第4話 川は流れて海へと注ぐ
ふと目を開けると水の
目の前に広がっているのは幅の広い大きな川だ。
小舟が行き交うそこは物資を運ぶための運河だった。
王都の司令室で金のVRゴーグルを身に着けた僕は今、どこかの運河の上に浮かぶ船に上にいた。
「アル様。お目覚めですか?」
ふと頭上から聞き慣れた優しい声が聞こえてくる。
ジェネットだ。
どうやら僕は無事に彼女の率いるチーム
だけど……変だぞ?
体を動かそうとして思うように動けない。
「ジェ、ジェネット? あれ? どうなってるの?」
「聞こえていますよ。アル様」
う、動けないぞ。
そこで初めて僕は自分の置かれた状況を理解した。
僕はジェネットの胸に抱っこされた状態で前を向いていたんだ。
その両腕にしっかりと抱きしめられているため、ふくよかな彼女の胸が思い切り後頭部に当たっている。
いきなりのボーナス・ステージ!
え?
い、いや違うぞ。
神に使える聖女様に対して何てバチ当たりな行為をしているのかって?
ぼ、僕のせいじゃないぞ!
役得なんて思ってないから!
やましい気持ちは1ミリもないから!
「ジェ、ジェネット。そろそろ降ろしてくれるかな」
「嫌です。せっかくアル様とこうして川下りをしているのですから、もう少しお付き合いして下さいな」
「で、でも……」
僕は頭を何とかずらして上を向いた。
ジェネットを
「あう……」
「上を見ちゃダメです。鼻の
仕方なく周囲を見ると川を進む船はかなりの速度が出ていることは分かる。
川岸の景色がどんどん後ろへと流れていく。
「船で南に向かうの?」
「ええ。アナリンはどうやら南の海上へ向かったようなのです。このルートを
「ミランダ達は気球を使って北へ向かったけど、こっちは船なんだね」
「ええ。この時期は南風が強く吹くので、気球で南に向かうには向かないのです。この船はガレー戦ですから風の影響を受けることなく海まで最短時間で向かえます」
そう言うジェネットが僕を抱きしめたまま
そこから見える船の側面には無数の
すごい推進力だ。
「でもこれ
僕がそう言うとジェネットはフフッと笑みを
「あれは人が
魔力で動く船かぁ。
そこはさっきの気球と同じなんだね。
「アナリンの向かう先は分かったの?」
「まだ南の海上としか分かりません。王の
そう言うとジェネットは僕の体の向きを自分の方にクルリと直して僕をじっと見つめた。
僕が小さいせいで間近に見るジェネットの顔は大きかったけれど、その清らかな美しさは変わらない。
「今、我が主はこのゲームのログアウト機能に制限をかけています。アナリンはNPCですがプレイヤーの協力者がいないとも限りませんから。全プレイヤーのログアウト時にプログラムやキャラクターの持ち出しがないか厳しくチェックしています。決してこのゲームから逃しはしませんよ」
ジェネットの言葉には絶対に相手を逃がさないという執念が
彼女の決意を見て取った僕が
「おいジェネット。何だそいつは?」
僕が首を
「ヴィクトリア。ノア」
ジェネットが手を放してくれたから、僕は宙に浮かび上がってヴィクトリアとノアの2人に向かい合った。
僕の言葉にヴィクトリアは
「おまえ……アルフレッドか!」
「う、うん。さっきはどうも」
さっき城下町の野営テントで僕の姿を見たヴィクトリアは、なかなかこのアルフリーダの姿が僕だと信じられなかったみたいだった。
今もどこか腑に落ちないような表情をして僕を見つめている。
そんな彼女の
「何だアルフレッド。そなた女になっただけではなく、今度はこんな
そう言うとノアはいきなり僕の
「うわっ……」
「こんなに小さくては食いでがないのう」
そんなことでガッカリするな!
まだ僕を食べる気でいるのか。
まったくもう。
「それよりヴィクトリア。もう包帯は必要ないの?」
ついさっきまで痛々しいほどの包帯を巻いていたヴィクトリアだけど、今はもうそれもなく
彼女のたくましい肩や腕などには無数の傷が刻まれている。
まだ真新しい傷もあるけど、ヴィクトリアは平気な顔で胸を張った。
「アタシの回復力をナメんなよ? こんな傷、半日で治るぜ」
「ヴィクトリア……」
そんなわけはないんだ。
いくらヴィクトリアでもあれほどの傷がそんなに簡単に治るはずがない。
確かに治療によってライフは満タンに回復しているものの、おそらくその体は傷ついている。
そういう状態だと、次の戦闘時にライフが減るのが早くなるし、回復魔法やアイテムによる回復も鈍くなる。
絶対に彼女は無理をしている。
でも……傷の痛みよりアナリンにやられた悔しさのほうがよほど勝っているんだろう。
落ち着いて見えるけれどヴィクトリアの目には、燃えたぎる闘志が宿っているように見える。
アナリンを見つけなきゃいけないけど、そうなったらヴィクトリアは再び
僕は複雑な気持ちになった。
再戦するならせめてヴィクトリアの体が完全に治ってからにしてほしい。
けど、そんなこと言えないよね。
一度は敗れた悔しさはヴィクトリアにしか分からない。
ましてや彼女は戦士だ。
戦うことに誇りを持っている。
僕とは違うんだよね。
そんなことを思う僕の内心をこの表情から読み取ったのか、ノアが肩をすくめながら言う。
「案ずるなアルフレッド。このイノシシ女はノアに連戦連敗してもヘコたれなかった。図太さだけは一人前なのだ。サムライ女に一度や二度負けたくらいで今さら落ち込むものか」
「うるせえぞノアッ! もうアタシはおまえには負けねえし、サムライ女にだって二度目は勝つ!」
そう言うと
「おやめなさい2人とも。体力の
「チッ。めんどくせえな。アルフレッドでいいじゃねえか」
「そのアルフリーダとかいう名前。ノアは発音しにくいのだ」
そんな3人のやり取りを間近で見守る僕のメイン・システムに再び神様からの連絡が入った。
【アルフリーダ。金のアバター妖精はどうだ】
【あ、神様。はい。問題なさそうです。でもこっちはどうやって戦うんですか?】
金の
でもこんな小さな体では剣を振るって戦うことは出来ないんじゃないか?
そんな僕の疑問は神様の言葉であっさり霧散する。
【忘れたのか? その金の
あ……そうだった。
この金の
これは元は
【装備してみるがいい。今のおまえは妖精だ。きっと使えるはずだぞ】
神様の言葉通り、金の
たしかにイザベラさんが使っていた
これって確か……。
「ヴィクトリア。少しじっとしていてくれる?」
ヴィクトリアにそう声をかけると、僕は
するとコマンド・ウインドウにいくつかの選択肢が現れた。
僕はそのうちの一つを選択し、
「
僕がそう唱えると
その粒子に包まれたヴィクトリアの体から、真新しい傷がスッと消えていった。
彼女のライフは今は満タンなので変わりはしないけれど、明らかにその顔色が良くなっていく。
「な、何だか気持ちがいいぞ。アルフレ……いやアルフリーダ。おまえそんな能力も身に着けたのかよ」
ヴィクトリアは目をしばたかせて自分の体をマジマジと見つめている。
どうやらこの
これは心強いぞ。
「いや、僕の能力じゃなくて、この
そんな僕の様子を王都から見ているであろう神様からメッセージが届いた。
【
【はい。皆の助けになれるなら大歓迎です】
【よし。アルフリーダ。これでとりあえず試運転は終わりだ。今のところチーム
【分かりました。よろしくお願いします】
僕は
「アル様。このまま同行していただけるのですか?」
「うん。ミランダたちチーム
僕がそう言うとジェネットは嬉しそうに微笑んでくれた。
それから1時間ほどは気持ちのいい船旅で川を下って海に向かっていた。
海まではあと少しで、遠くに広がる水平線が見えてきた。
そしてその手前には栄えている港町がある。
その様子を見たジェネットが
「アル様。シェラングーンですよ。
港町シェラングーン。
以前、おかしくなってしまったミランダを探して僕とジェネットは2人でそこを訪れたことがある。
まだアリアナやヴィクトリア、ノアと出会う前の話だ。
確かに
だけどそんな
【シェラングーンの沖合に船籍不明の船舶が出現。東将姫アナリンが向かったのと同じ方角だ。総員、その船に向かえ。敵の襲撃に備えろ。油断するなよ】
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