第39話 ちょっとした閑話と天気予報 【2618文字】

 あれから一週間が経ち、ユイたちも夏休みに入っていた。いくら夏休みでもバイトはあるのだが、それも特別忙しいというわけでもなく、ようやくユイに平和な時間が訪れていたのである。

 とはいえ、若い肉体を持て余している彼女だ。つまり――


「暇でござるなー」


 久しぶりの休暇を、彼女はどう過ごせばいいのか迷っていた。忙しい毎日を送っている人ほど、急に訪れた自由な時間に戸惑うものである。

 そんな彼女のスマホに、友人からのLINE通知が届いた。この間作ったグループだ。



『アミ:レースの練習しようぜ』



 自転車レースに出場するチームの、連絡網のようなものである。この時期にアミから誘ってくるということは、彼女も珍しく部活が休みなのだろう。



『九条:今日か? まあ、空いてるが』


『与次郎:よーし、やろっか』


『イア:あ、私も応援になら行けるよ。手伝えることがあったら言ってね』


 どうやらみんな来るようである。ユイもベッドから飛び起き、くまさんスリッパを履いて立ち上がる。


『ユイ:それじゃ、お昼過ぎに学校集合でいいでござるか?』


『与次郎:いいよー。迎えが必要な人は言って。ぼくが車を出すから』


『カオリ:車くらいなら、うちから送迎車を出せるかもしれないわよ。練習場所も提供しましょうか?』


『ユイ:いいのでござるか!? ありがとうカオリ殿』



 今回、選手としては不参加を決めたイアとカオリも、マネージャーとして協力すると申し出てくれた。彼女らもユイたちの応援がしたいのだ。



『ユイ:それでは、よじろー殿。拙者の家まで迎えに来てほしいでござる。カオリ殿の家からは遠いでござるゆえ』



 そんなユイの申し出に、一同は画面の向こうで少し戸惑った。ユイならこういう時、『拙者は自転車で行くから大丈夫でござる』と言うのが通例だったからだ。



『与次郎:いいけど、どうしたの?』


『ユイ:うむ。今回、ちょっと用意していたものがあるのでござる。拙者のバイト先に寄って、それからカオリ殿の家に集合としよう。他の者は現地で落ち合おうぞ』


『アミ:おっけー』


『イア:わかった。よろしくね。カオリちゃん』


『九条:俺は原付で行っていいな? よろしく頼む』


『カオリ:はいはい。それじゃあ、与次郎くんとユイだけ、私の家に直接集合。場所はユイから聞いて。あとのメンバーは学校に集合して。迎えに行くわ』


『ユイ:時間は?』


『カオリ:学校集合の人たちは、午後1時で。ユイたちは1時半くらいを狙って来てちょうだい。使用人に話はつけておくから』


『ユイ:了解でござる』



 話がまとまったところで、ユイはスマホを充電スタンドに置いた。集合まで時間はたっぷりある。与次郎に来てもらうのも、昼前の……11時を過ぎたころでいいだろう。


「まだ8時でござるか。みんな休みでも早起きでござるなぁ。……それか徹夜で遊んでいたのか、あるいはLINEの通知で起こされたのか」


 その辺の真相は、闇の中である。






 リビングに行ったユイは、両親と顔を合わせた。二人ともちょうど朝ごはんを済ませたタイミングだったようだ。


「おはよーでござる」


「おお、おはよう。ユイ」


「おはよう。朝ごはん食べる?」


「うむ。頂くでござる」


 朝ごはんと言っても、何か手の込んだものや、代わり映えのするものがあるわけでもない。インスタントの味噌汁と、納豆とご飯があるだけ。いつもの天地家の食卓だった。

 もっとも、学校がある日はギリギリまで寝ているユイにとって、このいつもの朝ごはんにありつくのは少し珍しいのだが。



『それでは、今日のお天気のコーナー。現場の三隅さん』


『はいはーい。三隅ですよぉ』



 リビングの液晶テレビは、朝のニュースを流していた。両親が毎朝見ている番組で、ユイが全く見ない番組だ。もっとも、ユイはこのところ全然テレビを見ないのだが。


「んん?」


「どうした? ユイ」


「いや、このアナウンサー。どこかで聴いたような声でござるな、って思って」


 どこか鼻にかかるような、それでいて決して高飛車な感じのしない……むしろ庶民的な雰囲気を感じさせる不思議な声。その独特な声を、ユイは確かにどこかで聞いたことがある気がしていた。知り合いでないことは確かなのだが、


「はて? 何の番組でござったか……」


 首をかしげるユイに、父が言う。


「ユイがどこで聴いたのかは知らんけど、三隅アナは今年の4月から入社したばかりの新人アナウンサーらしいぞ。記憶違いじゃないか?」


「む。そうなのでござるか?」


「ああ、何でも異例の大抜擢だそうだけどな」


「異例の?」


「ああ、詳しくは知らないけどさ」


「ふーん……」


 テレビに、彼女の簡単なプロフィールが出てくる。フルネームは三隅 梨乃みすみ りの。サイクリングが趣味らしい。肩まで届く長さの茶髪と、しゅっとした目鼻立ちが特徴の女性だ。

 ユイがリラックスして椅子に座ると、お母さんがご飯を持ってきてくれる。納豆のパックを開けたユイは、タレだけを入れてかき混ぜ始めた。



『本日の天気ですがぁ……昨日までの雨は止み、全国的に晴れ。日差しの強い一日となるでしょう。傘のご準備は要らないと思いますぅ。

 私も昨日までは傘をさして、下着までぐっしょり……いえ、下着だけぐっしょり? の状態で中継してきましたが、今日は薄手のブラウスでも大丈夫ですねぇ。

 透けブラに期待していた一部の視聴者のため、濡れてなくてもギリギリ透ける薄さを着てきましたよぉ。

 あ、ちなみにスカートも薄手だと、日差しの影響でシルエットが透けて見えるかもしれませんよぉ。さて、私はどうでしょう? 画面の前のみなさん、確認してみてくださ……』


 ――ぷつん。


『番組の途中ですが、内容を変更してお伝えしております』



 唐突に、画面が湖を滑るボートの映像に切り替えられた。先ほどの三隅アナウンサーの発言を受けての事だろう。


「な、なんでござるか? これ」


 ユイが唖然とする。内容の全てがわかったわけでは無いが、それでも三隅アナの雰囲気などから察するものはある。


「ああ、これ、毎朝の定番ネタなんだ」


「毎朝やってるのでござるか!?」


「もう毎回これだよ。三隅アナが余計な発言をして、オチとして自然の風景が流れるんだ」


「やーね。お母さんは嫌いだわ。この感じ」


「面白いよ。ちゃんとネタとして楽しめる範囲に収めてるし、俺はいいと思う」


「むー。拙者がしばらく見ないうちに、朝のニュースも随分変わったものでござるな」


 この三隅アナウンサーとは、また意外な形で出会うことになるのだが、ユイはこの時そんなことを考えもしなかった。

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