第9話 救援の環

「ヴィ、ヴィクトリアァァァァァッ!」


 僕の叫び声もむなしく、体を斬り裂かれたヴィクトリアは鮮血にまみれてくずれ落ちた。

 倒れすヴィクトリアはピクリとも動かず、彼女の体から流れ出た血が地面に血だまりを作る。

 ヴィクトリアが……。


 僕は駆け出したい思いをグッとこらえ、すぐそばにいるマヤちゃんの視界を背中でふさいだ。

 この子にヴィクトリアのあんな姿は見せられない。

 そんな僕のすぐ脇を青い影が疾風はやてのように駆け抜けた。

 アリアナだ。


「このぉぉぉぉぉ!」


 彼女は走りながら連続で永久凍土パーマ・フロストを発生させる。

 それらはアナリンの頭上から彼女を押しつぶそうと次々に降りかかった。

 もちろん素早いアナリンは難なくこれを避けてアリアナに迫るけど、アリアナは執拗しつよう永久凍土パーマ・フロストを繰り出していく。


 広場には彼女が作り出した凍土が不安定なバランスで積み重なり、辺りにヒヤリとした冷気がただよい始めた。

 身軽に回避を続けるアナリンの周囲が凍土によって取り囲まれていく。

 

「これで最後!」


 そう言うとアリアナは積み上げた凍土の上に最後の一つとなる凍土を発生させた。

 すると微妙なバランスを保っていた凍土が次々と崩れ落ちてアナリンに襲いかかる。


「無駄なことを。鬼嵐刃きらんじん!」


 そう叫ぶとアナリンは再び剣の舞のような刀さばきを見せて、体の周囲に刃のまくを展開する。

 先ほど見せたのと同じ技だけれど、刃紋が緑色だった時よりもずっと強い刃のあらし

が巻き起こった。

 今にもアナリンを押しつぶそうとしていた質量を誇る巨大な凍土が、まるで角砂糖のように粉々に粉砕されていく。


 それでも構わずにアリアナは永久凍土パーマ・フロストを発生させ続けた。

 アリアナと幾度も戦場を共にした僕には彼女のねらいが分かった。

 いくら永久凍土パーマ・フロストを出そうとも、素早いアナリンを押しつぶすことが出来ないのはもちろんアリアナも承知の上だ。

 そしてその時はすぐにやってきた。


 永久凍土パーマ・フロストを連続発生させ続けたためにアリアナの魔力はゼロとなっていた。

 元来彼女は近接戦闘タイプであり、魔法攻撃を主体とするミランダやジェネットのように魔力量は多くない。

 さっきみたいに魔法を放ち続ければ早い段階で魔力は尽きてしまう。

 だけど、彼女には奥の手があるんだ。

 一回の戦闘で魔力を使い切ってしまった時に一度だけ発動する特殊スキルが。


【解禁】


 その文字がアリアナのコマンド・ウインドウに表示され、強まる凍気で彼女の体が青白くかがやき始める。

 アリアナは腰を落として両腕を左右に広げた。

 たった一度きりの必殺の一撃。

 彼女がそれを放つ時の構えだ。

 これがアリアナのねらいだったんだね。

 来るぞ!


「ふぅぅぅぅぅ……乱気流雪嵐ジェット・スイープ・ブリザード!」


 そう叫んで前方へ突き出した彼女の両手から、猛烈な吹雪と氷の気流が噴き出した。

 全てを容赦ようしゃなく凍りつかせる無慈悲むじひな極寒の乱気流だ。

 それは今しがた鬼嵐刃きらんじんで凍土の山を粉々に斬り刻んだばかりのアナリンに向けて放射される。

 だけどアナリンはまったく動じた様子もなく、刀をさやに収めて居合いあいの構えを取った。

 ま、まさか……。


鬼道烈斬きどうれつざん!」


 そう叫んでアナリンが刀を抜き放つのと同時に乱気流雪嵐ジェット・スイープ・ブリザードが彼女の体を包み込んだ。

 次の瞬間、猛烈な雪嵐ゆきあらしがズバッと左右に裂けるように割れ、その間をアナリンが駆け抜けていくのが見えた。

 そ、そんな……あの猛烈な雪嵐ゆきあらしを刀で斬ったのか?


 僕と同様に驚愕きょうがくするアリアナは、大技を放った直後ということもあり、反応が遅れてしまっている。

 やばい!

 アナリンは刀をアリアナの胸目がけて突き出した。


「アリアナァァァァ!」


 思わず叫び声を上げた僕は、今にもアリアナを突き刺そうとしている刀が急激に変化したのを見た。

 黒い刀身にギラギラとかがやく赤い刃紋が消え、刀身そのものが生気を失ったように灰色に変化した。


「チッ! こんな時に!」


 その瞬間、そう吐き捨てたアナリンが急ブレーキをかけて刀を下げ、代わりにさやでアリアナの頭をなぐり付けた。


「がっ……」


 後方へ倒れ込んだアリアナは、頭を強く打たれたせいですぐには起き上がれない。

 アナリンは灰色に変化した刀身をさやの中に収めて、アリアナを見据みすえた。

 アリアナは必死に起き上がろうとするけれど、思い切りさやで頭を打たれたダメージによって体がうまく動かせないでいる。


「口惜しいが時間切れだ。拳闘士。貴様は運があったな。このままさやで撲殺することは容易たやすいが、時間の無駄むだだな。さて……」


 そう言うとアナリンは、すばやく身をひるがえし、あっという間に僕の目の前に迫ってくる。


「くっ!」


 僕はマヤちゃんを背中に守りながら、手に持っていた脇差わきざし・腹切丸を咄嗟とっさに構えた。

 だけどヴィクトリアやアリアナですらかなわないほど強いアナリンからすれば、僕なんか赤子の手をひねるよりも簡単にあしらえるんだ。

 彼女は僕の背後に回り込んでマヤちゃんを突き飛ばすと、後ろから僕の腕をつかんでひねり上げた。


「イダダダダッ!」

「気安くそれがしの刃を握るな。虫唾むしずが走る」


 そう言うと彼女は僕の手から脇差わきざしを奪い取り、それを僕の喉元のどもとに突きつける。


雑兵ぞうひょう。貴様、いつわりを申したな。どこに王女がいるというのだ」


 さっきマヤちゃん達が閉じ込められていた瓦礫がれきは、アナリンの鬼嵐刃きらんじんによって跡形あとかたもなく消し飛んでいた。

 もちろんその下にはもう誰もいるはずはなく、僕が咄嗟とっさについたうそはあっさりとバレた。

 アナリンは僕のくちびる脇差わきざしの切っ先を当てる。

 鋭くとがったそれが僕のくちびるにプツリと刺さり、血がにじみ出た。


「約束通り、貴様の二枚舌を切り取ってやろう。二度と戯言ざれごとを口に出来ぬようにな」


 ひえええええっ!

 アナリンの声には殺気が込められていて、それがおどしじゃないことを僕に知らしめる。

 僕は恐怖におののきながら、口を開こうとしたけれど、くちびるに突き刺さった切っ先がそれを許さない。


「貴様のような男は今までも口八丁でやってきたのだろう。口数の多い男を見ると、その舌を切り取ってやりたくなる。このように……」


 やられる!

 僕が覚悟を決めたその時だった。

 いきなりけたたましい鳴き声と羽音が聞こえてきて、アナリンが脇差わきざしを握る手を止めたんだ。

 そして彼女は顔を上げ、僕も視線を上げる。


「何だ?」


 見上げる上空には、おびただしい数の鳥の群れが舞っていた。

 空を埋め尽くさんばかりの鳥たちは旋回しながらこの場に留まり続けている。

 ミランダ達の活躍でアニヒレートが王城から北へと離れて行ったことで、鳥たちが戻って来たのか?

 そんな鳥たちに注意を奪われた刹那せつな、ヒュンと何かが空を切る音がしたかと思うと、アナリンが僕を放り出して振り返った。

 続いて金属音が鳴り響き、アナリンが脇差わきざしで何かを叩き落としたことがうかがえる。


 もうヴィクトリアもアリアナも動けないはず……誰かが助けに来てくれたのか?

 あわてて身を起こした僕は、アナリンの背中越しに見える広場の光景に息を飲んだ。

 いつの間にかそこには多くの人が集まっていたんだ。

 さっきまで誰もいなかったはずなのに。

 

 そこにいる数十人ほどの人々は兵士ではなかったけれど全員が武装していて、そのうちの数名が弓に矢をつがえている。

 さっきアナリンが脇差わきざしで叩き落としたのは彼らが放ってきた矢らしく、へし折られた矢が彼女の足元に落ちていた。

 そして彼らの中心にいる黄緑色のローブ姿のフードを目深にかぶった人物が声を上げた。

 

「東将姫アナリン。王誘拐ゆうかいの嫌疑で貴殿を逮捕する」


 彼がそう言うと空を舞っていた物凄い数の鳥が降下してきて、地上に降り立った。

 その鳥たちはそこで全員が人間の姿に変化していく。

 これは……科学者ブレイディの変身の薬だ。


 その数は数百人にふくれ上がり、広場を360度完全に包囲していた。

 僕はそれが救援のであることを悟り、安堵あんどが胸に広がるのを覚えた。

 なぜならその中には僕の見知った人々の姿があったからだ。


 やっぱりこの人たちは……懺悔主党ザンゲストのメンバー達だ。

 た、助けに来てくれたんだ!


 懺悔主党ザンゲスト

 それは聖女ジェネットが所属する組織であり、僕も何人か知り合いの人たちがいる。

 ってことは、あの中心にいる人物は……。

 そう思って僕がローブ姿の男に目を向けると、彼はフードをバッと取る……フリをして手を止め、クルリとその場できびすを返して背中を向けた。


 いやフード取らんのかい!

 そうして見せた彼のローブの背中には【G】と【O】と【D】の3文字を組み合わせた特徴的なロゴが大きく印字されている。

 僕にとっては見慣れたロゴだ。

 

武士もののふらしく神妙におなわにつくがいい」


 もったいぶった末にそう言って顔を見せた初老の男性。

 僕にとっても馴染なじみ深いその人物は、聖女ジェネットの直属の上司にして懺悔主党ザンゲストの党首。

 そしてこのゲームの顧問役を担う重鎮じゅうちんである神様だったんだ。

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