第11話 聖光噴火

「地の底の神よ。我が求めにこたえたまえ」


 そうとなえたジェネットの全身から、光りかがやきりが放出された。

 それはまたたく間に周囲を白くめ尽くしていく。

 これは僕も初めて見る現象だ。

 彼女が新たに上位スキルに実装した新スキルによるものだろう。


 光りかがやきりは通路の奥まで浸透しんとうしていき、視界が白くめ尽くされる。

 僕は事前の打ち合わせ通り、ジェネットの肩にしがみついた。


「何をたくらんでいる? あまり無用な動きをされるのは、もてなす側としては心持ちが悪いのだがな」


 穏やかなカイルの声だけど、そこにはわずかな緊迫感がにじんでいた。

 おそらくジェネットのことを下調べしていた彼にとってもこれは予期せぬ事態なんだろう。

 カイルがそう言った途端とたん、体にかかる圧力が急激に強まった。

 先ほどまでとは段違いの圧力に、僕は思わず苦痛の声をらす。


「うぐぅぅぅ」


 まるで全方位から見えない壁に押しつぶされるかのような状態で、呼吸も苦しくなる。


「アル様。今です」


 同じく苦痛をこらえながら、押し殺すような声でジェネットは言った。

 僕は必死の思いで金環杖サキエルを頭上に振り上げる。

 この金環杖サキエルには全部で3つの魔法が備わっていた。

 僕はそのうちの天の恵みディバイン・グレイスに次ぐ第2の魔法をとなえる。


聖光透析ホーリー・ダイアリシス


 金環杖サキエルから降り注ぐ金色の粒子はジェネットの体に付着して溶け込み、彼女の全身がうっすらと金色にかがやき始める。

 同時にカイルが声を上げる。


魔術束縛マジカル・バインド


 ジェネットの動きを警戒したカイルの声が響くと、ジェネットの頭上から魔力で作られた灰色のあみおおいかぶさってくる。

 やばい!

 だけどあみは金色にかがやくジェネットの体に触れると、まるで熱湯に触れた氷のようにあっという間に溶けて消えてしまった。


「なにっ?」

「ご自慢の魔術も今の私には効果がないようですね」


 すごいぞ。

 魔法で強化したジェネットの体は今や、法力が高まって熱を発しているようにさえ見える。


 聖光透析ホーリー・ダイアリシス

 それは天国の丘ヘヴンズ・ヒルで天使長イザベラさんが使った能力強化の魔法だ。

 これを使うと全ステータスが一時的に強化される。

 ただ、この金環杖サキエルを用いた聖光透析ホーリー・ダイアリシスは、イザベラさんが使う本家本元のそれとは異なり、効果が持続する時間が大幅に短縮されている。


 ジェネットには事前に伝えておいたけれど、この金環杖サキエル聖光透析ホーリー・ダイアリシスで能力強化できるのは120秒間のみだ。

 そう。

 天使長イザベラさんは聖光透析ホーリー・ダイアリシスの効果を長時間保つために、自らの体内にあらかじめ魔力回路をカスタマイズしていたんだ。

 当然、ジェネットはそんなことはしていないから、魔法の有効時間は短くなる。


 だけどジェネットは120秒あれば十分だと言った。

 彼女は徴悪杖アストレアを眼前に構え、再び祝詞のりととなえる。


「清らかなる光のきりよ。我が身を包む母の袋となりたまえ」


 彼女の言葉に応じて周囲をただよっていたきりが急速に床の下へと吸い込まれるように消えていく。

 そして再び視界がクリアになり始めると、ジェネットの周囲は光の球体でおおわれていることが分かった。

 その球体の中にいる僕は体がフッと軽くなるのを感じた。

 カイルの魔術結界の圧力から解放されたんだ。


 これはジェネットの作ってくれた防御まくのおかげだ。

 それがジェネット本人のみならず、僕や海賊かいぞくハムスターたちをも守ってくれているんだ。


「そのようなもので身を守ってどうするというのだ? 口惜しいがワシは元より聖女殿をほうむれるほどの攻撃魔法は持っておらぬというのに」


 あざ笑うようにそう言うカイルだけど、ジェネットはこれをまったく意に介さず、言葉を返した。


「このまくは私と仲間を守るためのものです……私自身の魔法から」


 そう言うとジェネットはもう一度、祝詞のりととなえた。


「地の底に集まりし光の脈動を今こそ解き放ちたまえ。聖光噴火ライトニング・エラプション


 彼女がそう声を発した次の瞬間、真下からドンッと激しく突き上げるような振動があった。

 続いて小刻みな振動が生じ、それはすぐに大きな揺れへと変わっていく。

 じ、地震か?

 あわてる僕の前方では同じようにあわてているカイルが椅子いすに座っていられずに転げ落ちた。

 ひどく揺れる中でカイルは苛立いらだちながら声を上げる。


「血迷ったか聖女殿。この船には爆薬を仕掛けてあると言ったはずだぞ。ハッタリなどではない。衝撃を与えれば……」

「被害をこうむるのはあなただけです。残念ですが、ここでお別れですね。魔術師カイル」


 ジェネットが冷然とそう告げると、床に亀裂が生じ、下から猛烈な光の波が突き上げてきたんだ。

 それはまるで火口から溶岩が噴き上げるかのようだった。

 床を破壊した光の奔流ほんりゅうが、浸水してくる海水をともなってカイルを飲み込んでいく。


「ば、馬鹿な……」


 そう言ったきり、カイルは光の中に飲み込まれて消え去った。

 一瞬でそのライフが尽きてゲームオーバーになったんだ。

 同時に船体が猛烈な勢いで上昇していくのを感じる。

 光の噴火に押し上げられて海上へと浮上しているんだ。


 だけど衝撃が加わったため、船のあちこちで爆発が起きた。

 爆薬を仕掛けているというカイルの話は本当だったんだ。

 光と海水、そして爆発に操舵そうだ室が破壊されていく。

 激しい衝撃と轟音に耐え切れず、僕は思わず目を閉じた。

 海水が降りかかってきてもジェネットの体を包み込む光のまくのおかげで、僕らはおぼれることもなかった。


 そしてまくの外側を流れる光のうずがますます明るさを増していき、閉じたまぶた越しにも光が大爆発を起こしたことが分かった。

 僕は軽く気を失っていたようで、ジェネットの声がそんな僕の意識を引き戻してくれたんだ。


「……ル様……アル様」

「……うぅ」

「アル様。もう大丈夫ですよ」

「ジェ……ジェネット」


 気が付くと僕は海賊ハムスター達を入れたバスケットを抱えたまま、ジェネットに抱きかかえられていた。

 光にくらんだ目をしばたかせながら、僕は周囲をうかがう。

 顔に吹きつけるのは強い海風で、潮の香りが鼻をついた。

 僕らは潜水艇から無事に脱出し、海上に浮遊していたんだ。

 すっかり夕暮れ時となって、西にかたむいた太陽が水平線に近付いていた。


「た、助かったんだね」

「ええ。潜水艇はバラバラになってしまいましたが」


 眼下を見下ろすと、見事に破壊された潜水艇の残骸ざんがいが波間にただよっている。

 僕はジェネットの手から離れると宙に浮かび、手に持っていたバスケットの中身を確認する。

 ブレイディの薬液によってハムスターの姿となった海賊かいぞくの少女とその弟たちや仲間は、全員無事だった。

 皆、ハムスター姿という慣れない状態におびえてはいるものの、海賊かいぞくの女の子がうまく事情を伝えてくれたようで、おとなしくしていた。

 彼らの薬の効果が切れる前に船に戻らないとならないな。


「もう少しそのまま我慢していて下さい」


 僕はハムスターたちにそう言うと、そっとバスケットのふたを閉じた。

 とにかくこうして皆、無事で脱出できたのもジェネットのおかげだった。

 僕は彼女の勝利を思い返しながら歓喜の声を上げた。

 

「ジェネット。カイルに勝ったね」

「ええ。今頃カイルは運営本部にプログラムの状態で取り押さえられていることでしょう」


 僕は先ほどのジェネットの大技を思い返しながら感嘆の声をらした。


聖光噴火ライトニング・エラプション。すごい技だったね」

「実戦で使うのは初めてなので、まだ粗削あらけずりでしたが、うまく機能してくれたと思います」


 そう言うジェネットはどこか疲れた顔をしている。

 僕がかけた聖光透析ホーリー・ダイアリシスの効果も時間切れとなったようで、彼女の体からすでに金色の光は消え去っていた。

 

「大丈夫? もしかしてさっきの新スキルはかなり負担が大きいんじゃ……」

「実はあの技、法力消費量がとてつもなくて、私の法力量だと満タンでも2回が限度なんです」


 ランクAのNPCであるジェネットの法力量はものすごく多い。

 そのジェネットでも2回が限度ってことは、相当な消費量なんだろう。


「ただし、さっきのは聖光透析ホーリー・ダイアリシスで強化された状態で、最大出力を越える威力で放ったので、どうも法力の使い過ぎでオーバーヒートを起こしてしまったようで、実はもう法力がほとんど残っていないんですよ」

「えええっ?」

「情けないことに、こうして浮かんでいるのも精一杯なんです」


 そ、そうだったのか。

 僕は辛そうなジェネットの姿を見て責任を感じてしまった。

 聖光透析ホーリー・ダイアリシスはかなり体にかかる負担が大きいみたいだ。

 体内の魔力回路を整備していたイザベラさんだからこそ出来たことであって、誰でも出来るわけじゃないんだ。

 この魔法はおいそれと使うべきじゃないかもしれない。


「とにかく僕らが乗ってきた船に戻って休もう。ジェネット」

「はい。今しがた我が主にはまずは無事の一報を連絡をしておきました。カイルの結界だった潜水艇内から出たので、連絡も取れるようになっておりましたよ。後ほど落ち着いたらカイルの一件は報告しようかと」

「そうだね」


 それから僕らは周囲を見回した。

 僕らが乗ってきたガレー船は……えっ?

 そこで僕は波間にただよう木片を目撃して声を失った。

 大海原に無数の木片が浮かんでいる。

 そのどれもこれもが無残に打ち砕かれた船の破片だった。

 その中にはガレー船の特徴であるオールがいくつも混じっている。


「ガ、ガレー船が……」


 粉々に打ち砕かれていたのは、間違いなく僕らが乗ってきたガレー船の残骸ざんがいだった。

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