第33話 任せろ


 教習所から出た俺は、すぐにアリスたちが実習を行っているダンジョンへ向かった。

 D級ダンジョン『狂飆の坩堝』は、何度か潜ったことはあるが随分と前の話だ。既に中の構造はうろ覚えで、どういったモンスターが出るのかも記憶していない。


 ダンジョンの前に辿り着くと、協会の職員を見つけた。

 アリスたちの実習を監督している者だろう。チラチラと時計を確認しているその人物へ、俺は短く声を掛ける。


「入らせてもらうぞ」


「え? あの、失礼ですが、貴方は……」


 返事を最後まで聞く前に、ダンジョンの入り口を通過した。

 強風が吹き荒れる。そう言えばこのダンジョンの特性は、全階層に渦巻き状の風が吹いていることだった。


 しかし思い出せるのはそのくらい。

 下の層へと繋がる階段の場所なんて、覚えていない。こういう時のために協会はダンジョンの地図を貸し出しているわけだが、探索者を引退した今の俺は、そういったサポートを受けられないでいた。


「まあ、地図なんてなくても――」


 全身を覆う黒々とした元素を、右腕に結集させる。

 そして力一杯、拳を地面に叩き付けた。


 轟音が響くと共に、地面が割れる。

 足元の地面が崩れて、身体が宙に投げ出された。そのまま暫く重力に従っていると――瓦礫と共に、下の階層へと到着する。


「――こうやって、下りればいいだけだな」


 着地する前に、また拳を地面に叩き付ける。

 これを繰り返して、ひたすら下の階層へと下りていった。


 ――モンスターの気配が尋常ではない。


 ダンジョン内の元素が激しく乱れていた。

 もう少し先だ。恐らくそこに、大量のモンスターが集まっている。D級ダンジョンに似つかわしくない、C級やB級……A級モンスターの気配まで感じる。


 六層の床を砕いた俺は、落下しながら複数の人影を視認する。

 レイ、スメルク、シャッハ、ハルの四人だ。何故かアリスはいない。

 見れば、七層の中心に、不自然に大きな壁が屹立していた。


「きょ、教官ッ!?」


 最初に俺の存在に気づいたのはスメルクだった。

 次いで、生徒たちは一斉にこちらへ振り返る。


「ど、どうしてここに……いや、そんな場合ではない!」


「教官! 助けてくれ!」


「ア、アリスが……ッ! アリスが、一人だけ壁の中に取り残されて……ッ!」


 戸惑うスメルクの左右で、レイとハルが涙を流しながら叫んだ。

 それだけで状況は大体把握できた。アリスは壁の向こう側にいるらしい。

 壁の向こうからは強力なモンスターの気配も感じる。アリスは今、たった一人でモンスターと戦っているようだ。


「やっと……やっと、あいつ、強くなれそうだったんだ! なのに……こんなのってねぇよ!!」


 レイが涙を流しながら、拳を地面に打ち付けた。

 己の無力を嘆いているのだろう。悔しさのあまり、拳からは血が出ている。


「誰よりも、報われるべき人間が……こんな道半ばで、死んでいい筈がない……ッ!」


 スメルクもまた、ボロボロの身体になりながら己の悔しさを吐き出す。


「教官……アリスが、伝言だって……」


 いつの間にか傍に来ていたシャッハが、青褪めた顔で告げる。


「アリス……ちゃんと、約束は守ったって、言ってた……っ!」


 その言葉を告げると同時に、シャッハの瞳から涙が溢れた。


 約束。その言葉が指す意味は瞬時に理解できた。

 無茶をするための、三つの条件。確かにこの状況は、その全てが満たされているのかもしれない。


「教官! 無理を承知で、どうかお願いしますッ!!」


 四人の生徒が、悔しさと無念を曝け出して俺を見た。


「どうか……どうか、アリスを助けてくださいッ!!」


「お願いします!」


「お願いしますッ!!」


 生徒たちが泣きながら頭を下げる。


 アリスという少女は……それほどの人物なのだ。


 アリスは、あの華奢な背中に色んな重圧を背負っていた。きっとそれを彼らも理解しているのだろう。色んな重圧を背負って、それでも前を向いて努力を続けるアリスは、彼らにとっての道標になっていたのだ。


 そんな、仲間に恵まれた彼女を――。


 いずれ未来を切り拓くであろう彼女を――ここで失うわけにはいかない。




「――任せろ」




 強く拳を握り締めた俺は、黒々とした元素で腕を覆い、壁を殴った。


 爆風と共に、耳を劈く破壊の音が響く。

 大気が……空間そのものが抉り取られたかのような衝撃だった。まるで、この世界に大きな罅が入ったかのような、次元そのものがひしゃげたような手応えを得る。


 砂塵が大量に舞い上がった。

 視界が開けた時。立ち塞がる壁には――巨大な穴が空いている。


「…………は?」


「な、なんだ、今の……?」


「壁に、穴が……?」


 レイ、スメルク、シャッハの三人が、目を見開いて驚愕する。

 よほど驚いているのか、全員涙が止まっていた。


「あ、あはは……やっぱり……」


 唯一、ハルだけは腑に落ちた様子で、涙を指で拭う。


「そこで、のんびり待っていろ」


 壁の穴に向かいながら、俺は四人の教え子たちに言う。


「アリスを連れ戻してくる」

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