第24話おっさんの卒業と餞別

★14日目


 この世界に召喚されて14日目。

 とうとう約束の日を迎えた。今日、城を出なければならない。


 予想外な事に、この2週間武術訓練以外では城の関係者とは一切関わる事はなかった。


 師匠曰く、おそらく師匠の弟子となって魔法の訓練をしている何て事は、思ってもいないだろうとの事。まあ興味自体無いのでしょうね。


 たしかに、この2週間。人目につくところで魔法どころか魔法操作すら使いませんでしたから。


 まあ武術の訓練中は多少使っていましたが、微弱な魔力の違いを感じられるほど優秀な魔道士は騎士の中にはいないでしょう。


「さてと……これで荷造りは終了ですね。本当にこれから大丈夫なんでしょうか……」


 沈む気持ちを何とか抑え、師匠から頂いた大きめのバッグに倉庫から拝借した生活用品を詰め込み、口を絞る。


 結局この2週間『融合』で作成したものは、ポーション2個、内ハイポーション並の効果のある最高品質1つ。マジックポーション2つ

 そして、偽薬草から作った毒ポーションが13個となりました。


 ちなみに、毒ポーションはホーンラビットに使うと、当てた瞬間、地面に伏し30秒程で絶命してしまった。


 そもそも、ホーンラビットは毒に弱いそうで、毒を使うと毛も肉も駄目になってしまうんだそうです。なんとも割に合わない倒し方ですね。


 ただ毒ポーションの有用性は知ることが出来ましたからね。ピンチの時は遠慮なく使いましょう。いっぱい作りましたし。


「そしてこれが私の全財産ですね……」


 首からかけていたケースを服の首元からだすと、カードケースから免許証程のサイズのカードを取り出す。


 所謂【仮】の身分証だ。


 この世界には通貨は存在していないんですよね。完全なるキャッシュレスな世界と言えば分かりやすいでしょうか。


 住民は、皆産まれたタイミングでその村や街の区役所的なところへ赴き、住民カードのような物を発行してもらう。


 これは本人しか絶対に使えないように魔法処理され、身分証だけでなく財布の役目も担っているのです。


 そして、この身分証はスキルのステータスカードを転写する事が出来、隠したい部分を非表示に出来ることから、一般的にはこの身分証の事を『ステータスカード』と呼び、ステータスカードを出せと言うのは身分証を出せと同義らしいです。


 しかし、この世界に召喚され巻き込まれただけの私には、正式な身分証などない。


 そう。この城では、勇者としての身分証しか作っていないのです。


 その為私には、財布機能と3週間だけ身分を認めるとした【仮】 の身分証が発行されました。


 つまり、ここで2週間経っている以上。

 1週間以内に冒険者ギルドに登録して、冒険者としての身分証にアップグレードしろ。と言う事なのだ。


「3週間が過ぎてしまえば、このお金も私のこの世界での何もかもがなくなってしまうんですね」


【仮】という文字と、200,000 T《トール》と書かれた部分を指でなぞる。


 こちらから切り出したとはいえ、勝手に召喚し、勇者でないからといって期限付きの身分証と僅かなお金を持たせて追い出すなんて、なんと身勝手な人達なんですかね。


 宿は一泊3,000トール。

 これがこの街の平均的な宿泊料だと師匠に教えて貰った。


 ここを出れば、師範から紹介された宿屋に向かうつもりですが、そこも3,000トールだと言っていましたね。


 ただ食事が絶品だと言う事なので少し楽しみです。


 師匠の食事が頂けなくなった後で美味しくないご飯は差がありすぎますからね……。


 食事は大事です。


「それでは行ってまいります。師匠。」


「まぁ上手くやるんだよ。わかったね。あんたは落ち着いた感じを出してるが、どこか考えなしで突っ走るところがあるからね。一人立ちするまで戻ってくるんじゃないよ!」


 お馴染みの椅子の上で、胸を反らしている師匠は、口調とは裏腹に相変わらず可愛らしい容姿の幼女です。


 私は幼女趣味はありませんがね。師匠に関しては自信を持って言いましょう。


 可愛いと。


 なんかこう仕草がツボに入るんですよね。御歳何歳かは存じませんが、魔子族は長寿の一族。あと100年以上はこの姿は変わる事なく生きていくんでしょう。


 なので師匠より後に死にたいと言う恩返しは、難しそうです。


「はい!師匠。今迄お世話になりました。このご恩は立派に独り立ちしてお返しします。」


 本当に本当にありがとうございます……。


 心の中で何度も何度も繰り返しながら師匠に深々と頭を下げる。


 2週間の出来事がぐるぐると頭を巡り、目頭が熱くなっていく。

 この師匠に会えなければ、間違いなく城から出て数日、いや初日でのたれ死んでいただろう。

 もしかしたら、セイドウくんに泣きついていたかもしれません。


 この世界にきて、最初の良縁である師匠。

 別れの挨拶を済ませ、バッグを背負うと師匠が別の袋を差し出す。


「無理するんじゃないよ。馬鹿弟子」


 その袋を開けると、大きめのおにぎりが3個入っていた。

 私の故郷を感じられる。私の一番の好物。っと言った記憶はないですがその反応で察してくれていたんでしょう。


「ありがとうございます。師匠」


 師匠の優しさを感じ、最後に作ったマジックポーションのうちこれならば渡せると思う、自分の中で最高傑作となった1つをお礼にと師匠に渡し、後ろ髪を引かれながら家を後にした。


 ◇城門前◇

 腫れた目を一番最初に王の前で作った苦い思い出のある劣化ポーションで治し、城門へと向かう。


 歩いていると目の腫れぼったさがなくなってきた。

 それくらいの効力はギリギリあったらしい。


 誓約により、昼までにはこの城を出なければならず、もう訓練場に向かう事も出来ない。


 昨日のうちに師範には、お礼の挨拶は済ませたましたが、もう一度、師範にもちゃんと別れの挨拶がしたかったですね。


「おータクト!やっと来たか」


 快活な声に視線を上げると、城門前で師範が手を振っていた。


「師範!」


 ゆっくりとした気の抜けた足取りから、しっかりと地面を踏みしめ師範の下へ足早に向かう。


「カッカッカ!なんじゃい。なんじゃい。そのしけた面は!昨日別れの挨拶は聞いたがの。まあ最後くらいは弟子の旅立ちに立ち会いたくての」


「ありがとうございます師範!」


「うむ。これで卒業じゃな。訓練場どころか、この城へはこれからは出入り出来ん。それでじゃ……」


 そう言うと背負っていた長細い布袋をこちらへと差し出した。

「我が弟子タクトよ!これは餞別じゃ。思った以上に楽しめたんでな。」


 渡された袋を受け取る。

 おっと。重いですね。


「開いても?」


 コクリと頷く師範が見つめる中。


 袋を開き物を取り出す。

 それは今まで使っていた木目のある剛棒ではなく、漆黒と言ってよい程真っ黒な剛棒と、肩にかけられる収納具だった。


 真っ黒な剛棒ですか。


 剛棒の中央につけた収納具の小さな突起を肩から背負った収納具の中央につけると、ピッタリと背中に収まる。


 そしてこの収納具に収めると、剛棒の重さを殆ど感じないくらい軽くなった。


 これに収納していると、軽くなるんですね。助かります。


「こんな立派な物を……。ありがとうございます師範。これからもこれで修練を続けます」


「そうじゃな。それとステータスカードを」


 言われるまま仮の身分証を出すと、師範が自分のカードを上に重ねた。


「これは?」

 見るとお金の部分が220,000Tとなっていた。


「ん?仕事代じゃ。スライムの魔石1個200トール。80個分で16,000だがな質がいいので2万で売れたのよ。あっても困るもんじゃない。自分で稼いだ金だしの大事に使うのじゃぞ」


「有難うございます。師範……」


「死ぬなよ。弟子よ」


「はい」


 そう言い師範はくしゃくしゃと髪を撫で優しく微笑んだ。


 師範に最後の別れを告げ、私はほかの兵士に見送りを受ける事もなく城門を潜り、城外へと足を踏み出した。


 これからとうとう異世界生活が始まるんですね。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここまでお読み頂きありがとうございます。

この話で長かった異世界召喚編は終了となります。


この後何話かの閑話を挟み

異世界生活編をスタート致します。

そこからは少し物語のペースは早くなる予定です。


ここからは3話更新ではなく、1話更新となりますが

是非★などで応援頂けると嬉しいです。


これからもよろしくお願いします。



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