第41話 ファッションカオス 【2458文字】
カオリの住む、
その庭の一角。散歩をするには良い感じの場所をまるごと、今回の練習場として貸してくれるらしい。
「いやー、本当にお金持ちのお嬢様って感じなんだねー。カオリちゃん」
「そうかしら? みんなが思うより普通よ。ただちょっとお金の使い方と考え方に違いがあるだけ」
「いやいやー。またまたー」
与次郎が自転車を下ろしながら、カオリと話していた。
今日のカオリは、ゆったりとしたマキシ丈のワンピース。アイボリーに細かい花柄がちりばめられた、わりとカジュアルなスタイルだ。ノースリーブではあるが、日焼けを気にして肘上まである白い手袋を着用している。
小さな籠バッグを肘にかけ、両手を添えて日傘を持つ彼女は、そっと庭の方へと歩みを進めた。その歩幅は小さく、スカートのなびき方と相まって宙に浮いているような進み方をする。
「あっちに見える花畑があるでしょう? そこが今日の練習コース。もし気にいったなら、レースまでいつでも使ってくれていいわ。私がいない時も使えるように、使用人に伝えておくから」
「立派な花畑だねー」
「ありがとう。いつも庭師が心を込めて手入れしてくれるおかげね。道は基本的に、アスファルトかタイルで舗装されているわ。いくつかの分かれ道もあるけど、どの道を通っても基本的に、向こうの池までぐるっと回って戻ってくるだけの道よ」
もともとは散歩できる場所という前提のため、車道ほどの道幅はない。外側を回るなら、道の長さはだいたい1周で1キロメートルくらいだろう。
池から伸びる川には橋がかかっており、この橋がだいたいコースの中心になる。これを上手く使えば、短いコースを二つ用意したり、8の字に周回したりもできる。
「いいコースだな。道幅は狭いし、道は曲がりくねって見通しが悪い。向こうのタイルも見てきたが、割と細かい段差が多くて走りにくい。ところどころフェンスがあったりするのも、体感速度を誤認識させる」
と、九条はコースを見て冷たく言い放った。
「あら、不満かしら? 九条君」
「褒めたんだ。正確なバイクコントロールはレースにおいて重要になる。それが身に付けられる高難度のコースだとな」
この暑いのに長袖のライダースーツを着た九条。その肘や膝には、パッドが縫い付けられている。もう転ぶ気満々の格好だ。ひとまず、パッド以外は通気性の良い素材が使われているようである。
「まったく、九条は人を褒めるのが下手くそだな」
「なに?」
眉をひそめた九条が、声のした方を睨む。そこにいたのはアミだった。
「おー、怖い怖い。そんな殺人光線みたいな視線を送ってくんなよ。アタシは食っても美味しくないぞ」
高校の陸上部で使用している、緑色のユニフォームに身を包んだアミ。ブラトップとブルマの組み合わせにより、日焼けした肩や腕、脚などがむき出しだ。もともとの体脂肪率の少なさも相まって、ユイよりも筋肉質な見た目をしている。
他の肌よりやや白いお腹もよく見えた。水泳部として競泳水着を着ている時は、そこが日焼けしないのだろう。
「ま、ヨジローみたいなエロい視線を送ってくるのに比べたら、九条に睨まれた方がマシか」
「待ってアミちゃん。ぼくがいつエロい視線を送ったのさー」
「……与次郎の肩を持つわけじゃないが、その露出度で何を言っても説得力はないぞ」
「お、おいおい。勘弁してくれよ。これは空力抵抗を減らすための服装だっての! そういうのはアタシじゃなくて、もっと可愛い女子に向けやがれ!」
両手をぶんぶんと振って視線を散らしたアミは、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
「これだから男子は」
「まあまあ、アミちゃんの気持ちも分かるけど、みんな仲良くしよう。麦茶持ってきたよ」
そう言って大きなジャグを持ってきてくれたのは、今までどこにいたのか分からないイアである。ちょうどみんなの視線がアミに向いていたタイミングだったので、急に現れたように見えた。
肩が出るくらい短い袖のTシャツに、オーバーオール。そこにいつもの三つ編みと眼鏡を組み合わせた彼女は、なんというか、とても田舎チックだ。
あえて言えば、そのオーバーオールがクロップドなのがポイントだろうか。クリア紐のウェッジソールサンダルと相まって、脚が綺麗に見える。
「あ、えっと……私、出場はしないけど、みんなのお手伝いが出来たらいいな、って思ってさ。その、私にできる事なら、何でも言ってね」
やや照れ気味に笑顔を作るイア。彼女も立派に、チームマネージャーとして活動する気のようだ。
「それにしても、お主ら並ぶとカオスでござるな」
自転車の最終点検を終えたユイが、ひょっこりと顔を出した。その場にいる一同が、再びみんなの服装を見る。
「たしかに、な」
「それぞれ目的に合わせた服装のはずなんだけどなー。アタシも含めて」
「ぼくはテキトーに着てきただけだけどねー」
「ふふっ。いいんじゃないかしら。面白くて」
「カオス……カオスかぁ」
イアが何かを思いついたようだ。
「チーム名。それでいいんじゃない?」
「カオス、でござるか?」
「短すぎると思うぜ?」
「俺もそう思う。もうひと単語ほしいところだ」
「じゃあ、服装の話だったしー……」
「ファッションカオス。かしら?」
カオリが言うと、みんなはドッと笑った。そりゃもう、普段は声を出して笑うようなことのない九条でさえこらえきれず、アミに至っては地べたを転がるほどである。
「くっ、くふっ……い、いいんじゃないか? 俺はそれでもいい」
「こ、この際でござる。その名前でチーム登録の書類も書いたらいいでござろう」
「カオリちゃん、天才過ぎるよ……ふふっ」
「ぼくも気にいったよー。さいこー!!」
「ご、ごめんね。私がチーム名とか言い出しちゃったから、カオリちゃんがこんな目にっ――あっははは」
「……私、そんなに愉快なことを言ったかしら?」
カオリだけは、自分のアイデアが採用されたにもかかわらず、不満そうだった。
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