箱庭世界の終末騎士 revision 1.

みなしろゆう

「異星からの来訪者」


 ああ、なんて綺麗なのだろう。


 黄金色の光を身に纏った存在は、足元に広がる美しい光景に見惚れていた。


 背中から生えた白い翼を動かして、黄金色はゆっくりと降下し始める。

 花畑だ、赤、白、黒、緑、紫、青、初めて目にする色彩の数々に目が眩みそうになりながら地面を踏んだ。


「はな、花……何の、花?」


 しゃがみ込んで、小さな植物の姿を愛でながら呟く。

 持っている知識が正しいのなら、咲く花たちにはそれぞれ名前があるはずだ。

 けれど、黄金色には一つも花たちのことが分からなかった。


 黄金色が生まれ育ち、そして統治していた惑星は花が咲く様な豊かさを持たない。

 本物の花を見るのはこれが初めてだったのだ。


 暫くの間、鮮やかな色を、柔らかい花弁を、雌しべと雄しべが揺れる様を眺める。


 綺麗な花を見れたのは良いことだが、本来の目的は別にある。

 頭の片隅で聞こえてきた自身の声に気付かされ、そうだと立ち上がった。


 ──他の惑星で、知性を持つ生き物に出会うこと。

 それが、自分の目的だったと思い出し、黄金色は花畑の中を歩き始めた。


 花を散らさない様に歩くのにはコツがいる、大きな翼を高く持ち上げながら、辺りを見渡す。


 花畑で出来た広い丘。

 周辺の宙域は何もなく、星々が連なる天だけが見える。


 宇宙にぽつりと浮かんだ花の丘に何か、「誰か」いないかと探して歩く。


 誰もいなければ飛び立って旅に出る、何度も繰り返してきたことだが、そろそろ旅もおしまいにしたい。


 自分以外の誰かに会いたい。


 それだけの為に、自分の惑星を飛び立って黄金色はここまでやって来た。

 広大な宇宙を漂って、孤独な旅を続けてきたのだ。


 だから、いつになくはしゃいでしまったのもしょうがないことだった、と思う。


 疲れるくらい花の丘を歩いて、やっぱりここにも誰もいないんだと諦めかけた時。

 黄金色は、独り佇む少女を見つけた。



「あ……」


 花たちに囲まれて、ぼんやりと前を見ている、綺麗な赤い髪の少女。


 淡く宇宙の暗闇に溶けていきそうな姿を眺めて呆然としてしまう。

 どうしたら、良いんだろうか、黄金色と良く似た姿形だが少女に翼は見当たらない。

 それに纏う雰囲気も儚げで、弱そうで、それこそ花だ、手折れそうな花のような少女。


 少女の見つめる先には、青い惑星があった。


 美しく豊かな場所だと一目でわかる、黄金色が生まれた場所とは全く違う惑星。


 少女は目の前に浮かぶ、青色に満ちた世界を愛しげに見守っているようで、同時に無感動に眺めているだけにも見える。


 他者の接近に少女は気付いていない。

 そんなことも分からずに、黄金色は走り出して少女の元へと急いだ。


 花弁が散っていくのも気にしていられないほど、黄金色は少女との邂逅を喜んでいた。

 息が上がるなんて本当に久しぶりで、喜び勇んだ勢いのままに声を掛ける。


「ねえ、アレはあなたの惑星?」


 美しい青を指差しながら黄金色が問うと、突如無音を揺さぶった声に、少女はびくりと肩を震わせた。

 儚く弱い少女は大きな赤い瞳を見開いて、黄金色の方を振り返る。


 少女が怯えていることにも気付かずに、黄金色は笑って言った。


「お願い、私と友達になって!」


 告げた言葉には、出会えた喜びと未知への興味がこもっている。

 赤い瞳が信じられないものを見たように震えていた、この辺りで黄金色はやっと、自分が犯した過ちに気付いた。


「あ、ごめん、ごめんね。

 怖がらせるつもりはなくて、あのね」


 一生懸命に自分が無害であることを伝える、背中の翼が蠢き、身の内から出る黄金色の輝きが強まる。


「私はね、「楽園」っていう名前の惑星から来た神なんだ、名前は──」


 自己紹介をしようと思った。

 自分の名前を教えようと思った。


 本当にそれ以外のことは何もしようとしていなかったし、する必要もない。

 黄金色は目の前のか弱い少女に、訴えかけるように言葉を紡いで。



 「いや」


 少女のたった一言で、声は途切れた。



「いや、いや、いや、嫌、嫌、嫌、嫌」


「嫌ぁッ!!!」


 ──絶叫が迸る、恐怖に染まった瞳が黄金色を見ている。

 何も出来ず呆然と立ち尽くす黄金色のことを、少女は呼んだ。



「化け物……!!」



 視界が真っ暗闇に閉ざされる。

 この後のことは、何にも覚えて、いない。

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