第15話 北の森へ

「ジェネットが倒したカイルは今、プログラムの状態で運営本部に拘束こうそくされている。どうやら奴もアナリンと同じ、ハグレNPCのようだ」


 神様は布団ふとんに横たわって天井を見つめながらそう言った。

 ハグレNPC。

 アナリンがかつて所属していたゲームはすでにこの世にはなく、その中のNPCだった彼女だけが不自然に生き残っている。

 カイルも同じなのか。


「アナリンもカイルもにせのIDでこのゲームに不正侵入してきたようだ。そしてカイルと同じ立場のNPCが少なくともあと2人、このゲーム内に侵入していることが分かった。メガリンという女とザッカリーという男だ」

「アナリンの部下がさらに2人……じゃああの海で上空から攻撃を仕掛けてきたのは、そのうちのどちらか、あるいは2人とも、ということですか」

「だろうな。だが、その2人については名前以外の情報がない。キャラとしての特徴はおろか、姿さえもな」

「どういうことですか?」


 まゆひそめる僕に神様は言う。


「単純にカイルは同僚の名前以外は知らないのだろう。アナリンはかなり慎重だな。こうして誰かが捕まった時のことを考え、情報がれないように部下同士を接触させていないのだろう」


 だから同じアナリンの部下でも仲間のことを知らないってことなのか。


「その2人以外には仲間の情報がない。もしかしたら本当にアナリンと部下3名の合計4名だけかもしれん。真偽しんぎは分からぬが、おそらくかなりの少数精鋭で乗り込んできていることは間違いないだろう」

「だからこそ神様のあみに引っ掛からないんですね」

「かもしれんな。とにかくカイルは曲者くせものだった。残る2人についても手強てごわい相手と考えておくべきだ。そしてその2人は我々がアナリンに近付けば必ずそれを邪魔立てしてくるだろう。気を引き締めねばならん」


 神様の言葉に僕はうなづいた。


「ところで神様、ジェネットは大丈夫でしょうか。僕の聖光透析ホーリー・ダイアリシスのせいでかなり負担をかけてしまったから心配で……」

「心配するな。すぐに動けるようになる。ダメージが残ることもないだろう。ただ、聖光透析ホーリー・ダイアリシスの使い方には注意が必要だな」


 神様の言う通りだ。

 あのドーピング魔法は危険がともなうことを僕は知った。

 あれは天使長イザベラさんだからこそ使いこなせる魔法なんだ。


「ジェネットだけでなく、ミランダ、アリアナ、ヴィクトリア、ノア。彼女達であれば聖光透析ホーリー・ダイアリシスによるステータス・アップの負荷にも一定時間は耐えられるだろう。だから状況によっては使う必要があるかもしれん。だが、使用後はああしてジェネットのようにしばらく動けなくなってしまうリスクが付きまとう。そのことは必ず覚えておかねばならん」

「はい。よく分かりました」


 出来れば使わずに済ませたい。

 ジェネットの二の舞で皆が動けなくなってしまうのは嫌だ。

 だけど僕はアナリンの強さを目の当たりにしている。

 使わなければならない時が来るかもしれない。


「さて、アルフリーダ。今のうちにもう一つ話しておきたいことがある。実はな、アナリンの背後にいる者については私なりに見当を付けてあるんだ」

「え? そうなんですか?」

「ああ。というより私だからこそ分かったと言うべきか。アナリンが王と王女を同時にねらうのには理由があると言ったな」

「はい。2人の体に隠された感情プログラムの根幹システムである『e-book』を盗み出すためですよね」


 e-book。

 それは神様が作り上げた感情プログラムを記録した膨大ぼうだいなデータだ。

 それがあればNPCを感情豊かに作り上げることが出来る。

 その話は昼間この司令室でお茶を飲みながら神様が話してくれた。

 

「ジェネットを初めとする懺悔主党ザンゲストの主要メンバーは王と王女の体にe-bookが隠されていることを知っていると伝えたな。だが、このゲームの外側、すなわち今の運営側の人間でそのことを知っているのはこの私だけだ。運営本部の者たちは誰1人としてそれを知らない」

「そ、そうなんですか? トップ・シークレットじゃないですか」


 神様は顧問役で、このゲームの第一線からは退しりぞいている立場だ。

 そんな神様がゲームの運営本部も知らない秘密を持っているのはすごいことだ。

 僕がそう言うと、神様は事も無げに笑った。


「単なる立場の違いさ。逆に私が知らされていないことを運営本部の者たちは多く知っている。そういう連中と時に張り合わなければならん私が、秘密の一つや二つ持っていても決してアンフェアではなかろう?」


 そう言うと神様は不敵に笑った。

 だけどその表情がすぐにかげる。


「だがすでにこのゲームを離れた人物の中で、私以外にもう1人だけ、王と王女に隠された秘密を知る者がいる。そいつはかつて私の相棒だった男だ」


 このゲームの創成期に開発スタッフだった神様。

 神様が言う相棒とは、同僚の中でも神様が最も親しくしていた人物らしく、共にNPCの感情プログラムを開発した仲だったという。


「私に負けずおとらずの変わり者でな。NPCに持たせる感情なんて当時まったく重要視されていなかった項目に、時間と労力を全てかたむけていた男だった。アナリンが王と王女をピンポイントでねらってくるというのを聞いて感じたんだ。裏で糸を引くその男の影をな。さらに、そう思ったもうひとつの理由はアナリンがハグレNPCだと知った時だ」


 神様はその理由を説明してくれた。


「あいつはよく言っていたんだよ。サービス打ち切りで終わってしまうゲームの中には、キャラ単体で考えれば十分魅力的なNPCが存在する。そうしたキャラが終わり行くゲームと共にほうむり去られてしまうのはもったいない、とな」


 設定がしっかりと練り上げられている魅力的なNPCは、そのまま残して別のゲーム世界に再登場させるべきなんじゃないか、というのがその相棒氏の意見なんだって。

 もちろんそれは簡単なことじゃない。

 僕にはよく分からない話だけど、色々な権利関係の問題があるらしい。

 それにいくら魅力的なNPCでも、再登場させた新しいゲーム世界の世界観や設定に合わなければ、その世界の雰囲気ふんいきを壊してしまいかねないからだ。


 でも僕は1人のNPCとして、その相棒氏の意見にはとても強い魅力を感じた。

 もし僕らのいるこのゲーム世界が終わってしまったとしても、ミランダやジェネットたちがどこか別の世界で元気に活躍してくれるなら、こんなに嬉しいことはない。


「結局そのアイデアは実用化されないまま、あいつは会社を去っていった」


 だから神様はアナリンがハグレNPCだと知ると、どうしてもかつての相棒のことを思い出してしまうらしい。


「どうして神様とその人はたもとを分かつことになったんですか?」

「ま、一言で言えばあの男は社会性に欠けていたんだ。研究開発に埋没まいぼつするあまり、社内で他の人間とうまくいかなくなってな。私としかしゃべらなくなって最後は辞めて行ったよ。あいつが退職してから1年位は付き合いがあったんだがな、ある日突然連絡が取れなくなって、それっきりさ」


 その後、神様は相棒氏と再会することはなかったんだけど、彼のうわさは時々耳にしていたらしい。 


「海外でゲーム関連のブローカーのような仕事をしていたらしい。あまりいいうわさではなかったがな」


 それは表向き、ゲームに使えそうなアイデアやシステムなどをゲーム製作会社に販売したり、製作会社同士のめ事を解決したりする仕事のようだ。

 でも実際のところは非合法スレスレの行為も行っていたのではないかと神様は苦虫をつぶしたような顔で言った。


「ってことはその人はこのゲームから感情プログラムの集大成であるe-bookを盗み出してどこかに売るつもりなんですかね」


 僕の言葉に神様は少しの間、無言で何かを考えていたけど、やがて口を開いた。

 

「あいつが会社を去る時、当然e-bookは置いて行った。会社で開発したものは会社の財産だからな。だが、あいつならばそれをコッソリ複製して持ち出すくらい簡単に出来ただろう」


 けど相棒氏はそれをしなかった。

 もちろん、そんなことをすれば法的責任を問われるし、社会的な罰を受けるリスクがあるから、相棒氏もそれをしなかったんだろう。

 ならばなぜ今になって?

 その疑問に神様はきっぱりと答えた。


「おまえの今の姿を見たからだろう」

「え? 僕ですか?」

「そうだ。自分でも分かるだろう? 数年前と今のおまえは明らかに違う、と」


 そうか。

 確かに僕は変わった。

 僕だけじゃない。

 ミランダだって変わった。

 

 もう僕は昔のように淡々たんたんと与えられた仕事をこなすだけのNPCじゃない。

 考え、感じ、行動するNPCになったんだ。


「今のこのゲームはあいつが知っている頃のゲームではない。この世界とそこに住むNPCたちは成長しているんだ。あいつはそれを欲したんだろう」

「自分のもうけのため……ですか?」

「ま、自分自身の身勝手な欲求を満たすため、と言われても仕方のない動機だろうな」


 そのために僕らは振り回されているのか。

 迷惑な話だ。

 

「あいつには私からコンタクトを試みてみる。素直に応じるとは思えないがな。とにかくおまえたちは作戦を続行してくれ」

「分かりました」


 外の世界の難しいことは神様に任せるしかない。 

 僕がすべきことは、この世界に暮らす仲間達を1人でも多く守れるように動くことだ。

 それから僕は2時間の強制睡眠モードに入り、目覚めた時には夜9時になっていた。


☆ ★ ☆ ★ ☆

 

「起きたか。アルフレッド。調子はどうだ?」


 すぐかたわらには神様がすでに起きていて、何やらメイン・システムを操作している。

 

「おはようございます神様。眠って頭もスッキリしました」

「そうか。何よりだ。アバター妖精のほうも準備万端だぞ。2時間ほどは連続ログインしても大丈夫だ」


 どうやら神様は僕が眠っている間に妖精のシステム調整をしていてくれたみたいだ。

 これで今度はミランダたちの力になれるぞ。

 僕は神様からVRゴーグルを受け取るとそれをかぶった。

 みんな。

 今、行くからね。


「神様。色々ありがとうございます。じゃあ行ってきます」

「待て! 言い忘れたことがある」

「え? 何ですか?」


 首をかしげる僕に神様は極めてマジメな顔で耳打ちした。


「今から女子の部屋行こうぜ」


 修学旅行の夜か!

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