第25話 閑話:おっさんの師範 前編

 面白い男だったわい。


 城門を自信なさげに出て行く、久方ぶりの直弟子の背中を見送る。

 今迄多くの弟子を見てきたが、あやつほど心揺さぶられる弟子はおらんかった。

 

 あやつめ、才能ないと抜かしながら訳の分からん力でワシが弟子に教える技術の大半を掻っ攫って行きおった。


 それもたったの2週間足らずと言う期間で。

 まあちょっとワシも無茶させたかも……というか無茶させたんじゃが。

 

 まあ無事だったんじゃから結果良ければじゃ!


 我が弟子タクトの面倒を見るようにと言われたのは、タクトがこの世界に来た日じゃったの。


 余りにも才能がないあり得ないくらい弱い異世界人を、適当に見てやってくれと。

 その間は掃除をしなくてもよいなどと言われた時には、暇潰しにもってこいと思ったものよ。


 タクトが召喚され2日目の朝

 挨拶もそこそこに、素人丸出しのタクトに面白半分で剛棒を与えてみた。これが全ての始まりじゃったの。


 無理を承知で、限界を測るためにギリギリまで追い込んだ。

 タクト自身何もしなければ死ぬと、覚悟を決めていたみたいじゃったしな。


 見るからに運動とは縁遠い生活を送っていたであろうその動きに、これは1日ももたずに挫折するだろうと予想した。


 しかし、休むと思っていた次の日に、あの男は何食わぬ顔で訓練場に現れ、あまつさえ筋肉痛がないと言いおった。


 さすがに不思議に思い、師匠だと聞いていた昔馴染みのジーマに、奴の事を聞けば魔力循環の修行をやらせているという。


 なるほど。


 それならば、ある程度身体強化に魔力がまわされているという事か?

 いやいやいやありえん。


 それでも回復が早すぎる。おかしいじゃろう。


 演武にしてもそうじゃ。

 Lv1剛棒というが、一般人にとってはかなり重いだろう。

 それを、全身の筋肉を無駄なく使うように作られた演武を、ほとんど休む事なく5時間以上かけやりきった。


 相当疲労物質がたまっているはず。筋肉痛何て、可愛いと思えるほどにじゃ。


 そんなレベルのものが、身体強化で治るのか?


「否」


 ブチブチと限界まで切れた筋組織を、1日で訓練に耐えれる迄に回復させるなど、高名な治癒師や神官でなければ無理じゃ。

 城を半ば強引に追い出されたあやつに、そんな伝手はない。

 それに回復魔法は"元の"状態に近付けるもの。強くなったりはせんはず。


 タクト自身あの日は訓練場で寝てしまい、引き摺るように夜中に部屋へと戻ってすぐに寝たと言っておったしの。


 という事は訓練場で起きた時にはすでに、ある程度治っていたという事じゃ。


 そうして迎えた2日目の演武。


 ほぼ昨日と同じスピードで演武をこなしている。

 筋肉痛がないのは本当のようじゃの。


 ふむ

 5時間か……。


 本人は、納得いかないようじゃがの。

 あれは既に昨日とは違い、Lv2剛棒じゃ。Lv1よりも更に重量負荷が大きくなるなるように作られておる。


 5時間以上かかって残念がるタクトに、筋肉疲労でもっと時間がかかっておっても、しょうがないと言うつもりだったんじゃが……。


 あやつめ縮めてきおった。


 そして5日目

 驚く事に5日目で2時間を切りおった……。一体何をしとるんじゃこやつは!


 剛棒は既に、Lv4じゃぞ。


 なんとなくいけそうで、少しずつ剛棒のLvを上げたが、気付かんとは……あやつの頭はお花畑か?

 何故重くなっている事に気付かん。本人の自覚の無さがそうさせているのか?


 分からん。不思議だわい。


 だが面白い。


 ついでにここまで育った祝いとして、ワシが武術指南をやっていた時に廃止となったスライムの養殖場へと連れて行った。


 基礎が出来上がれば、急にレベルアップが起きてもあまり違和感なくなるからの。


 ただ此処でも奴はやらかしおった。


「なんだと…」


 弾けた…。

 スライムを目の前に、突くだけと説明しやらせてみせたが。

 いやいや。普通は突けと言ったら核じゃろ。

 スライムがプチッて音を立てて破裂するのか?こやつ高レベルの打撃耐性を持つスライムを一撃とは……。


 間違いなく魔力を纏わせているの。

 うっすらでも魔法が弱点のスライムには有効じゃわい。


 まぁ。魔石は金に変えておいてやるかの……。


 7日目


 やりおった。

 とうとう1時間まであと10分。


 それもLv5の剛棒で……60kg以上じゃぞ。奴の元々能力では片手どころか両手でも、振り回すのは困難なはずじゃ。


 そもそもLv1でふらついてた奴が……。


 間違いなく明日には1時間を切るじゃろうな。


「ん?運動しててもほとんど筋肉がついた様子がないとな。」

 タクトが上半身を裸にして、自分の体を触りながら落ち着きなく辺りを見渡す


 後7日しかないからの。

 焦りの気持ちが伝わってくるわい。


 まぁこの方法は、筋肉の体積は殆ど変わらんからな。

 速筋と遅筋両方の良いとこを兼ね備えた筋肉じゃが、見た目ほとんど変化ない。時間がなければ本当に効果があるのか疑問に思ってた事じゃろうな


 つまり

 瞬発力に優れた速筋

 持続力に優れた遅筋

 そしてその両方を兼ね備えた万能筋


 速筋は、瞬発力。しかし鍛え続ければ持続力も付くため、いずれは万能筋に近い状態になるが、どうしても速筋中心に育てるため、筋肉が肥大化してしまう。


 対して遅筋は、持続力の筋肉。

 そもそもが筋肉構成が違うため、あまり瞬発力は鍛えられない。しかし、遅筋は肥大化しにくい。


 そして今鍛えている筋肉はその中間、両方を兼ね備えた万能筋なのだ。この筋肉はほどんど肥大化しない。

 見た目変わらんのはしょうがない事じゃろ。


 さてと

 明日から本格的な修練か……。準備をしておくかの。


 その前にタクトが訓練場を走っている間に、確認しなくてはな。

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