第3話・あなたがいてくれて良かった

「あなたにとっても婚外子として世間的に認めてもらえない状況でこの屋敷で使用人としてこき使われるよりも、お兄様の妻となればそれなりの暮らしをおくれるし良いのではなくて? あなたはもうこれからは使用人の真似事などしなくても良いわ。二週間後にはお兄様が迎えに来るから、いつでもこの屋敷から出て行けるように荷物をまとめておくのね。もう行って良いわ」


 継母は言いたいことだけ言って、わたしを部屋から追い出した。彼女は心の底からわたしを疎んでいるのだ。仲の悪い兄にわたしを売るぐらいに。父はわたしの味方では無かった。

 パールス伯爵家は資産に恵まれているし、継母の兄にお金を借りるような負債も抱えていないはず。きっと長女の社交界デビューの年を迎え、もしも娘の婿となった者や親族にわたしという存在がバレた時の事を考えて、目の上のたんこぶは早めに取り去るべきだと考えたに違いなかった。


 父らにとって継母の兄の申し出は渡りに船だったのだろう。そこにわたしの意見など反映されることはない。彼らにとってわたしは所詮、邪魔者。捨ってもらえる場所が出来ただけ有り難いと思えと言うことなのだと思う。


 それでも空気のような自分にも感情はある。自分にとって誰かに嫁ぐと言うことは一生の問題であると思うし、出来ることなら贅沢は言わないからごくごく普通の平民暮らしで良いから、お互いに相手の事を思いやれる人と一緒になりたかった。

 こんな風に押しつけられるようにして相手を決められるとは思わなかった。それも評判の悪い自分よりもかなり年上の老齢に入る男性に嫁げだなんて酷すぎる。

 就寝前に悔しくて泣けてきた。ベッドの中で声を殺して泣いていると気配で分かったのか、同室のサンドラがどうしたの? と覗き込んできた。

わたしは彼女に他言無用だと言って継母に言われたことを話した。サンドラは仰天した。


「奥様はマーリーにあのエロ爺の餌食になれって言ったの?」


 サンドラにはわたしが父の先妻の娘だとは教えてなかった。彼女には奥様が兄に娘の社交界デビューのお金を用立ててもらう条件として、わたしに彼の妻となれと言ったのだと告げた。それを聞いて彼女は憤慨した。


「酷いよ。今までだって奥様はマーリーを呼びつけて鞭打ちしたりして。奥様はマーリーの何が気に食わないの? これって虐めじゃない」

「わたしは嫌われているから」


 サンドラはわたしが奥様に呼び出されて背中に鞭を打たれていたことを知っていた。たまたまある日、彼女は部屋のシャワー室をわたしが使用していたのに気がつかず中に入ってきてわたしの背中を見てしまったのだ。そしてその時のように今、怒っていた。


「マーリーはいい子じゃない。どうしてマーリーだけ酷い目に合わせるの? 私、許せないよ。言ってくる」

「ダメよ。サンドラ。あなたが何か言えば逆に辞めさせられる。私にはあまり関わらないで」

「マーリーは我慢しすぎだよ。これではあなたが可哀相だよ。奥様は鬼畜だし、ご主人様は屑。どうしてあなただけがこんな目に合わなくてはならないの?」


わたしの為に怒ってくれる人がいる。それだけでわたしの辛い目に合って来た日々が報われるような気がした。


「ありがとう。サンドラ。わたしの為に怒ってくれて」

「当たり前じゃない。私達、お友達でしょう?」


 悲しいことに自分は無力だ。降りかかる災難を振り払うことも出来ない。誰か助けてくれないかと思っていても何も変わらないのはこの九年間で分かりすぎていた。

 心情的には嫌な事でも、自分は甘んじる事しか出来ないのだ。


「でもね、ものは考えようだと思うの。サルロスさまは好きになれないけど、貴族の方々って政略結婚が当たり前なのでしょう? 好きでもない方に嫁ぐ方も少なくないと聞くわ。だからわたしも割り切ろうかと思うわ」

「マーリー。分かった。じゃあ、私もあなたに付いていくわ」

「サンドラ」


 サンドラは何か覚悟を決めたような顔をしていた。


「あなたのお世話係も必要になるでしょう? あなたがエロ爺に手込めにされ掛かったら私があの手この手で阻止してあげるわ」

「ありがとう。サンドラ。わたしね、この屋敷で良かったと思うことは、あなたという友人が出来た事よ」

「私も。マーリー」


 サンドラが泣きそうになっていた。自分のことのように憂いてくれるこの友達がわたしにとっては何よりも大切な存在だった。

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