第三章 『リモート・ミッション・α』

第1話 熊狩りのワナ

 王都の司令室からVRゴーグルを使って自分の意識を北の大地へと飛ばした僕は、銀の妖精となって目を覚ました。

 途端とたんに感じられる肌に張りつくような空気の冷たさに、僕は思わずブルリと体を震わせる。


「ううっ……さ、寒い」


 再び銀の妖精となった僕はミランダやアリアナのいるチームαアルファへの合流を果たした。

 時刻は夜9時過ぎ。

 僕が目覚めた夜営テントの中ではミランダ、アリアナ、エマさんの3人がスヤスヤと仮眠を取っていた。

 その姿に僕は安堵あんどを覚える。

 無事とは聞いていたけれど、こうして実際に彼女たちの姿を見ると安心できる。


 よかった。

 3人とも元気そうだ。

 それにしても寒いなぁ。

 季節は春だけど、真夜中ともなると北の大地の夜は冷える。

 

 僕は皆を起こさないようにそっと浮かび上がり、テントの隙間すきまから外をのぞき見る。

 夜営テントは森の中に張られていて、周囲は木々におおわれていた。

 地面にはそこかしこにまだ冬の名残である白い雪が残っている。

 頭上は枝におおわれているけれど、その間から差し込む月明かりが森の中を照らし出していた。

 テントの外には同行している懺悔主党ザンゲストのメンバーが見張りに立っていた。

 異変が起きた時にすぐに知らせられるように、数人のメンバーが手に呼び鈴を持っている。


「……アル?」


 ふいに背後からかけられたその声に振り返ると、いつの間にかミランダが起き上がってこちらを見つめていた。


「ミランダ。起こしちゃった? ごめんごめん」


 そう言う僕のすぐそばまでミランダはい寄って来る。


「ずいぶん遅かったじゃないの。どうせジェネットの奴にこき使われてたんでしょ」

「そ、そんなことないって。それより状況は神様から聞いたよ。アニヒレートがもうすぐ動き出すんでしょ?」

「そうよ。その時に備えて、もうすでにわなを張り終えてあるわ。くま狩りのわなをね」

わな?」


 首をかしげる僕にミランダはニヤリと口のはしり上げた。


「見てのお楽しみよ。そんなことよりアル。今度はサッサといなくなったりしないでしょうね。この私の許可もなく」

「ひ、昼間はごめんね。神様の話だと2時間はいられるから」

「2時間ねぇ。まったく。便利なんだか不便なんだか。このシステムは今回限りにしてほしいわね。いい? アル。あんたは助っ人専門の便利屋じゃないのよ。あんたは私の……」


 そこまで言ったミランダがふと背後を振り返る。

 そちらを見るといつの間にがエマさんが起き上がっていて、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。


「あんたは私の……何? 続きをどうぞ。お2人さん」

「エマ……起きたんなら声をかけなさいよ。いやらしい女ね」

「ごめ~ん。何かお邪魔しちゃ悪いかなって」

 

 そんな彼女たちの話し声に目を覚ましたのか、アリアナがガバッと身を起こした。

 彼女は目を丸くしてこちらを見ると弾かれたように声を上げた。


「ああっ! アル君だっ!」


 素早くい寄ってくるアリアナにミランダがポカッとゲンコツを浴びせる。


「うるさい! くまが起きるでしょ!」

「アイタッ! ひ、ひどいよミランダ」


 頭を押さえてうめくアリアナに僕は静かな声で帰還を告げる。


「戻ったよ。アリアナ。お疲れさま」

「アル君。おかえり。待ってたよ」


 アリアナは嬉しそうに僕を迎えてくれた。

 それから僕は手短に、チームβベータとの合流時に起きた出来事をミランダ、アリアナ、エマさんの3人に話して聞かせた

 反応は三者三様だ。


「チッ。何よジェネットの奴。結局、アナリンを取り逃がしてんじゃないの」

「でも、ジェネットがそんなに苦労してたなんて……」

「まあ、ジェネットのことだから大丈夫大丈夫~」


 このチームαアルファはアナリンを追いかけているわけじゃないから、彼女らも直接襲ってくる危険性は低いように思えるけど、油断は出来ない。

 獣人魔術師のカイルがそうだったように、彼らの考えは計り知れないから。

 

「アナリンの部下が邪魔しにくるかもしれないから、皆もそれは用心してね」

 

 僕がそう言ったその時、外で呼び鈴がチリリンと短く鳴らされた。

 それは警告を知らせるけたたましい音ではなく、わずかに響く制御された音だ。


「さて、作戦開始の時間よ。アル」


 ミランダ達3人と僕がテントの外に出ると、外では懺悔主党ザンゲストの戦闘員たちがすでにテントを素早く片付け始めていた。

 彼らはミランダ達のテントもすぐに片付けてくれて、緊張の面持おももちで各々の武器を持ち、アニヒレートとの戦闘に備えている。

 魔力のこもった弓を使う魔道弓手が2人、神聖魔法を得意とする神官が2人、そして自然界の力を利用する精霊魔法を得意とする精霊魔術師が1人。

 いずれも高レベルの精鋭たちだ。

 巨大な体長を誇るアニヒレートを相手にするため、遠距離攻撃を主体とするメンバー構成だった。


 木の上で見張りをしていた懺悔主党ザンゲストの魔道弓手がスルスルと降りてきて状況を報告する。


「アニヒレートの毛の色が変わり始めた。すぐに動き出すぞ」


 その言葉にミランダが好戦的な笑みを浮かべた。


「寝覚めにキツイ一発を食らわせて、寝ぼけぐまに泡吹かせてやろうじゃないの」


 そんなミランダのとなりでは、アリアナが不安げに顔を強張こわばらせて見張りの魔道弓手にたずねた。


「ま、まだこおってましたか?」

「大丈夫。この寒さならそうそう溶けたりはしない」


 こおってた?

 一体みんなどんなわなを仕掛けたのかな。


「ミランダ。詳しくは分からないけど、僕に何か手伝えることは?」

「今のところないわ。とにかく私の側を離れないように」


 そう言うとミランダは僕の体を引き寄せてその肩に乗せ、黒鎖杖バーゲストを手に森の中を移動し始める。

 皆、つかず離れずの距離で、冷たい空気の中を足早に進んでいった。

 どうやらアニヒレートとは数百メートルの距離を取っていたようで、そこから1~2分ほど移動したところで皆、立ち止まる。

 そこで僕は前方に見えてきたアニヒレートの姿に、思わず息を飲んだ。


 視線の先では木々が無残になぎ倒され、その中心にまるで大岩のような姿のアニヒレートが鎮座ちんざしていた。

 ん?

 アニヒレートってこんなに大きかったっけ?

 僕が小さな妖精の姿になっているからなのか、巨大なくまの魔獣は昨日王都で見たときよりもさらに大きくなっているように感じられた。

 そんな僕の動揺を察してミランダが言う。


忌々いまいましいことに成長しているのよ。このくまは。王都にいた時の1.5倍は大きくなってるわ」


 せ、成長?

 これ以上まだ大きくなるのか?


「ここで仕留めないと、まずいことになりそうねぇ。そのうちホントに山と同じくらいの大きさになっちゃうかも」


 エマさんがその言葉とは裏腹に危機感のなさそうな声でそう言った。

 エマさんの言う通り、アニヒレートが巨大化するほどに手がつけられなくなるだろう。

 ここで倒しておかないと、ダンゲルンの街は陥落かんらくまぬがれない。

 住民たちが避難しているとはいえ、街が破壊されれば彼らは帰るべき家を失ってしまう。

 王都の悲惨な状況を思い返して僕はあせりで体を震わせた。

 その時、僕らの背後にいた神官の人が声を上げる。


「動き出すぞ!」


 地面が小刻みに震え、間近な木々の枝葉がザワザワと音を立てた。

 そして前方に固まったまま座り込んでいたアニヒレートの巨体がモゾモゾと動き出した。


「作戦開始よ! 黒炎弾ヘル・バレット!」


 そう叫んだミランダが勢いよく指先から黒炎弾ヘル・バレットを放つ。

 それはアニヒレートの足元をねらったもので、地面を焼きがした。

 途端とたんに地面から次々と連続的に爆発が巻き起こる。


「こ、これは……」

「見てなさい。アル。寝起きのくまが氷の落としあなに落ちるマヌケな様子を」


 得意げにそう言うミランダの視線の先では、動き出したアニヒレートの体が大きくしずみ込んだ。

 何だ?

 見るとアニヒレートの周囲に爆発によって出来たあなが開き、そこに脚を踏み入れたアニヒレートがバランスをくずしてあなの中に倒れ込んでいた。

 これがミランダの言う落としあなか。


「グォォォォォォッ!」


 怒りの咆哮ほうこうを上げるアニヒレートだけど、あなの中でその体が急速に白く凍結していく。

 

「アリアナ! 追撃!」

「了解!」


 ミランダの合図でアリアナが大きく飛び上がり、周囲の木々を伝ってさらに空中高く跳躍ちょうやくする。

 そして彼女は空中から落としあなの中に向けて得意の魔法を放った。


氷槍刃アイス・グラディウス!」


 アリアナの両手から放出された氷の刃が雨のように降り注ぐ。

 そしてそれは落としあなの中のアニヒレートの体に白い氷となって次々と貼りついていった。

 アニヒレートのライフはほとんど減っていないけれど、その体がどんどん白く凍っていくのが分かる。

 休眠状態から起きたばかりというせいもあって、アニヒレートの動きはまだにぶかった。


「ミランダ。このままアニヒレートを氷漬けにするの?」

「そう簡単にはいかないかもね。あのくま、体温が高いから、少しすると溶けてきちゃうのよ」


 確かにミランダの言う通り、アニヒレートの体に貼りついた氷はすぐに溶け出して、白い蒸気が立ち上る。


「でもねアル。どんなに常識外れに巨大だろうと、体温があるってことはアイツも生き物のはしくれなのよ。それなら対処のしようはあるわ!」


 そう言うとミランダは僕を肩に乗せたまま、魔力で一気に上昇して森の木々を飛び越えた。

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