第14話 黒い風
C級ダンジョン『刻々大帝の砂岩宮』。
その第七層で、モンスターと激戦を繰り広げているパーティがいた。
「ゴーレム二体、そっちに行ったよ!」
「了解! 纏めて潰すぞ!」
D級パーティ『窮鼠の一撃』。
彼らは今、C級へ昇格するための試験を受けていた。
「皆、落ち着いていけよ! 後三層……十層に辿り着けば試験に合格だ! 今日こそC級に昇格するぞッ!!」
リーダーのサムが大きな声で告げると、仲間たちは「応!」と返事をした。
「しかし……七層なのに、こんなにモンスターがいるっておかしくねぇか?」
「そ、そう言えば私、協会で、最近ダンジョンが活性化してるって聞いたことがある……」
前衛を務める青年ラッタの疑問に、斥候を務める少女ユーリは不安気な顔をした。
しかし、そんな会話をしているうちにもゴーレムは次々とやって来る。
「ゴーレムは視野が狭い! 囮で誘導しろ!」
ダンジョン『刻々大帝の砂岩宮』の属性は土であり、主な出現モンスターは、巨大な人型の岩……ゴーレムだ。
ゴーレムは頑強で、倒しづらい反面、動きは鈍重かつ視野が狭い。冷静に対処すれば問題ない相手だが、ゴーレムの攻撃は非常に強力であるため、決して油断はできない相手だ。
「イーザン! 来い!」
「ひっ!?」
リーダーのサムが、遠くにいる少年を呼んだ。
「てめぇは囮くらいしか役に立たねぇんだから、さっさと行ってこい!」
「は、はい!」
指示を出されたイーザンは、涙目になりながらゴーレムの前に立った。
「うぅ……ちくしょう、なんで俺ばっかり危険な目に……!」
イーザンは能力不足であることから、『窮鼠の一撃』でパシリのように扱われていた。最近はこうして囮役も任されることが多い。
きっと誰も自分のことなんて心配していないのだろう。
そう思うと、涙が出てきた。
「ね、ねえ!? 何、あのモンスターの数……っ!?」
辺りを警戒していたユーリが、動揺の声を零す。
見れば、遠くから大量のゴーレムがこちらに向かってきていた。その数、最低でも十体。あれだけの数を同時に相手するには、自分たちが昇格を目指しているC級パーティですら不可能だ。
「なんだよ、あれ!? あんなの、勝てるわけねーじゃん!!」
「に、逃げろ――ッッ!!」
サムとラッタが恐怖のあまり叫んで逃げる。
「ま、待って! 置いていかないでくれ……っ!」
イーザンも逃げようとしたが、足がもつれて転んでしまった。
前のめりに倒れたイーザンを見て、サムが叫ぶ。
「イーザン! てめぇは、そいつらを引き付けろ!」
「そんなっ!?」
既にサムたちはイーザンのことなど見てもいなかった。
脇目も振らず、我先にと逃走する仲間たちを見て、イーザンの視界が涙で霞む。
背後から無数の足音が聞こえた。
地響きに身体を揺られながら、恐る恐る振り向くと、
「あ――」
死んだ。
数え切れないほどのゴーレムが、目と鼻の先にいた。
どう足掻いても助からない。絶望はすぐに霧散し、儚い諦念だけが胸中に残る。
冴えない人生だったなぁ。
そんなことを思いながら、イーザンが瞼を閉じようとした、その時。
――何か、黒い風のようなものが、目の前にいるゴーレムたちを一掃した。
爆風が通り過ぎ、イーザンは思わず目を閉じる。
次に瞼を開いた時、そこにいた筈のゴーレムは全て砕け散って転がっていた。
「……へ?」
目の前にいた大量のゴーレムたちは、全てが物言わぬ石片と化していた。
「な、なんだ、今のは……?」
まるで何かに轢かれたかのように、ゴーレムが吹き飛んだように見えた。
ダンジョンでは、外界には存在しない特殊な現象が起きることもある。突如、現れた黒い風……これもその一種だろうか。しかしモンスターを吹き飛ばす風など、聞いたこともない。
「イ、イーザン……」
困惑していると、いつの間にか仲間たちが傍に戻ってきていた。
「お前が……これを、やったのか……?」
「す、すげぇ……すげぇよ、お前。そんな力を隠し持ってたのかよ」
「イーザン君、かっこいい……!」
仲間たちは心の底から感動した様子で、イーザンに尊敬の眼差しを注いだ。
そんな三人に対し、イーザンはこれまで受けてきた数々の所業を思い出し――。
「へへっ、まぁな!」
見栄を張ることにした。
後日、D級パーティ『窮鼠の一撃』はC級へと昇格する。
同時に、『窮鼠の一撃』はパーティのリーダーを変更した。
新たなリーダーの名は、イーザン。
後に、最強の囮という名を轟かせる男だった。
◇
一方、D級パーティが一命を取り留めた頃。
ダンジョン『刻々大帝の砂岩宮』の第十八層では、一人の探索者が死闘を繰り広げていた。
「……武者修行のために、わざわざ遠くのダンジョンまで足を運んだ甲斐があった」
口内に溜まった血を吐き出し、男は刀を前に構える。
刹那、男は眼前に佇むモンスターへ肉薄する。
白刃一閃。肉眼では捉えられないほどの高速の斬撃を男は放った。
しかし、そのモンスターを斬ることは敵わない。摩擦で火花が散り、男は目を細めながら後退した。
「アイアンゴーレム……成る程、噂に違わぬ硬さだッ!!」
ゴーレムよりも更に硬く、強力なモンスター。それがアイアンゴーレムだ。
通常のゴーレムは石の身体だが、アイアンゴーレムは鋼の身体を持ち、更にその姿も一回り大きい。動きは鈍重だが、このモンスターは通常の攻撃では傷ひとつつけられないため、アイアンゴーレムとの戦闘を避けたがる探索者も多い。
しかし、男はモンスターとの戦いに生き甲斐を感じる性分だった。
探索者の中にはそうした者も多い。俗に言う戦闘狂と呼ばれる部類である。
「《元素纏い》ッ!!」
風属性の元素を身体に纏い、アイアンゴーレムへ次々と攻撃を繰り出す。
強敵との戦いに心が狂喜した。男の動きが加速する。
だが次の瞬間。
男は地面の亀裂に躓いて、転倒してしまった。
「しまった――ッ!?」
体勢を崩した男は、アイアンゴーレムの目の前で倒れてしまう。
このような亀裂、戦う前はなかった。――戦闘の余波で、いつの間にかできていたのだ。足元に注意を払わなかった自分の失態である。
「ここで死ぬのか。……まあいい。強敵に屠られるなら、満足だ」
男は生還を諦め、アイアンゴーレムが振り上げた拳を眺めた。
後少しで、自分はあの拳に叩き潰されるのだろうと思い、瞼を閉じようとした次の瞬間――。
――何か、黒い風のようなものが、目の前にいるアイアンゴーレムを吹き飛ばした。
「……へぁ?」
吹き飛んだゴーレムは、そのまま一直線に壁へ激突し、盛大に砕け散る。
原型を残さないほど砕け散ったゴーレムを見て、男は思わず変な声を出した。
何だろう、今のは。
ダンジョン内で起きるという特殊な現象だろうか。
「……今日はもう、帰るか」
アイアンゴーレムは、思ったより強敵じゃなかったのかもしれない。
男は帰還した後、今まで以上に厳しい鍛錬を積むことにした。
◆
何かを轢いたような気がするし、何かを吹き飛ばしたような気もするが、取り敢えず目的地に到着した。
時刻は正午過ぎ。
早めに戻って、露店で昼食を購入しようと思ったのが悪かったのかもしれない。急いでダンジョンを移動していると、偶に何かを轢いてしまうことがある。
「金糸雀の花は……これだな」
ダンジョン『刻々大帝の砂岩宮』の二十四層。
壁際に生えている、明るい黄色の花を幾つか採取して、俺はすぐに帰ろうとした。
その時、目の前に巨大なモンスターが立ちはだかる。
「クリスタルゴーレムか」
アイアンゴーレムの上位種となるモンスターだ。
このダンジョンでは、最上位のゴーレム種である。その身体は青い水晶で構築されており、どのような攻撃も弾くと言われているが……。
「ほっ」
元素を纏った状態で、殴り飛ばす。
クリスタルゴーレムは跡形もなく砕け散った。
「……ん? クリスタルゴーレムって、次の層から出現する筈じゃ……」
そう言えば道中も、妙にモンスターが多いような気がした。
協会に報告した方が良さそうだが……出禁になってるしなぁ。
ミーシャと話す機会があれば、伝えておくか。
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