7

 ギルド内で出されたイセセミの唐揚げを見つめている俺。


「昆虫食は意外と食べれるとは言っても、食材となった昆虫の心臓見た後だと食う気がしねえ」


 今でも思い出したらちょっと気持ち悪くなるよ。


 トラブルがありながらも、俺達のパーティーとナルシスト勇者のおかげで無事多くのイセセミを狩り取ることができた。

 そして今、街中の至る所でイセセミ料理を振る舞う漁獲祭が行われている。

 ちなみに報酬の方は街の危機を救ったことや残ったイセセミを全て狩った俺達と恭介に振り分けられるが、それでも莫大な金のため後日受け取る予定のようだ。


「しっかしやるじゃねえか小僧!! 本来スミーヌってのは衣服とか金とか、そういう所持品しかゲットできないようなもんだぜ」

「そうだそうだ。だけどスミーヌでまさか心臓を抉り取るなんて前代未聞の出来事だよ」


 冒険者達が俺のところに群がって褒めまくってる。

 こんなことを褒められてもちっとも嬉しくないんですけど。

 ちなみにエクレシアと恭介も、冒険者達に囲まれて注目の的のような状態だ。

 アリスは荒くれ冒険者達と打ち解けたように仲良く大酒を飲み、ネコマタに至っては子猫のフリして女性冒険者の胸元に挟まれゲスな笑みを浮かべてやがる。

 なんだって巨大イセセミを討伐して俺が必死に手を洗う中、残った全員で上陸してきたイセセミを全て狩っりとったんだから。

 頭はポンコツすぎる連中だけど、やっぱり凄腕の連中だということは間違いはない。


 ……失神してて何もしてないのに、一番働いたような顔してガツガツ食べているチリは別だがな。


 ちなみにイリスの姿が見えないが、ギルドの外で魔法を撃ち合ってる音がするからして、お察しくださいって感じだね。


 そして適当なことを言った後冒険者から離れ、屋上で一人静かに夕空を眺めていたら、エクレシアが俺に声をかけて上がってきた。


「今日はお疲れ様。みんなから褒められまくりじゃない」

「いや、あんなんで褒められても気分悪いんですけど……、心臓触った感触思い出して。それに俺、ぶっちゃけ言ってこういうのは全く慣れてなくてさ、逆に何言えばいいかさっぱりだよ」

「私も同じよ。注目の的になると、どうも緊張して余計疲れちゃうのよね」


 仲のいい友人っぽく軽くそう話し合った後、お互いの顔見て笑っちまったよ。

 なんだか似たような面があって、おかしかったのか面白かったのかわからないけど。


 チリの娯楽道具の修理ためだけに中指を改造されたのから始まって、この異世界に墜落して魔王軍の奴隷になったりなど、当初からえらい目にあってばかりだ。

 まあ急ごしらえのスーツで幹部倒せたことで、結果的になんとかなったって感じだが、宇宙船修理のための冒険にでたらチリが問題起こしまくるわ仲間になった魔法姉妹とセクハラ猫に振り回されるわ……。


 いつのまにか俺も魔王退治に参加させられてるし、もう何度帰りたいと願ったことやら。

 いや、一人の宇宙人だけは違うが、みんな見た目や実力は凄い。それだけは認めれる。

 だけどやっぱり肝心の中身があれじゃな……。


 でもやっぱり一番の悩みのタネはチリの行動だ。

 エクレシアのパーティーに入らされた? 原因も、あいつが近場のお姉さん達に誤解招くような発言したのが原因だし、ポンコツ姉妹の時だってあいつがGの卵をめった斬りしなきゃこうならなかったし、そしてナルシスト勇者の時だって。


 毎回何かやらかして俺の頭がパンクしそうな時、いつもエクレシアが支えてくれたっけ。


 ……気がついたら俺は、夕日に照らされ、紅く長いロングヘアが輝いている頬が少々赤いエクレシアをじっと見つめてた。

 普通に見たら凛とした紅き大和撫子。

 問題ばかり起こすロリーズとは違い、見た目も中身も清く素直な常識的な少女。

 人を見る目が無いとかの関連で残念なところがあるが、天然っ子要素って割り切るとそんな彼女がとても美しく見えてしまう。

 そんなことを思い見つめていた時、視線をずらさないエクレシアが、手摺りを掴んでる俺の右手に優しく触れた。

 そして恐る恐るっといった感じに小さな声で。


「ツクル、今も日本って言う、貴方が生まれた国に帰りたいって思ってる?」


 エクレシアの温かい手の感触と、俺に視線を向けてからの少し寂しそうな表情と口調に俺はドキッとした。

 ちょっといい意味で理性を失いかけたが、彼女の様子から正気を保つ。

 ちゃんと真面目に考えて答えるとしよう。


 ……今現在の心境は、帰りたいけど帰りたくないって感じ、均衡状態ってところだ。

 だってこの世界でも日本でも、俺が送っている日常は何も変化しておらず、毎日のように機械いじりができる。

 日本では学業を、この世界ではクエストをこなすことが絶対条件。それだけの違いだからだ。

 だけど、偶に日本にいる親父やお袋が心配してないかって、それが原因で寝付けない日もある。

 そしてもし宇宙船が直って帰れる時になった時、またこの世界に戻ってエクレシアに会えるのかが心配だ。

 何より、もし永遠のお別れだった場合、アイツが泣いちまったりしたら俺どうすりゃいいのやら分からなくてオロオロと。

 いや、そもそもそんな局面をチリらに見られたらまた訳のわからない不名誉を……。


 ……そう変なことを考えていたら、鉱山の出来事が走馬灯のように思い出してきた。


 初めてエクレシアと出会った時の俺はすでに、身勝手なキャトルミューティレーションや奴隷生活などで心が荒んでたよ。

 頼る人も誰もいない、元凶のチリは問題行動ばかりで、常にひとりぼっちみたいなものだ。

 今もあの生活を送り続けたら、さらに荒んでひねくれた悪党擬きになってただろう。

 いや、下手したら心が壊れてたかも。


 そんな俺を救ってくれたのはエクレシアだ。


 他人を犠牲にしてまで助かりたいって思うほど非道に成りかけた俺に、まだ真人間のような綺麗な心があるって教えてくれた。

 孤独だった俺に、一緒に頑張ろうって言ってくれたことが何よりの救いだった。


 彼女は俺の恩人でもあり、本物の勇者だ。

 ……だから、自ら鎧を壊して素材にしてくれって頼んだ時の泣き顔なんて、もう二度と見たくない。

 思い出すだけで胸が苦しくなって来る。


  ……この気持ちは、一体なんだろう?


 俺はひとまずエクレシアの目を見つめてから。

 

「帰る帰らないに関して、俺も正直言ってよくわからねえ。だけど、これから言うことはは本心だ」


 エクレシアはただ静かに俺を見つめ、口を閉ざしている。


「奴隷の頃、魔王専用鎧の一件で数ヶ月の間相部屋だった時、荒んでた俺の心をケアして、元通りの純粋な少年に戻してくれてありがとう。俺たちみんなを助けるために、鎧を素材に使わせてくれて、ありがとう。死にかけてた俺を、涙目になりながらも必死になって救ってくれてありがとう。あと……これが一番言いたかったことだけど」


 うん、これ言うのはちょっと恥ずかしい。

 だけど、どんだけ恥ずかしくてもこの一言だけは言いたかった。


「俺を、お前のパーティーに入れてくれて、ありがとう」


 言い切って照れ臭くなって笑う俺を見て、涙目でクスクスと笑うエクレシア。


「私の方こそ言わせて頂戴」


 俺は真っ直ぐ彼女を見ながら首を縦に振る。


「鎧を素材にしてと頼んだ時、優しく抱きしめた後に泣いてもいいって言ってくれて、ありがとう。トカッツンにやられた時、本気で怒ってくれて、ありがとう。ネコマタの私に対するセクハラに対しても、本気で怒ってくれて、ありがとう。そして……」


 エクレシアは、ほうと息を吐いた後。


「こっちこそ、私の仲間になってくれて、ありがとう」


 俺もエクレシアも、お互いの顔をじっと見つめあった。


 場所といい、場の空気もあったのだろう。

 エクレシアが言い終えるのと同時に、お互いが寄り添ってだんだん顔が近くなっていって……。


 ……ちょっと、なんでこんな展開に!?


 ちょっといい雰囲気とは言え、なんで流れる感じにこんなことに!? いやめっちゃグッド展開だけど。

 俺は今まで、学業もちゃんとやりながらも寝る間も惜しんで趣味の機械弄りに没頭し、気がついたら世界中のみんなが俺を知ってるような感じになった。

 だけど、俺はそれ以外のことは全てをすごく単純な物と思い、なんの興味も持てなくていなかった。

 そう思い続けた結果、小、中学校生活を無駄にしてきたと実感したよ。

 だけど、あの災難なキャトルミューティレーションの後、こんな感じに仲良く笑ったり喧嘩できる美少女勇者が、俺の手を。

 そして今、彼女と俺はお互いをじっと見つめ合い、だんだん顔が近づいていって……。


 ちょっとタンマって言いたい……これって絶対に恋愛的なあれで童貞の俺には。


「姉様!! 皆さま!! 大変でございまし!!」


 ……っと、ほーらこんなもん。


 駆け込むような形で、イリスがギルドに入る音が聞こえたところで、正気に戻った俺らはばっと離れた瞬時に顔真っ赤。

 気まずい中ひとまず一緒に降りてみると、黒すす塗れのイリスの顔は真っ青だ。


「なんだ? イーシズ教が負けそうなんか?」

「そんで俺たち冒険者達にアクホーン教を共に倒そうって?」

「勘弁してくれよ、勧誘戦争に巻き込まれるのは絶対に」

「それ以上の問題なのだ!!」


 呆れて言う冒険者達に割り込む形で、黒すすだらけのアクホーン教の信者一人もギルドに入って来る。

 こりゃマジでただ事じゃなさそうだ。

 冒険者達も理解したのか呆れ顔から真顔に変わる。

 そしてまだちょっと顔が赤いエクレシアが。


「ね、ねぇイリス。一体どうしたの?」

「エクレシア様、皆様、お、驚かないで冷静に……たたた、対処ってて言うか……」

「と、とにかく落ち着いて。はい、深呼吸」


 エクレシアに言われ、イリスが大きく息を吸い込み……。


「魔王幹部がこの街に襲撃してきました!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る