第2話・突然の婚約話
アンフィーサと同じく、紫紺色の髪と瑠璃色の瞳を持つダリアは十四歳。アンフィーサよりは少し大人びた顔立ちをしている。もうじき社交界デビューを迎える彼女の朝の支度は時間が掛かる。
「お待たせ。アン」
「綺麗よ。ダリアお姉さま」
「アンも可愛いわよ」
支度が終わると、仲が良い二人はお互い褒め合って両親の待つ食堂へと向かっていった。それを見送って二人が脱ぎ捨てたドレスや、アクセサリーの残骸を拾い上げてクローゼットへと戻す。その脇で他の使用人達が雑談をしていた。
「ダリアお嬢様は今度の陛下の生誕祭で社交界デビューなさるのでしょう? エスコートはどなたに頼むのかしら?」
「きっと、ランス様じゃない? 奥さまの甥に当たる方だし、王都騎士団に所属していると聞くから」
ダリアには許婚がいない。大抵、貴族という者は親から決められた許婚という者が存在し、こういった場合エスコートを頼むものだけどダリアには許婚がいない為、父親か他の親族の者が相手になるのだろうと使用人達は予想していた。
皆は知らない事だがダリアに許婚がいないのには事情がある。継母が関係しているのだ。父がわたしの母と一緒になったことで、当時許婚だった継母が婚約破棄をされて社交界で大騒ぎになったらしい。そのせいでダリアに許婚が出来ないと、この屋敷の女主人である継母から八つ当たりされるので堪らなかった。
わたしは使用人達の雑談に聞き耳を立てながらも、黙々と誰も手をつけてない片付け作業に入っていた。いつもは使用人達の中で唯一、仲良しのサンドラがいるが今日彼女は別の仕事を侍女頭から割りふりられていて、この場にいなかった。彼女以外の者と自分から交流をとる気になれなくて作業に没頭していたら、しばらくして自分の名を呼ぶ声に気がついた。侍女頭だ。
「マーリー。ちょっといいかしら?」
「はい」
侍女仲間はまだ談笑に夢中になっていた。それを見咎めるでも無く、ふくよかな中年女性の上司は廊下から手招く。何だろうと思い廊下に出ると「旦那様がお呼びです」と、言葉少なに言われた。
この侍女頭は奥様が嫁いでくる際に実家から同行してきた女性なので、使用人達の中でわたしの素性を知る数少ない者でもある。
父からの呼び出しと聞いて何だろうと思った。この七年間、継母に折檻で度々呼びつけられる事があっても、この屋敷の主人である父に直接呼ばれる事なんて一度もなかった。無視されてきたのだ。その父に呼ばれるなんて珍しかった。
「何の御用でしょう? 何か失態でも?」
「わたくしはただ、あなたを応接間へ連れてくるようにと言われただけですから」
侍女頭は分からないと応えた。本当に知らないのかどうかは分からないが、先に立って足早に歩く彼女からは気遣いのようなものは一切感じられなかった。面倒事からはサッサと逃れたいような気配が感じられた。
「旦那様。マーリーをお連れしました」
「入れ」
侍女頭に続いて中へ入る。すると中には父だけでは無くて継母もいた。入室するなり何の脈略も無く父が言った。
「マーリー。おまえの嫁ぎ先が決まった。サルロス殿がおまえを嫁に欲しいそうだ」
「……!」
「よかったわね。マーリー。サルロスお兄様ならあなたを大事にしてくれるわ」
継母が嘘くさい笑みを浮かべる。婚姻相手がサルロス伯爵と聞いて鳥肌が立った。彼は継母の兄で年齢は七十代に差し掛かる。二、三年前に妻を亡くしていた。好色で若いときから醜聞が絶えず、方々で女性に手を出し、節操がないと言われていた。親戚一同から鼻つまみ者とされているとも聞く。
この屋敷にも時々訪れて、わたしも他の使用人宜しくお尻を撫でられたり、胸を触られたりした。皆、使用人という立場から奥様には何も言えずに我慢していた。その相手に嫁げと父は言う。その隣で微笑む継母は悪魔のようだ。
「ダリアは社交界デビューを二ヶ月後に控えているわ。その支度に何かと物入りで、我が家だけでは賄えなくてお兄様がご厚意で出してくれることになったの。それでね、お兄様がその条件としてあなたを妻に欲しがっているの。どうかしら?」
こちらの意見を伺うようでありながらも、継母と父の間ではこれは決定事項なのだろう。わたしが口を挟むまでもなく話は継母の独擅場で終わった。
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