第3話 ティー・ブレイク
「戻ってきたなアルフリーダ」
その声にハッとして目を開けると、僕は再び王城の
さっきまでアバター妖精として気球の上でミランダ達と過ごしていた僕は、一瞬にして王都に戻って来たんだ。
アバター妖精に意識を移すために使ったVRゴーグルを自分の顔から取り外した僕は、
「うわっ……」
そんな僕を小さな体で後ろから支えてくれたのは獣人少女のアビーだ。
「アルフリーダ様~。大丈夫ですか~」
「う、うん。ありがとう」
「体の大きさが変わるからな。慣れぬうちは仕方あるまい」
そう言うのはソファーでお茶を飲みながらくつろいでいる神様だった。
相変わらずこの人はマイペースだな。
「ご苦労だったな。とりあえずあのような感じで妖精を操るのは金の方も同じだ」
「そうですか。すぐに金の方に……」
「まあ待て。慣れぬことを連続ですると体への負担がかかる。とりあえず茶でも飲んで少し休め」
「は、はぁ……」
何だか神様はノンビリしてるな。
今は作戦行動中だってのに、こんな調子で大丈夫なのか。
そんな僕の気持ちを見透かしたのか、神様は自身が座っているそれとは向かい側のソファーを指で指し示し、僕にも座る様に
僕がそこに腰をかけると、アビーが僕の分のお茶も
「ありがとうアビー」
「いえいえ。どういたしましてなのです~。アルフリーダ様はおそらくEライフルの連射で頭が疲れているのです~。そういう時には甘い紅茶が疲れた脳を
そうか。
Eライフルは感情を込めて放つ銃だけど、あまり連射すると脳に重い疲労がのしかかってくるんだ。
アバター妖精状態になってもそれは変わらないんだな。
そう思いながら僕が紅茶をゆっくりと飲んでいると、神様がふいに話を切り出した。
「【転性の仮面】は急ぎ修理中だ。まあ、あまり
「はい。お願いしますね。ずっとこのままの姿なのはちょっと……」
「分かっているさ。さて、状況を整理しよう。まず、アニヒレートの位置はだいたい捕捉できた。場所はミランダ達に転送しておく。一方、王をさらったアナリンは南へ向かっているようだ。
あの
確かアナリンは
大きくて立派な、迫力のある
それからの神様の話によると、アナリンにはやはり仲間がいるらしく、王様の
「主要な街道や河川はすべて検問を展開しているが、どこにも引っ掛からない。飛行部隊の大規模なパトロールの
「アナリンの仲間はどのくらいいるんですか?」
「まだ数は分かっていない。だが大勢いれば目立つはずだ。おそらく奴ら全員がこのゲームの正規なIDを持っていないはずだからな。パトロールの
「アナリン側からこっちの運営本部へ何か要求はないんですか?
僕の問いに神様は首を横に振った。
「そうした犯行声明的なものは何もない」
「そうですか……一体何が目的なんだろう」
落胆する僕に神様はティーカップを揺らして紅茶の
「奴らが王を
「えっ? どういうことですか?」
「王を
そう言うと神様はニヤリと笑みを見せる。
「この話は我が党員の中でもごく一部の者しか知らんから他言無用だ。実はな、王とその娘である王女のメイン・システムにはある隠しプログラムが付与されているんだ」
「隠しプログラム?」
「ああ。これは私がまだこのゲームの制作に関わっていた頃の話だ」
神様は今でこそこのゲームの顧問役だけど、以前は制作現場でNPCたちのキャラ設定に
ジェネットを生み出したのも神様だ。
「おまえは前回、初めて他のゲームである
「優れている点……キャラが濃いというところですかね」
このゲームでは僕の周りだけでもミランダやジェネットなどかなりクセのあるキャラクターが多い。
それに対して
天使長のイザベラさんだけはとても濃いキャラクターだったけどね。
でもまあ僕にとって付き合いの長いミランダ達と初対面の天使たちでは単純に比較出来ないけれど。
「正解だ。キャラの濃さ。それはより人間っぽいということだ。私は画一的なNPC像ではなく、出来る限り個々の人間性を重視したNPC作りをしてきたからな」
神様はそう言うと
「NPCの感情表現の多彩さ。それがこのゲームが他のゲームに誇れる点だ。むしろそれ以外の点は他のゲームに比べれば
神様のことだから、作った私が優れているからだとか言いそうだな。
このゲームにおけるNPCの感情表現システムを作ったのは当時の製作陣の中心メンバーだった神様だ。
「神様が優秀だったからですよね」
「バカ者。私はおまえをそんなお
いや、そんな「けしからん!」みたいなセリフの割には顔がニヤニヤしていますからね神様。
この人、賞賛されるの本当に好きだよなあぁ。
実際とてもすごい人だから、僕は尊敬しているけど。
だけど神様はすぐに真顔に戻って言った。
「気が遠くなるほどの時間と労力をかけて感情テストを綿密に行ってきたからだ。人の感情というものは無数に枝分かれした選択の連続でな。それを機械的に表現しようと思うと、相当数のパターン・テストが必要になるのだよ」
そう言うと神様は
それから
「たとえばある1人のNPCが朝食に自分の好物を食べるテストを行うとする。これをパターン化するとNPCは毎朝それを食べても毎朝同じように喜ぶのだ。だが実際のところ人には
なるほど。
確かに僕にも物事に
それは神様がそうしたテストを幾度もくり返してくれたおかげで身につけることの出来た感情だったんだ。
神様は
「ここまでNPCの感情プログラムに手をかけたゲームは他にあるまい。その過程で残されたテスト記録はこのゲームにとって大きな財産でな。それを我々は『e-book』と名付けて、運営本部の中でもほんの一握りの人間しか扱えないように管理している。我々が
「え? アナリンが? ということはその『e-book』というシステムは王様が持っているってことですか?」
「
そう言うと神様は持っていたティーカップをテーブルに置き、ソファーから僕の方に身を乗り出した。
「王と王女。その2人がそれぞれ
「そ、そうだったんですか」
王様も王女様も無自覚にそんな重荷を背負わされていたってことか。
「普通に考えたらそれを
もうすでにこの世には無いと神様は先ほど言っていた。
僕の言葉に神様は少し難しい顔をして再びソファーに深く腰を沈めた。
「ああ。妙な話だ。アナリンの身元を洗ってみたら、彼女が所属していたゲームはもう3年も前にサービスを停止していた。そしてそのゲームの運営会社自体も解散して今は存在しない」
サービスが停止されるってことは、そのゲーム世界が終わるってことだ。
ゲームが
それが道理だ。
辛いことだけどNPCとしての人生に幕を閉じることになるんだ。
それなのにアナリンはその後もキャラクターとして存在しているという。
「もしかして別のゲームに転籍してるんじゃ……」
「無論それも調べた。だが、市場で稼働中のどのゲームにも彼女は籍を置いていなかった。所属不明のハグレNPC。まるで
聞いたこともない話に僕は思わず
「自分の世界を失ってもNPCは生き続けられるものなのか……」
「アナリンの仲間たちについてはまだ情報が得られていない。もしかしたら彼女と同じく所属不明なのか、あるいはどこかのゲームからの密入国者なのか。いずれにせよ情報が不足している。全てが明るみに出るにはもう少し時間が必要だな」
そう言うと神様は立ち上がった。
「さてアルフリーダ。そろそろティー・ブレイクも切り上げて、次のミッションに入ろう。ジェネット達がお待ちかねだ。アビー。金のVRゴーグルを」
「かしこまりました~」
神様の後ろで控えていたアビーが僕に金色のVRゴーグルを手渡してくれた。
ジェネット率いるチーム
「ジェネット達は南に向かうんですよね」
「ああ。すでに出発している。先ほどのように金色のアバター妖精の具合を確かめてこい」
そう言う神様に従い、僕は金色のVRゴーグルを身に着けて、二度目となるログイン操作を行った。
すぐに僕の意識は空間を越えてジェネット達の元へと飛んで行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます