『黄昏タイムスリップ』

龍宝

序文 「鳴鼓山」




 鳴鼓山なるこやまの言い伝え、というものがある。


 町外れの高地にぽつんとたたずむ鳴鼓山は、標高こそ百メートルかそこらだが、山頂の鳴鼓神社が戦勝祈願の名地として地元では有名だったため、古代の風土記にも記述があり、昔からそれなりに名の知れた山であった。


 古い山だから、伝承やの類も多いというわけだ。


 一例として、『大倭霊異記おおやまとりょういき』という書物には、次のように書かれている。


 「霊和二年、鳴鼓山のふもとに住んでいた村長の娘が、土豪の人狩りによって親兄弟を殺され、命からがら鳴鼓山に逃げ込んだ。


 鳴鼓神社の境内から燃える村を見下ろして泣いていると、ふと娘の傍に面を被った若い女が現れた。


 村の者とも思えないので、娘が何者かと声を掛けると、女は「天狗」だと名乗ったという。


 からかっているのか、あるいは気の触れた狂人の類かと娘がいぶかっていると、女はどうして泣いていたのかと尋ねてきた。


 娘が恨めしげに訳を話すと、女は大層立腹して、同情ながらに娘に言った。


「それはさぞ無念なことでしょうな。この辺りは私の縄張りです。そなたが供物をくれたなら、私が手を貸しましょうぞ」


半信半疑ながら、「どうせ一人では生き残る術もない。ここで騙されたとて、あの世に功徳を積んだと思うべきか」と、娘は背負っていた籠の中から米と干し肉を女に差し出した。


女はそれをぺろりと平らげると、娘に太刀を一振り与えてから、山中に向かって大喝を轟かせた。


「すわ一大事じゃ。鳴鼓の山の神域を、けがす無道な愚か者、群れて麓に集っておるぞ。いざや討ち果たさん、出会えや出会え」


すると、静まり返っていた山中のあちこちから、遠吠えと共に刀剣を引っ提げた狗や狐、烏の神使が続々と境内に集まってくるではないか。


 驚く娘を大将に据えると、女は集まった神使に下知を出させた。


百を超す軍勢を率いて山を駆け下るや、娘は土豪の兵を蹴散らして、見事一族の仇を討ったのだった。


その恩を忘れず、娘は末代まで鳴鼓神社の巫女として仕える契りを交わし、天狗と神使たちを奉ったという」


 地元の人間が「天狗の助太刀」と呼ぶこの言い伝えは、遥か現代にまで民間伝承の一つとして生き残り、現在も一部で信じられている。

 


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