第10話 集結! 懺悔主党《ザンゲスト》

「もう一度言おう。東将姫アナリン。王を誘拐ゆうかいした嫌疑で貴殿を連行する」


 神様がそう言うと数百人いる懺悔主党ザンゲストのメンバーたちが一斉に武器を構えたり魔法攻撃の態勢に入った。

 そして、回復魔法の出来る人や回復アイテムを多数たずさえた薬士の人たちが倒れているヴィクトリアやアリアナの元に駆けつけ、彼女たちの容体を見てくれている。

 特に重傷のヴィクトリアは、優れた回復魔法の使い手であるエマさんというシスターがてくれていた。


 それにしても王を誘拐ゆうかいって……。

 アニヒレートの襲撃で王城があの有り様だから、王様が生きているってことは不幸中の幸いだけど、アナリンが王様を誘拐ゆうかいしたという話に僕は驚愕きょうがくした。

 それが本当ならば、彼女が王女様を探していたのは王女様をも誘拐ゆうかいするつもりだったんだろう。

 ということは王女様は今も行方ゆくえが分かっていないってことか。


それがしの名を知っているか。どうやらこちらの陣営も無能ばかりではないようだな」


 そう言うとアナリンは刀のさやに手をかけることなく、抜き身の脇差わきざしを握り締めたまま周囲を警戒して動かない。

 今のうちだ。

 僕はすぐそばに倒れているマヤちゃんの元へい寄って、彼女を抱き起こした。

 彼女はさっきアナリンに突き飛ばされたものの、幸いにしてケガはないようだ。


「マヤちゃん。大丈夫?」

「うん。お母さんも」


 そう言うと彼女は胸に大切に抱えたネズミ姿のお母さんを僕に見せる。

 僕は自分の胸ポケットの中のネズミを恐る恐る確認した。

 瓦礫がれきの中に倒れていた見知らぬ女の子は、変わらずにネズミ姿のまま眠り続けている。

 僕はホッと安堵あんどした。

 アナリンの鬼嵐刃きらんじんに襲われたり、脇差わきざしを突きつけられたりしたけど、胸ポケットの彼女はとりあえず無事だった。

 倒れて押しつぶしちゃったりしなくてよかった。

 

 そんな僕らのすぐそばに複数羽の小鳥が舞い降りて来て、それが人の姿に変わる。

 屈強な戦士たちが4人、僕らを守る様に立ちはだかった。

 懺悔主党ザンゲストの人たちだ。

 彼らは全員、武器を手にアナリンをにらみつけている。

 

 するとアナリンは僕をチラリと一瞥いちべつし、脇差わきざしさやの中に収めた。

 そして頭上を仰ぐと声を上げる。


「来い! 雷轟らいごう!」


 アナリンがそう叫ぶと、晴れ渡る空からいきなりひとすじの稲妻いなづまが地上に降り注いだ。


「うわっ!」


 その光のすさまじさに僕は思わず目をつぶって顔を背けると、すぐに馬のいななきが聞こえてきた。

 光が収まった広場に目を向けると、アナリンのすぐ目の前に綺麗きれいな青い体を持つ1頭の天馬ペガサスが立っていた。

 アナリンは素早くその天馬ペガサスまたがる。

 途端とたん懺悔主党ザンゲストの人たちから声が上がる。


「逃げる気だ!」

「行かせるな!」


 そして次々と矢や魔法などの飛び道具がアナリンに向けて放たれる。

 だけどアナリンは構わずに手綱たづなを握ると天馬ペガサスを飛び立たせた。


「飛べ! 雷轟らいごう!」


 雷轟らいごうと呼ばれた天馬ペガサスが翼を広げると、青いその翼が途端とたんに黄色いかがやきを放つ。

 次の瞬間、アナリンを乗せた雷轟らいごうは襲い来る矢や魔法攻撃をものともせず弾き飛ばしながら、雷のように一瞬で舞い上がった。

 またたく間に雷轟らいごうは数十メートル上空まで到達し、そこから一気に飛び去って行く。

 その速度は驚くほどで、飛行可能なメンバーが追撃しようとしたが、アナリンはあっという間に彼方かなたへと見えなくなってしまった。


 途端とたんに僕は足の力が抜け、その場に座り込んでしまった。

 情けないけれど、どうやら自分で思っていた以上に気が張り詰めていたようだ。

 それほど僕はあのサムライ少女・アナリンから感じる殺気に脅威きょういを覚えていたんだ。

 そんな僕を心配してマヤちゃんが寄り添うように声をかけてくれた。


「アルフレッドおにいちゃん。大丈夫?」

「うん。ちょっと怖かったね。マヤちゃんも怖かったよね」


 僕の言葉にマヤちゃんもようやく強張こわばっていた表情を少しずつゆるめて笑った。

 それにしても……多勢に無勢と判断したのか、アナリンはあっさりと引き下がった。

 彼女ほどの実力があればこの人たちを蹴散らし僕を人質にするなりして、この場を強行突破することも難しくないはずなのに。

 そこで僕は先ほどのアナリンの刀・黒狼牙こくろうがの変容を思い返した。


 そう言えば矢を射かけられた時も、彼女はあの刀を抜こうとはしなかった。

 黒狼牙こくろうがはそのかがやきを失い、刀身はくすんだ灰色に変化していた。

 もしかして刀があの状態になってしまうと使えないということだろうか。

 

 それにしても神様は彼女が東将姫アナリンだと知っていた。

 彼女についての情報を色々とつかんでいるんだろう。

 そう思って神様の方を振り返ると、僕の目の前に白衣姿の少女が立っていた。


「やあ。アルフレッド君。大丈夫かい?」


 そう言って僕の肩をポンと軽く叩いたのは、懺悔主党ザンゲストのメンバーで僕の友達である科学者の少女・ブレイディだった。


「ブレイディ。うん。僕は何ともないけれど、ヴィクトリアとアリアナが……」

「何ともないことはないだろう。君だってあちこち出血してるじゃないか。ちゃんと治療を受けたまえ」


 そう言うとブレイディは応急治療セットを取り出し、手際よく僕の治療をしてくれる。


「あの2人なら大丈夫。アリアナは重傷ってほどじゃないし、ヴィクトリアは信じられないくらい生命力が強い。あのノッポの女戦士君は傷が深くて出血もひどいけれど、気絶していたことが不幸中の幸いだったね。覚えてるかい? 彼女の自然回復特性を」


 そ、そうだった。

 ヴィクトリアは身体能力の特性として、休息や睡眠を取ることでライフが少しずつ自然回復するんだった。


「じゃあヴィクトリアは助かるの?」

「ああ。ジェネットを除けばうちで一番の回復魔法の使い手であるエマさんが処置してくれているからね。最悪の事態はまぬがれたよ」


 彼女の言葉に僕はようやく心をさいなむ不安感から解放されて息を吐いた。

 コンティニューの許されていない今の状況で、ヴィクトリアがゲームオーバーを迎えてしまうところだったから。


「はい。とりあえず応急処置は終わったよ」

「ありがとうブレイディ。もう一つ頼みたいんだけど、この人たちを保護してもらえないかな」


 そう言うと僕はマヤちゃんの肩に手を置き、それから胸ポケットからネズミ姿の女の子を取り出してブレイディに見せる。

 ブレイディはそのネズミを見てすぐにピンと来たようで、ニヤリと笑みを浮かべた。


「おっ。ワタシの薬を活用してくれてるんだね。了解した。こちらで全員保護しよう」

「マヤちゃん。このお姉さんについていってね。お母さんのこともすぐ治療してくれるから大丈夫だよ」


 僕の言葉にマヤちゃんは少し不安そうにしていたけれど、ブレイディが彼女を安心させるように肩を抱いてあげた。

 快く引き受けてくれたブレイディにマヤちゃんのことと彼女のお母さんの容体を説明し、僕はすぐにアリアナとヴィクトリアの元に向かう。

 2人とも僕を助けるために駆けつけてくれたんだ。


 アリアナは座り込んで、懺悔主党ザンゲストの薬士さんに包帯を巻いてもらっているところだった。

 一方のヴィクトリアは意識を失ったまま、運び込まれた担架たんかに乗せられようとしている。

 そんなヴィクトリアに付き添うのは僕の知人であるシスター・エマさんだった。


「あらオニーサン。元気そうね。ヴィクトリアならもう大丈夫。危険なとうげは越したわ。二次治療は必要になるけれど、目覚めればまた元気に暴れ回るんじゃないかしら」


 そう言うエマさんは相変わらず戦場に似つかわしくないほどの、薄くて露出の多いローブを身につけている。

 あ、相変わらず目のやり場に困る服装を……。

 踊り子みたいな恰好かっこうしているけれど、この人これでも神につかえるシスターだからね?

 周囲にいる懺悔主党ザンゲストの屈強な戦士たちも、彼女の姿を見ないよう目をらしている。

 気持ち分かるよ。

 こりゃ目に毒だよね。


「エ、エマさん。ありがとう。アリアナの方は……」

「私なら大丈夫だよ。アル君」


 そう言うとアリアナは気丈に立ち上がった。

 アナリンの刀の切っ先を受けた左手はひどいケガをしていたはずだ。

 彼女のその左手には痛々しく包帯が巻かれている。

 そんなアリアナの頭をエマさんが軽くポンッと叩いた。


「無理しないの。左手はしばらく使えないわよ。それに衝撃が左手を貫通して胸まで突き抜けてるから多分、胸骨にヒビが入っているかもね。あなたも二次治療が必要なんだから、おとなしくしていること」


 さすがエマさん。

 おちゃらけているような振る舞いをしてはいても、その治療は的確だ。

 彼女に任せておけば2人は大丈夫だろう。

 

「アリアナ。助けにきてくれてありがとう。今はケガをしっかりと治して。僕は少し神様と話してくるから」

 

 そう言うと僕は懺悔主党ザンゲストの面々にあれこれと指示を出している神様の元へ駆け寄って行った。


「神様! ご無事でしたか」

「アルフレッド。よく来たな。命があって何よりだ」

懺悔主党ザンゲストの皆さんも無事だったんですね」

「隕石の衝突で多少の犠牲は出たが、まだ9割以上の戦力は残っている」

 

 泰然たいぜんとそう言う神様に僕はたずねた。


「色々と聞きたいことはありますけど、まず例のアレは使える状態ですか?」

「ミランダたちの救援に向かうのか」

「はい」


 例のアレ。

 それは僕と神様の間の秘密のワードだった。


 僕が前回、他のゲームである天国の丘ヘヴンズ・ヒルを訪れた時に紆余曲折うよきょくせつを経て金と銀の2刀にバージョン・アップした報復の蛇剣・蛇剣タリオ

 そして天国の丘ヘヴンズ・ヒルにおける天使たちの長である天使長イザベラさんから譲渡じょうとされた防具・天樹の衣トゥルル

 これらの装備品はそのままこのゲームに持ち帰ると、僕には過ぎた物として運営本部から没収される恐れがあるので、神様がある方法で隠してくれていた。

 そして神様の許可を得た時だけ、使えるような仕組みを作り出してくれたんだ。

 ただ……その方法がちょっと恥ずかしいんだけどね。


「仕方あるまい。3分だけ許可しよう」


 そう言うと神様はふところから一枚の仮面を取り出した。

 それは右半分が男の顔、左半分が女の顔という不思議な仮面だった。

 神様が隠している蛇剣タリオ天樹の衣トゥルルを使うためには、この仮面をかぶることを絶対条件とすることを僕は神様と約束したんだ。

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