こぼれ話「騎士寮生たちのお留守番」
──騎士寮には十名、子どもがいる。
兄姉たちが留守の間、暇を持て余しすぎている騎士たちが。
お転婆で元気いっぱいで、変わり者な子どもたちの、ちょっとしたお話。
『蟻のスケッチ』─────────
「もぅ、つまんなーい!」
中庭の隅っこにある草むらから、わたしはふくれっ面のまま飛び出した。
激しく揺れるおさげ髪、わたしは今大変ご立腹だ、今日も楽しく泥遊びをしたっていうのにちっとも心は晴れやかでない。
大好きなお兄ちゃんとお姉ちゃんたちが、だーれも帰ってこないのだ。
わたしにはお兄ちゃんたちとしたい遊びが沢山あって、お姉ちゃんたちに読んでもらいたい絵本が山ほどあるのに。
帰りを待っているだけでは見せたい宝物だって増える一方で、つまんないつまんないとその場で地団駄を踏むと、胸元で赤いリボンがぴょんぴょん跳ねた。
「なんだよもう、うるさいなぁ」
不機嫌を全身で表していたら、草むらの中から声が聞こえた。
周りに誰かいるなんて思っていなかったから、わたしは悲鳴をあげる。
「だれだれだれ……!?
ってなんだぁ、しゅうくんかぁ」
「うるさいってば、るみちゃん」
声の主は草むらの中で寝っ転がった男の子だった、黒いリボンをつけている。
虫の観察をしていたみたいだ。
わたしは迷惑そうな男の子の横にしゃがみこんで、蟻の行列を一緒になって眺めた。
とにかく暇すぎて死にそうだから、これは丁度良い暇つぶしになるかもと考える。
男の子の手元にあるノートには上手な蟻の絵がいくつも描いてあった。
「絵、かいてるの?」
「うん、スケッチが上手だって褒めてもらったから」
だれに、と聞いたらべつにと言われた、なんだそれはと、わたしはむくれる。
確かに上手なスケッチだけれど、蟻を頭上から描いたものばかりだ。
どうせなら捕まえてひっくり返して、裏側がどうなっているのか、足の形や数まで観察すれば良いのにと思った。
「つかまえないの?」
「なんで、かわいそうじゃないか」
不思議に思って問い掛けると、男の子は顔を顰める。
わたしはなんだよと更にむくれた、こんなことして何が楽しいのかな。
ふくれっ面でおさげをいじるわたしのことを横目に男の子は言った。
「いっしょにかいてみる?
……まあ、つまんないと思うけど」
「いいのぉ!!」
草むらの中が喜びいっぱいの声で溢れた。
びっくりしたみたいで男の子は目をまん丸にする、わたしの目もまん丸だ、まだ誘われただけなのに楽しくて。
今日の遊びは決定だ。
わたしたちは肩を並べて蟻のスケッチを描いた、日が暮れるまでずっとふたりで。
『埃を被った本棚の奥』────────
「うーん、なんだろ、あれー?」
図書室で絵本を探していたら、本棚の奥で光っている何かを見つけた。
襟に緑色のリボンを結んだ、大人しそうな顔付きの女の子は、ほっぺを床につけて暗がりを覗き込む。
やっぱり奥で何か光ってる、手を伸ばしてみたけど届かない。
ちょっと前、みんなが取りやすいようにって、忠明お兄ちゃんが本棚の一番下の段に絵本を下ろしてくれたんだけど。
下段の奥側には難しい本がずらずら置かれたままになっていて、端っこの隙間からピカピカ光る「なぞのぶったい」が見えたのだ。
こんなの見つけてしまったら取るしかない、きっと宝物に違いないから。
「……とどかない」
はぁ、と溜息を吐いて、女の子は図書室の床を転がり仰向けになった。
ちょっと埃っぽい、窓から陽が射し込んでいて暖かい、眠くなってくる。
でもピカピカはとりたい、うーんと唸った女の子は、扉が開く音を聞いて瞬きをする。
ぱたぱたと元気な足音が近付いてきて、すぐ側で立ち止まった。
「わぁ、何やってんだよ、おすず!」
「おすずじゃない、すずだもん!」
やってきたのは元気が取り柄の男の子、皆が大好きな絵本を抱えている彼は、寝っ転がってる女の子を見てびっくりしている。
白いリボンの男の子に、女の子は言った。
「ねえねえ……ひかるくん。
ないしょにできる?」
「何を?」
首を傾げる男の子のことを、女の子はちょっと迷いながらも手招きした。
後で薫さんに怒られるなんてことも忘れて、ふたりは床に寝そべる。
本棚の奥で輝くピカピカ、わぁと男の子が笑顔になった。
「なんかひかってる……!」
「ねっ、だよねっ……宝物かな?」
ワクワクした気持ちを共有しながら、ふたりはどうにかしてアレを取れないかと試行錯誤した。
重たい本を退かして、腕をいっぱい伸ばして、ふたりでぎゅうぎゅうになりながら頑張ってやっとの思いで。
「……鏡だ」
出てきたのは、銅に花が装飾された
こつんと額をつけて覗き込むふたりが映っている、それに気付いた途端、恥ずかしくなって女の子は慌てて男の子から離れた。
「昔のやつだね、お宝かなぁ?
おとはねえちゃんに見せたら分かるかな」
「わっ……かんない……どうだろ……」
ピカピカ光る鏡を眺めて呟く男の子は、何にも気にしちゃいない。
女の子は慌てて、陽の射し込む窓辺へと駆けた。
なんだか今、真っ赤になったこの顔だけは見られちゃいけないような気がして。
『こわいゆめをみたのね』───────
お父さんとお母さんは死んじゃったらしい、良く覚えていないけど。
わたしはいっぱい走ったの、走って走って、ごはんがなくてもおみずがなくても諦めなかった。
諦めなかったから死なないで、今ここにいれるのよ、だけどね。
ねむるのは、とてもこわいことよ。
だって、ねむるのと死ぬのはとっても似ていることじゃない、ねえ。
そうはおもわない──?
「……おかぁ、さ」
目を開くと、泣いていた。
夢見が悪かったのだと理解するには時間が掛かって、荒い息が落ちつくまで泣いていた。周りを見ればみんなが眠っていて、今はまだ真夜中なんだと知れる。
自分ひとりだけ起きている、それが心細くてわたしは目をぎゅっと瞑った。
また眠っても同じ夢を見る気がする、だから記憶にもないお母さんのことを呼ぶ。
「なぁに、
呼び掛けには応えがあった。
潤んだ瞳で見上げた先には、優しく名前を呼んでくれるひとがいた。
暗がりに浮かぶ真紅の瞳が、愛しげにわたしを見つめていた。
「かおるさん……」
「うん、大丈夫よ、怖い夢を見たのね」
よしよしと頭を撫でてくれる……今のわたしのおかあさん。
何にも怖いことはないんだって、ここは安全だって教えてくれたのはこのひとだった。
だからわたしは安心して、今度こそ眠る。
明日はだれか帰ってくるかな、お兄ちゃんやお姉ちゃんも怖い夢を見るのかな。
もし会えたら聞いてみよう、ねむることと死ぬことは、同じじゃないよねって。
『君と音楽室で』───────
──壊れた床が直るまで、音楽室には入ってはいけません。
言いつけを守って過ごした数週間後、やっと禁止令が解除され、ぼくは喜び勇んで廊下を歩いた。
重たい扉を開け放つ、修繕された床だけ色が違うけど、いつもの音楽室を見回してぼくは満面の笑みを浮かべた。
早速、音楽室の真ん中に置かれたピアノの前まで椅子を押して運ぶ。
よじ登って膝立ちになり、鍵盤に触れた。
「えへへ」
ぽろぽろと、演奏にもなっていない音を鳴らすのが楽しい。
ぼくは自分の中で音に意味をつけていた、この音は風、この音は火、この音は……。
ぼくの中にしかないイメージの話、きっと今しか感じられない感覚、そういうのを大切にしなさいってお姉ちゃんに言われたのを思い出す。
お姉ちゃんやお兄ちゃんは流れるようにピアノを弾いて、演奏する。
いつかぼくもあんな風になりたい。
そして、誰かの歌に合わせて演奏をするのだ、それが夢だった。
ひとりで音の羅列を楽しんでいたぼくは、音楽室の扉が開いたのに気付く。
そっと入ってきた誰かは、たぶん邪魔しないようにしてくれたんだろうけど、蝶番が軋んだ時点でピアノを鳴らすのはやめにした。
「あっ……」
音が何にもしなくなった音楽室に、柔らかい声が響く。
椅子の上からただぼーっと、現れた女の子のことをぼくは見ていた。
ほっぺも何もかも柔らかい彼女はなんだか申し訳なさそうにしていた。
「ごめん、はるとくん。
ピアノの音が、したから……」
「うん、鳴らして遊んでたからね」
にこっと笑ってぼくが頷くと、彼女も笑ってそっかと言う。
「あすかちゃんも、ピアノすき?」
「うん、たぶん……」
そろそろと近付いてきた彼女、ぼくの一つ歳上なはずなのに赤ちゃんみたいに頼りない。声も何もかも柔らかいから、この子ったらすぐに死んじゃうんじゃないかと思う。
「ぼくといっしょだね、えへへ」
ぼくはまた音を鳴らした、隣で微笑む彼女の胸元にある赤いリボンが目に入る。
……ぼくは緑色だけど、あすかちゃんは赤だからおとなになったら竜にのるのか。
彼女を表せる音がないか、ぼくは探した。
柔らかくて強い、そんな音を。
『ヒーローは忙しい』───────
「でたなワルモノ!!
タイジしてやるー!!!」
きゃあきゃあ笑いながら突っ込んでくる弟分を体全体で受け止めた。
ぼくはいまワルモノである、なので。
にっくきヒーローのことを草の上に優しく投げ飛ばす、大はしゃぎで転がっていったヒーローは、不屈の闘志で立ち上がり、ワルモノに襲い掛かる。
「てりゃー!」
「うっ、やられたー!」
ワルモノが胸を押さえて仰向けに倒れると、ヒーローは高笑いをした。
「はぁはっはっは!!
せいばーい!!」
一頻り笑った後、満足したらしい弟分は、仰向けになったままのぼくに手を伸ばす。
「次はおれがワルモノね!」
「はいはい、しんは元気だな」
ごっこ遊びは続くらしい、ぼくたちがワルモノをタイジする日なんて来ないんだけど、弟分はまだ小さいからその辺り、よく分かってないみたいだ。
「なぎ、はやくきてー!
こんどはあっちであそぼー!」
駆け出した弟分の事を、ぼくは服についた砂を手で払ってから追いかけた。
どれくらい遊んでいたんだろう、分からないけど弟分が眠いって言いだしたから、ぼくたちは手を繋いで寮の中に戻ることにした。
今日も寮には薫さんしかいないから、自分のことは自分でしなくちゃ。
弟や妹たちの面倒を見るのは、ちょっとみんなよりお兄さんであるぼくの役割だ。
ぼくは辺りを見回して、他に困っている子がいないか観察しながら歩く。
みんな、仲良く遊んでいた。
草むらの方に走っていったのは、るみとしゅうだ、スケッチブックを持っている。
図書室の窓から、すずとひかるが顔を覗かせていた。
楽しそうなピアノの音は、きっとはるとで……あすかも一緒にいるのかな。
ぼくは隣で、しんがうとうとしているのに気付いた。
慌てて手を引いて玄関を目指す。
玄関先ではジョウロを持って、花に水をあげている女の子がいた。
「あかね、お花の世話をしているの?」
「なぎくん……に、しんくんは眠そうね」
あかねが寮の中から薫さんの事を呼んでくれたので、ぼくがしんを抱っこして寝室まで連れて行く必要はなくなる。
「ありがとう」
「うん……あ、あのね」
ぼくがお礼を言ったあと、あかねは頷いて、何か思い出したみたいな顔をした。
皆でお揃いの服、そのポケットから、あかねは黒いリボンを取り出す。
「それ、だれの?」
ぼくは不思議に思って問い掛けた。
あかねの胸元にあるリボンは緑色だから、彼女のものではないはずだ。
「たぶんね、りつ」
「りつちゃん?」
寝室に忘れていっちゃったみたいなの、あかねの言葉にぼくは大変だと呟いた。
だってこのリボンは薫さんが皆に「将来が分かるように」ってくれた宝物なんだもの。失くしたって思ったらきっと泣いちゃうよ。
「渡してくるよ、あかねは待ってて」
「わかった」
ぼくはあかねから黒いリボンを受け取って、りつちゃんを探すことにした。
「おーい、りつちゃんー?」
中庭も庭園も探し回ったけど、りつちゃんは何処にもいなかった。
ぼくは途方に暮れて空を見上げる、もうすぐ日が暮れるから、はやくみつけないと。
立ち尽くしていたぼくの耳に、鈴の音が聞こえてきた。
音がした方を見上げれば、寮の塀に茶色の猫がいる。
「案内してくれるの、みぃ!」
丸々太ったこの子は騎士寮の飼い猫で、りつちゃんの相棒だ。
首輪についた金の鈴を鳴らして、みぃは歩き始めた。
意外と俊敏なふとっちょ猫の背中を、ぼくは慌てて追いかける。
辿り着いたのは裏庭だった。
ここはガラクタ置き場になっていたりして、危ないから入らないようにって言われている場所だ。
躊躇うぼくのことは置き去りに、みぃは迷いなく中へと入っていく。
ぼくも、もう探していないのはここくらいだから意を決した。
初めて入る裏庭は、話に聞いていたよりも危なそうではない。
確かにガラクタとかゴミの置き場にはなっているみたいだけど、片付けられているし。
お兄ちゃんたちが使う訓練用の剣とか槍とかもあるけど仕舞われていた。
今は日陰になっていて暗いけど、みぃのぷりぷりなお尻を追いかけていれば怖くない。
一番奥まで入っていくと、五つ石が並んでいるのが見えた。
たぶん、あれはお墓だ。
ぼくたちが騎士寮に来る前に死んじゃった、お兄ちゃんとお姉ちゃんたちの。
土の下にはだれもはいってないんだろうけれど、お墓なんて生きているひとが花を供える為にあるものだ。前にそう教えてもらった。
「あっ!」
お墓の前でしゃがんでいる女の子を見つけて、ぼくは声を上げる。
りつちゃんだ、みぃはちゃんとぼくを案内してくれた。
振り返った彼女は今にも泣きそうで、大慌てでぼくは駆け寄った。
「なぎくん……?」
「あのね、これ……」
彼女の襟には何にも付いていない。
ぼくが黒いリボンを差し出すと、りつちゃんはうるうるな目を大きくして。
「よかったぁ……!」
わぁあん、と泣き出してしまった。
今までずっと、ひとりで探していたのかもしれない、泣きたい気持ちは分かるけど、ぼくは困った……本当に困って、泣き止んで欲しくて考える。
「大丈夫だよ、ほら、結んであげる」
りつちゃんは目をぱちぱちさせてぼくのことを見上げた。
そうだよ、この子はまだ四歳なんだ、ぼくの方がずっとお兄さん。
ぼくはりつちゃんの襟に黒いリボンを結んであげた。
……あげてから気付いたけど。
ぼくはリボンを自分で結んだことがなかった、いつも薫さんにやって貰ってたんだ。
くちゃくちゃの不恰好な蝶々結び。
ぼくは、また泣かれると怯えた、けど。
「……ありがとう」
りつちゃんは、不恰好なリボンに触れて笑ってくれた。
大きな瞳がキラキラしてる、緩んだ目尻からぽろぽろと雫が落ちて、ぼくの掌を濡らす。
笑ってくれたことが嬉しくて、ほっとして、ぼくは地面に両膝をついた。
えへへ、とふたりで笑い合った、よかったよかったと言って。
みぃはずっと退屈そうにあくびしながら、ぼくたちのことを眺めていた。
「登場キャラクター」─────────
『
……1850年生まれ、赤色のリボン。
未来に懐いているおさげ髪の女の子、竜王騎士団に適性があると判断された。
元気いっぱいでいつも泥んこ、しっかりものではあるが猪突猛進。
『
……1850年生まれ、黒色のリボン。
恵一に懐いている男の子で、絵を描くのが好き、冥王騎士団に適性があると判断された。集中力が高くマイペース。
『
……1851年生まれ、緑色のリボン。
詩音に憧れている女の子で、絵本好き。
医療騎士団に適性があると判断された、好奇心旺盛でちょっとマセている。
『
……1850年生まれ、白色のリボン。
未来と雄大に懐いている元気な男の子、聖王騎士団に適性があると判断された。好きな女の子を揶揄いがち。兄姉には甘えん坊。
『
……1849年生まれ、緑色のリボン。
薫の事が大好きで皆よりも少し歳上、医療騎士団に適性があると判断された。責任感が強く毎日お仕事を探している。甘え下手。
『
……1851年生まれ、緑色のリボン。
詩音と詩花のことが大好きな男の子、楽器好きでピアノが特に好き。医療騎士団に適性があると判断された。独自の世界観を持ち、音楽室に入り浸っている。
『
……1850年生まれ、赤色のリボン。
忠明に良く懐いている、大人しく頼りない印象の女の子、竜王騎士団に適性があると判断された。
『
……1849年生まれ、紫色のリボン。
龍海に懐いているしっかり者の男の子、皆よりもお兄さん、精霊騎士団に適性があると判断された、妹弟たちを気にかけている。
『
……1851年生まれ、白色のリボン。
雄大に憧れているヒーロー気質な男の子、倒れるまで遊び倒すタイプ、聖王騎士団に適性があると判断された。ごっこ遊びがすき。
『
……1851年生まれ、黒色のリボン。
恵一にべったりな女の子、冥王騎士団に適性があると判断された。生き物好き、ぼんやりしていて良く失くしものをする。
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