第4話 妖精爆撃主メガリン

【灯台下暗しだったな。どうりでタイミングよくこちらの邪魔をしてくるわけだ】


 僕の耳に神様の言葉が響く。

 妖精爆撃主メガリンの居所は意外にもあっさりと見つかった。

 作戦本部がこのモンガラン運河のほとりの上空に展開している中継カメラ用監視妖精たちの中に、メガリンはまぎれていたんだ。


 北の森でメガリンと偶然出会う前に、僕は監視妖精たちの集団に出会った。

 そしてメガリンはその集団を探していた。

 それはそこにまぎれ込むためだったんだ。

 木を隠すなら森の中、妖精が隠れるなら妖精の中ってことか。

 アリアナが持ってきてくれたUSBから判明したメガリン情報をもとに、神様は作戦本部に登録されている監視妖精の情報を洗い出し、メガリンの現在位置を割り出すことが出来たんだ。


 僕は今、VRゴーグルを装着して再び金の妖精にログインしている。

 金の妖精は事前にアビーが遠隔えんかく操作で上空へ飛ばしてくれていて、僕はログインした途端とたんに上空の強い風を体に浴びたんだ。

 僕の向かう先には監視妖精がそこかしこに点在していた。

 一口に監視妖精と言っても、皆同じデザインなわけではないから、メガリン同様に僕がそこに混じっても不自然ではなかった。


 僕はあくまでも監視妖精を装い、他の監視妖精とちょうどいい距離を保ちながら進んでいく。

 実は監視妖精には決められた動き方があり、その法則にのっとって動く必要がある。

 彼女たちはそれぞれの目を中継カメラのレンズとして使い、一定の距離間隔かんかくを保って空中に並び、一定の時間間隔かんかくで位置を入れ替えていく。

 そうしてカメラの向こうの人々に安定した映像を供給していくのが妖精たちの役目だった。

 そこから逸脱いつだつした動きをしてしまうと、逆にメガリンがその不自然さに気付いてこちらを見つけられてしまう恐れがあるんだ。


【アルフリーダ君。メガリンの位置を捕捉した。22ブロック先の南側だ。あと5分ほどで君は彼女に最接近する。その時がチャンスだ】


 ブレイディーからの通信を受けて僕は作戦内容を頭の中で反芻はんすうする。

 アリアナが持たされていたUSBに収められていた情報で、事前にメガリンの能力については僕も把握はあくしている。

 アナリンの部下である獣人魔術師カイル、不死暗殺者ザッカリーに続いて、妖精爆撃主メガリンもその力は特徴的だった。


 メガリンは遠距離攻撃に特化したキャラクターであり、それ以外の攻撃スキルは持っていない。

 他には逃げることに特化したスキルを持つだけだ。

 隠れ潜んだ安全な場所から遠距離射撃を行うメガリンは、敵に見つからないことを最も重要視している。

 そのため、彼女には直接的に戦闘をする能力はないらしい。

 だけどそのキャラ特性から考えて、きっと彼女は用心深い。


 そして逃げるために使われるそのスキルがけっこう厄介やっかいで、無策でいどめばあっという間に彼女は逃げ去ってしまうだろう。

 一度目の接近で逃げられたら、このイベント中に再び見つけるのはほぼ不可能だ。

 チャンスは一度きりしかない。 


「絶対にしくじるわけにはいかない」


 僕は自分に言い聞かせるようにそうつぶやいた。

 僕が1分間隔かんかくで位置が入れ替わる監視妖精として動き続ける間も、眼下ではジェネットがアニヒレートを相手にたった1人で戦い続けている。

 その奮闘はすでに20分以上にも渡っていた。

 彼女がアニヒレートを引き付けてくれているおかげで、地上の兵団はシェラングーンへ向けて待避を済ませていた。

 神様が彼らを説得してくれたおかげもあるだろう。


 だけどいくら強いジェネットにだって限界がある。

 アニヒレートの歩みを完全に止めることは出来ず、巨大なくまの魔物は一歩また一歩と確実にシェラングーンの街に近付いていた。

 もうアニヒレートの目にはシェラングーンの街が見えているはずだ。

 僕は一刻も早く自分の仕事を終わらせて、ジェネットの援護に駆けつけたい。

 あせりそうになる気持ちを僕は懸命に抑え込んだ。


【アルフリーダ君。あと1分でメガリンに接触する】


 ブレイディーの通信を受けて僕は心を落ち着かせるよう努めた。

 今、目の前にある任務を確実に完遂するんだ。

 僕はアイテム・ストックから取り出したそれを手に握り締める。


 すぐにメガリンのいるブロックが近付いてきた。

 こうして位置を替えながら目当ての相手が来るのを待つのは、城下町のお祭りで何度か見かけたことのあるフォークダンスに似ているな。

 そして僕の目当ての相手であるメガリンがついに十数メートル先のとなりのブロックに姿を現したんだ。


 妖精爆撃主メガリン。

 東将姫アナリンの3人の部下のうち最後に残された1人だ。

 小麦こむぎ色の肌に白髪の彼女は、北の森で出会った時の姿そのままだった。


 一方の僕はその時の銀の妖精の姿とは違って、今は金の妖精だ。

 それが僕にとっての優位性アドバンテージだった。

 メガリンは今の僕があの時の僕だとはすぐには気付かないはずで、監視妖精の1人としか思われないだろう。


 僕はあまりジロジロと彼女を見ないよう前を向いたまま視界のはしで彼女を見た。

 ああして監視妖精の中にまぎれ込みながら、彼女は必要に応じて爆撃のシグナルを発していたんだ。

 そのせいで僕らは随分ずいぶんと苦しめられた。

 だけど、ここからはそうはいかない。


 1分の経過とともに監視妖精の配列が一列ずれて、メガリンがついに僕の目の前に浮かんだ。

 今だ!

 僕はメガリンの頭上に向けて、あらかじめ後ろ手に隠していた白いボールを投げた。

 同時に左右と下に配置されていた監視妖精が一斉にメガリンに襲いかかる。

 アビーが遠隔えんかく操作をしているんだ。


「なっ、なに? 何なの?」


 突然のことにあせったメガリンは声を上げて上空に逃げようとした。

 

5倍速回避フィフス・アクセル!」


 それは彼女の逃走スキルだ。

 一時的に素早さの数値を5倍に引き上げて、とんでもないスピードでその場から離脱するための能力だった。

 だけどそうはいくもんか。


「きゃっ!」

 

 上昇して逃げ去ろうとしたメガリンの頭上で、僕が投げた白いボールが破裂した。

 途端とたんにそれは白い粘液となって彼女の体に降りかかった。

 それはメガリンの体にへばりつき、彼女の身動きを封じる。


 鳥餅とりもちボールだ!

 あれなら5倍の速度で逃げようにも逃げられなくなる。

 さらにその状態のメガリンに監視妖精たちが次々と網を投げかけてからみつかせた。

 メガリンの身動きを完璧に封じたぞ。


「何なの! もうっ!」


 メガリンは『あし』を封じられて金切り声を上げる。

 彼女は密入国者とはいえ、このゲーム内のルールにはしばられている。

 通常スキル所有数は上中下の三種類。

 ひとつは遠距離射撃用スキル『弾道爆裂弾バリスティック・ボム』、もうひとつは今しがた使おうとしていた逃走用スキル『5倍速回避フィフス・アクセル』、そして最後のひとつは……。


極小化ミニマイズ!」


 鳥餅とりもちにまとわりつかれたメガリンがそう叫ぶと、小さな妖精である彼女の姿はさらに小さくなっていく。

 これが5倍速回避フィフス・アクセルに並ぶ彼女の逃走用スキル・極小化ミニマイズだった。

 一時的に目に見えないほど小さな姿となることで、敵の目から逃れることが出来るんだ。

 このスキルも事前に知らされていなければ、まったく対処のしようがなかっただろう。


 5倍速回避フィフス・アクセル極小化ミニマイズはどちらも効果が持続する時間は1分と短いけれど、この2つのスキルを併用されたら彼女は確実に逃げ去ることが出来る。

 だから僕はその対処のために鳥餅とりもちボールを使ったんだ。

 いくら小さくなったとしてもねばつく鳥餅とりもちから逃げられるわけじゃない。

 鳥餅とりもちは彼女の髪の毛にもへばりついている。


 この状態で小さくなっても鳥餅とりもちから離れられず、せいぜい小さすぎてこちらが見えないだけだ。

 メガリンは小さくなることで体に鳥餅とりもちが当たる面積を減らして脱出しようと考えたんだろうけど、そんな彼女の目論見もくろみは外れた。

 その証拠にメガリンはスキルを解除して元の大きさに戻る。


「な、何するのよ! あなたたち!」


 メガリンは怒りの形相ぎょうそうで声を上げると僕をにらみ付けてきた。

 その目に疑念の色が浮かぶ。


「あなた……どこかで見た顔ね」

「メガリン。君の仲間のカイルとザッカリーはもう倒されて運営本部にプログラムを回収されているよ。これ以上の暴挙は許さない」

「許さないですって? それはこちらのセリフよ。私にこんなマネして許さないわよ!」


 そう言うとメガリンはかろうじて動かせる左手を頭上にかかげた。

 な、何だ?


弾道爆裂弾バリスティック・ボム!」


 ま、まさか……。

 あわてて頭上を振り仰ぐと、僕らに向けて空から無数の燃え盛るかたまりが降ってきた。

 ゲッ!

 マジか!

 僕は信じられない思いでメガリンを見る。


「こ、こんなことしたら君だって巻き込まれるよ!」


 そう言う僕にメガリンはいきなり体当たりを浴びせてきた。

 鳥餅とりもちにまとわりつかれたままのガムシャラな体当たりだったけど、それを受けた僕の体にも鳥餅とりもちがへばりついてしまう。

 ゲゲッ!

 まずい!


「巻き込まれる? 上等じゃないの。どうせ私は一度死んだ身だもの。生き恥をさらすくらいなら、生意気なあなたを道連れにしていさぎよく散ってやるわよ」


 そう言うとメガリンはニヤリと笑った。

 マ、マジか……。

 どうせ一度死んだ身?

 どういうことだ? 


 それはメガリンのせめてもの抵抗だったのか、あるいは爆撃主としての矜持きょうじだったのかは分からないけれど、降ってきた無数の燃え盛る炎に包まれて、多くの監視妖精が消えていく。

 その様子を満足そうに見つめながらメガリンは僕を見て笑う。


「……思い出したわ。あなた。北の森で会った妙な奴ね。あの時は銀髪だったし雰囲気ふんいきが違うけど、そのマヌケづらを覚えてるわ」

「くっ……ど、どうしてそこまでするんだ! 自分を犠牲にしてまで……」

「決まってるでしょ。人生の延長戦を下さったアナリン様のためよ」


 そう言うメガリンは泰然たいぜんと目を閉じた。

 それは本当に死を恐れぬ殉教者じゅんきょうしゃの顔だった。

 アナリンはそれほどまでに崇拝すうはいする主ってことなのか?

 

 思わずくちびるむ僕のすぐ頭上に燃え盛る炎が迫る。

 視界が赤い炎でめ尽くされていく。

 その光景を最後に、僕はメガリンもろとも炎に包まれた。

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