演出家と呼ばないで

ジュン

第1話

「僕は演出家になりたい」

「演出家?平田オリザさんみたいな?」

「そう」

「なんで?どうして演出家になりたいの?」

「人間の可能性を引き出す仕事に憧れてるからさ」

彼女は苦笑して言った。

「人間の可能性を引き出すっていうけど、それって演出家が必要かな?」

「というと?」

「だってさ、人間って、元から全員、演出家でしょう?」

「…………」

「考えてみてもごらんなさいよ。人間は全員、自己演出して生きてるわよ」

「自己演出……」

「そうよ。例えば、学校の先生は先生らしく、学者は学者らしく、主婦(主夫)は主婦(主夫)らしく、芸術家は芸術家らしく、学生は学生らしく、政治家は政治家らしく、経営者は経営者らしく、それから、恋愛も結婚も、家族なんてものも、人間関係は全部……挙げてくとキリがないわ」

「そうか……。なんで、人は皆、自己演出してしまうのだろうか?」

「そうね……。その方が生きやすいからじゃないかしら。帰属集団に埋没して、個性を発揮しない方が生きやすい。出る杭は打たれるから。皆、不安なのよ、きっと」

「そうか……」

「作家なんて、まさに『演出家』よ。物書きなんてものは、書く内容なんてどうでもいいの。『量』書ければいいのよね。それも、選りすぐりの『演出』された文言で」

僕は苦笑して言った。

「辛辣だな」

彼女は言う。

「元来、人は演出から離れられないのよね。なぜなら、孤独になることの不安を、巧みな演出で、他者の関心を得続けることで、寄せ付けまいとするのよ」

僕は聞いた。

「人は演出から離れられないとして、でも、演出を免れた領域はあると思う?」

「そうね……。逆説的だけど、『総演出家』になった時。まさに悟った時」

「どういうこと?」

「演出家というものを俯瞰した時。『メタ演出家』とでもいうのかしら。演出家自身を演出した時、実は、人は元来の演出家で、だから、演出家自身が、演出という作為を必要としないんだ……そういう心境になった時ね」

「それは、今のきみじゃないか!」


終わり

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演出家と呼ばないで ジュン @mizukubo

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