M中学の七不思議「踊る体操服」

糸賀 太(いとが ふとし)

第一幕「二度あることは三度ある」

 入学式からしばらくたった金曜日のことだ。

「ぼく!体操服、はみだしてるよ。た、い、そ、う、ふ、く!」

 通りがかりのおば、もといお姉さんが大声で呼びかけてきた。

「あっ、すませっ、ありがとざます」

 住宅街でそんな大きな声を出されたら恥ずかしいじゃないか。ただでさえ恥ずかしい体操服なのにと、思うが口には出さない。

 手さげかばんを置いて、背中のナップザックを見ると、ジャージの袖がにょろんと飛びだしている。紐で閉じたはずの口は開いていた。袖だけでよかった。きっと、歩いているうちにゆるんで、振動で出てきたのだろう。

 体操服を詰め直して、ボクは家路についた。


 週明け月曜日には何もなかった。

 火曜日には別のおばさんに呼び止められた。また大声で。

 今度は、ジャージの両袖と首のあたりまで出ていた。まるで井戸から這い上がってきたたみたいに、だらんと袖が垂れ下がっている。

 体育は月火金、金曜日にはどうなるのだろう。


 金曜日、ナップザックにちょっと細工をしてから背負った。

 これなら大丈夫に違いない。

 校門を出て左に行き、しばらくしたら右折、駅に行く道に入る。このへんは学校だらけで道は混んでいるわりに意外と静かだ。病院があるから静かにと、言われているせいだ。道路のあちこちに先生がいる。

 橋を渡ったら左、すぐ右に曲がって商店街へ。学食代をケチって、おやつに肉屋さんのコロッケを買うか、男子たちがよく騒いでいる。端っこまでは行かないで、電気屋さんの角で左折。

 ショーウインドウでは、大型テレビが人気アイドルグループの映像を流している。

 店主のおじさんがファンらしく、営業中はいつもこれだ。


 にぎやかな商店街を抜けると静かな住宅街だ。

 ナップザックの紐は結んである。おばさんに呼び止められることもないはずだ。

 明日はお休み。肩の荷が降りたような気持ちで歩いていると、本当に荷物が軽くなった。

 後ろで何かが動いている気がする。

 振り返ると、体操服が宙に浮いていた。

 マネキンに服を着せて、マネキンだけ消したような光景だ。

 ぽかんとしていると、服が踊り始めた。

 「杉田」と、胸と背中にデカデカと刺繍されたジャージがズボンと一緒になって、手足を速いテンポで動かしている。なんとなく見覚えのある振り付けだが思い出せない。

 なんでウチの学校の体操服は、こんなにダサいんだろう。名前を背番号みたいな大きさにする必要があるとは思えない。

「あら、ぼく、杉田くんていうのね。社交ダンス、上手ねえ」

「やだ、社交ダンスじゃなくて、パラパラよ、パラパラ」

 おばさんたちがボクに、いや、ボクの体操服に話しかけている。

 あたかも服こそがボクであるかのように。

「ユーチューバーになったら受けるわよきっと」

「チャンネル、登録するから」

 おばさんたちは言うだけ言って去っていった。

 踊りつづけている体操服を、ボクはなんとかしてナップザックに押し込んだ。バネみたいな抵抗があったが、構うことなく詰め込んでやった。


 帰って真っ先にしたのは洗濯だ。干しているときに踊り始めたらと思ったが、もみくちゃにされた体操服に、踊る元気はないようだった。夜中にタンスから抜け出すことも、たぶんなかったと思う。

 おかげで、体操服だけは、自分で洗うようになった。

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