第10話 追いつけない強さ

 アナリンの鬼速刃きそくじんを首に浴びて、僕は大きなダメージを負い、麻痺スタン状態におちいって動けなくなってしまった。

 アナリンはそんな僕を悠然ゆうぜんと見下ろすと、黒狼牙こくろうがの切っ先を僕の首に向ける。


「斬れぬものはないと言ったそれがしの言葉。いつわりではないぞ」


 くっ!

 体が動かない!

 僕は歯を食いしばることも出来ずに黒狼牙こくろうがの切っ先を見つめた。

 だけどそこで僕の兵服の中から赤い粒子があふれ出し、それが僕の左手首に吸い込まれていく。

 すると僕の意思とは無関係にこの両腕が前に差し出されたんだ。

 そして今まさに僕を突き刺そうとしていた黒狼牙こくろうがの刀身を両手ではさみ込んだ。


「何っ?」


 おどろくアナリンは黒狼牙こくろうがで強引に僕の手を斬り裂こうとするけれど、まるで万力のように僕の手で両側から刀身をはさみ込まれて動けなくなっている。

 こ、この力は……。

 おどろく僕は見た。

 左手首に4つ目となる赤いアザが光りかがやいているのを。


 ヴィ、ヴィクトリアの力だ!

 自分の兵服の中を確かめることは出来ないけれど、間違いなくヴィクトリアが他の皆と同じように僕の左手首に吸い込まれたんだ。

 そして麻痺スタン状態がようやく解けた僕は、全身に強烈な力感があふれているのを感じ取った。


 すさまじい力だ。

 今なら大きな岩でも持ち上げられるんじゃないかと思うほどだ。

 僕はアナリンの黒狼牙こくろうがを両手ではさみ込んだまま立ち上がる。


「くっ! おのれっ!」


 アナリンは黒狼牙こくろうがつかを握ったまま意地でも放そうとしない。

 そして黒狼牙こくろうがはとてつもなくかたく、このヴィクトリアの力をもってしてもへし折れそうになかった。

 だったら……。


「フンッ!」


 僕は両手ではさみ込んだままの黒狼牙こくろうがを自分のほうに思い切り引き寄せた。


「うっ!」

 

 刀を放さない意地があだとなり、アナリンはこちらに引っ張られて体勢をくずす。

 僕はそんな彼女に思い切り体当たりを浴びせた。


「くはっ!」


 アナリンはそれでも黒狼牙こくろうがを放さず、体当たりの勢いで刀は僕の両手の間からスルリと抜けて、彼女は後方へと大きく飛ばされた。

 ヴィクトリアの力によってアナリンは少なからぬダメージを負いながら何とか着地した。

 だけどそのライフは着実にけずられている。


 やれる。

 アナリンは確かに強さと速さを兼ね備えた最強の敵だけど、攻撃さえ当てられれば、ああしてダメージを与えることが出来るんだ。

 それならこちらに全く勝ち目がないわけじゃない。

 僕は地面に落ちている2本の蛇剣タリオを即座に拾い上げた。


 そして両手に蛇剣タリオを握ったまま、仲間たちが自分に与えてくれた力と今の戦況を頭の中で整理する。

 力、速度、防御力、判断力、これらでアナリンの攻撃を何とかしのげるかもしれない。

 でもこちらからアナリンに斬り込んで彼女を倒せるイメージがかない。

 剣を使った戦闘は圧倒的に彼女に分があるんだ。


「なるほどな。あの偉丈夫いじょうふのような女戦士の力も取り込んだわけか。面白い。それでこそやり甲斐がいが出るというものだ」


 そう言うとアナリンはすぐさま黒狼牙こくろうがを振るって突進してくる。

 こちらが回復するヒマすら与えてもらえない。

 僕は金の蛇剣タリオを鋭く突き出してアナリンを牽制けんせいするけれど、彼女はそれをすずしい顔で避けてこちらに刀を打ち込んでくる。

 僕はそれを銀の蛇剣タリオで受け止めつつ、素早く引き戻した金の蛇剣タリオをアナリン目掛けて振り払った。

 だけど彼女はこれも平然とかわす。


「貴様の剣は腕力と瞬発力の増強で確かに強く、速くなった。だが、貴様の剣技はつたないままだ。それがどういうことか分かるか!」


 そう言うとアナリンは右に左にと刀を揺らがせて、見たこともないような太刀筋たちすじで僕に斬りかかってきた。

 僕は咄嗟とっさに両手の剣でそれを防ごうとするけれど、それをすり抜けるように斬り込んできた黒狼牙こくろうがは僕の脇腹をこするように斬った。


「うぐっ!」


 ノアの金のうろこによってダメージは最小限に抑えられたけれど、そこからアナリンは次々と僕に斬り込んでくる。

 僕は必死に防御体勢をとるけれど、彼女の刀は僕の剣から逃げるような幻惑的な軌道きどうを描いて次々と僕の体をけずった。


「くっ! ううっ……」


 僕はたまらずに後方に大きく飛んで距離を取る。

 アナリンは黒狼牙こくろうがを構えたまま、油断なく僕を見据みすえて言った。


「力が強い。動きが速い。それだけで剣の腕が上がるのならば苦労はない。それがしはこの黒狼牙こくろうがだけをかたくなに振るい続けてきた。この手に馴染なじんだこの刀はもはやそれがしの手も同然だ。貴様はどうだ? それほどまでにその奇妙な剣を振るってきたと胸を張って言えるか? 貴様の仲間たちはおのや槍の達人ではあったが、剣も同様に扱えるか? そうではあるまい。それがそれがしと今の貴様の技量の差だ」


 アナリンの言う通りだった。

 皆に力を借りているこのに及んでも、僕の剣の技量はアナリンに遠く及ばない。


「武の道にごまかしは通じぬ。鍛練たんれんを積まぬ者はこうして刃を向け合えばすぐに分かる。女戦士や魔道拳士たちは厳しい鍛練たんれんを積んできたのだとすぐに分かった。敵ながら1人の武人として好感を覚えるほどにな。だが貴様は違う。正直、今の貴様より奴らが1人で戦っていた時のほうが脅威きょういを感じたぞ。貴様の力はやはり借り物のまがい物だ。アルフレッド」


 アナリンの振るう刃が次々と襲い来る。

 その太刀筋たちすじは見えているはずなのに、反応も出来るのに、僕はそれを防ぐことが出来ずに 次々と斬られてダメージを蓄積ちくせきしていく。

 ま、まずい。

 もうライフが残り4分の1を切る危険水域に入った。


 くそっ!

 僕はまがい物なのか?

 この体に宿っている皆の力は本物なのに、僕のせいで本物になり得ない。

 そのことが悔しくて僕はくちびるんだ。


 アナリンの攻撃は容赦ようしゃなく続く。

 何か手を打つすきすら与えてもらえない。

 彼女の強さは深く底の知れない海のようだ。

 海底が見えたかと思うと、そこにはさらなる深みへと続くみぞがある。


 このまま僕の命が尽きるのが先か、この心が折られるのが先か。

 僕は悲壮感に押しつぶされそうになりながら、それでも歯を食いしばって反撃の一手を試みる。


「くそっ!」


 アナリンの刀さえ奪えれば……。

 その目論見もくろみを持って、僕は彼女の手首を目がけて金の蛇剣タリオつかからへびを繰り出した。

 金のへびがその鎌首をすばやく伸ばしてアナリンに襲い掛かる。


「甘いっ!」


 だけどアナリンはすばやく黒狼牙こくろうがを旋回させて……金のへびの首を斬り落としてしまったんだ、


「ああっ!」


 さらにアナリンは鋭い踏み込みから僕のすぐ目の前で黒狼牙こくろうがを振り上げた。

 その一撃が、僕が左手に握る銀の蛇剣タリオつかでとぐろを巻いている銀のへびをも頭から切断してしまった。

 金のへびに続いて斬り落とされた銀のへびも、力を失って地面に横たわったまま動かなくなる。


「これで厄介やっかいへびの邪魔は入らぬ」

「くっ!」


 あせった僕は左右の蛇剣タリオを振り上げて、アナリンに全力で叩きつけるように振り下ろす。

 だけど渾身こんしんの一撃は空を切った。

 アナリンはほんのわずかな刹那せつなに少しだけ後ろに下がり、鼻先ギリギリのところで僕の一撃を避けながら、黒狼牙こくろうがさやに収めて居合いの構えを見せたんだ。

 僕は完全に彼女の手玉に取られていた。


 やばいっ!

 僕は即座に天樹の衣トゥルルで飛び上がろうとしたけれど、アナリンのすばやさがそれを上回った。

 彼女はよどみの無い動作で、さやに収められた黒狼牙こくろうがつかを握る。

 

 鬼速刃きそくじんが来る!

 もう空中に咄嗟とっさに逃げることも叶わない。

 ノアのうろこをも通す恐るべき光の刃が、僕の命を刈り取るべく繰り出された。

 

鬼速刃きそくじん!」

 

 今度こそやられた。

 そう思った僕だけど、突如として真横から強い力で誰かに突き飛ばされて、僕は地面に転がった。

 

「なっ……」


 おどろいて顔を上げた僕が見たのは、僕を突き飛ばした黒い人影のようなものが、僕の身代わりとなってアナリンの鬼速刃きそくじんを浴びて消滅する姿だった。

 僕はその黒い人影を以前に見たことがある。

 あれは確か双子の暗黒姉妹キーラとアディソンを相手に戦った時にミランダが上位スキル・悪神解放イービル・アンバインドで呼び出した人型の魔神だ。


 ということは……僕がそう思ったその時だった。

 僕は見たんだ。

 アナリンの背中越しの風景が一変するのを。


「え……」


 アナリンもすぐにその異変に気が付いた。

 なぜなら風景が一変したのは彼女の背後だけでなく、僕の背後も同じだったからだ。


「な、何だこれは……」


 今の今まで平原にいたはずの僕らは、どこか見知らぬ城の中の中庭らしき場所にいたんだ。

 周囲は黒塗りの城壁に囲まれ、足元には多くの草花が茂っている。

 突如として現れた光景に僕は唖然あぜんとした。


「ど、どうなってるんだ?」


 思わず声をらす僕の見つめる先、中庭の上空にコマンド・ウインドウが表示された。


【テスト・プレイ開始】


 その途端とたん、アナリンが何かに反応して僕の目の前から離れると、後方に飛び退すさった。

 見ると倒れている僕の体の周りの地面から、無数の真っ黒い手が生えてアナリンの体をつかもうとしていたんだ。

 その光景に僕は息を飲む。

 なぜならそれは僕が今まで幾度か見たことのある光景だったからだ。


「こ、これって……亡者の手カンダタ?」


 おどろく僕をさらにおどろかせるように、辺りに少女の声が響き渡った。


『ようこそ。我が城へ。あんたたちはこの城の記念すべき最初の訪問客よ。歓迎するわ』


 変わらぬその傲然ごうぜんたる口調。

 聞き慣れた少女の声に僕は思わず目頭めがしらが熱くなるのを抑えられなかった。

 僕は四方を見上げて声の主を探す。

 この中庭を見下ろす格好で突き出した城の本丸の下に、せり出すように設けられたバルコニーがある。

 そこには見慣れたやみの玉座が置かれていて、その後方からコツコツとくつ音を響かせて彼女が現れたんだ。


「ミ……ミランダ!」


 そう。

 そこに立っているのはここまで行方ゆくえ不明になっていたミランダその人だったんだ。

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