返上せねばならん」


 そう言ったアナリンの目がそれまで以上の鋭さを増した。

 頭上から振り下ろされた刀を僕は金と銀の蛇剣タリオを交差させて受け止めるけれど、アナリンは即座に切り返した黒狼牙こくろうがを下から上へとね上げた。

 その勢いに押されて、僕は握っていた2本の蛇剣タリオを頭上にね飛ばされてしまった。


「ああっ!」

「ぬるいっ!」


 蛇剣タリオが回転しながら宙に舞い、そのすきにアナリンは黒狼牙こくろうがで僕の首を斬り付けた。

 本来なら致命傷となるはずの一撃だけど、ノアの金のうろこの力で瞬時に硬化した首は切り裂かれずに済んだ。

 だけど……。


「この黒狼牙こくろうがに斬れぬものはない! 鬼速刃きそくじん!」


 アナリンは僕の首に刃を当てた状態でスキルを発動させる。

 途端とたんに発生した光の刃が、僕の首に強い衝撃を与えた。


「かはっ……」


 気付くと僕は鬼速刃きそくじんの勢いで宙に投げ出されて、この目には空が映っていた。

 息が吸えないほどの衝撃に僕は一瞬だけど気を失っていたほどだった。 

 目が覚めたのは背中から地面に落ちた衝撃があったからだ。

 アナリンの刃はノアのうろこが受け止めてくれたはずだった。

 だけどその状態で発せられた鬼速刃きそくじんの衝撃までは受け止められなかったんだ。


 ライフが一気に3分の1以下まで減るほどの大ダメージを受けた僕は、体が麻痺スタン状態になって動けなくなってしまった。

 鉄壁の防御力を誇るノアのうろこに守られていた僕だけど、アナリンの刃はそれをも凌駕りょうがしたんだ。


 お、追いつけない。

 ジェネットとアリアナとノアの力を借りてもまだ、アナリンの鬼神のごとき強さには追いつくことが出来ない。

 無力感と絶望感がグルグルと頭の中を回り、僕は敗北のふちへと追い込まれていった。

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