第40話.隠れ鬼その2
「……おや?」
足止め用の簡易的な罠を設置していると、森の入り口に仕掛けた爆竹が派手に炸裂した音が響いてくる。
どうやら予想よりも早く私の本来の行き先に気付き、森へと足を踏み入れたらしい。
「ふむ、獣人でも特に鼻が良い奴が混じってたかな」
体臭などは限りなく消すようにはしているけれど、人が人として活動する限りその新陳代謝は止まらない。老廃物だって出る。
時間が経つほどに、運動するほどに私の体臭は復活していく。これはもう仕方のない事だ。
けれど、私の復活した体臭を嗅ぎ取れる存在が居るという情報だけで奴らを更に撹乱できる。
もちろん私の行き先を絞れたのが嗅覚だと決め付けるのは危ういけど……そうだね、ちょっと撹乱とテストを兼ねて悪戯をしてみようかな。
「よっこいしょ」
もぞもぞと装束を乱さずに中に着込んでいた肌着のみを脱ぎ、そのまま首元からスルッと抜き出す。
これまでの道中で私の体臭が移っているだろうこれに簡単なメッセージを書き、近くに居た鹿のツノに被せてそのまま尻を叩く。
驚いて走り出した鹿を見送り、自分には炭と石灰を混ぜたものを軽く振りかけて鹿とは別の方向へと足を進めた。
――パパパパンッ!
「うぉ!?」
突然何かが破裂する音が断続的に響き渡り、驚きのあまり思わず声が出る。
先頭が森に足を踏み入れたと同時であるため、恐らく黒猫が仕掛けた罠だろう。
「どう見る?」
「……我々の現在位置、そして追跡速度を測る為のものかと」
「だろうなァ、こっちが正解だと答え合わせしているようなもんだが……」
「我々が正解に気付いた事に気付く為でしょうね」
「あぁ」
人の手が入っていない森の手前に人為的な罠があるってこたぁ、こっちに自分が逃げ込んだと教えるようなもんだ。
だが奴も自分がどっちに向かったか、遅かれ早かれ気付かれると考えた筈だ。ならば気付くまでにどのくらい時間が掛かったか、作動した罠と自分の現在位置からどの程度まで接近されているか、それを知れるのはデカイと考えたのだろう。
それに仕掛けられていたのは森の入り口だ。森に逃げ込んだ事が分かったからといって、ここから更に何処へ逃げ隠れしているのか分からないのだからデメリットはほぼ皆無と言える。
「報告! 先ほどの罠で毒虫に噛まれ、数名が負傷!」
「チッ、爆発と同時にばら蒔くよう仕込んでやがったのか」
「単純な、もっと威力の大きな爆発にしなかったのは何故でしょう」
「森に入るのを躊躇わせるためだろ」
「……なるほど、森の脅威を自覚させる為ですか」
こういう深い森の脅威で何を一番に思い浮かべるか? 遭難? それとも獣? まぁ、普通の人間ならそこら辺だろうな。
だが一番怖いのは虫と草だ。奴らはその小さな体と擬態性能で、気付かぬうちにすぐ側まで忍び寄る。
勝手知らぬ森の中で姿の見えない人を探しながら、気配の皆無な小さな命に気付く事は難しい。
そして得てしてこういう森に暮らす虫の毒性は強い。風に吹かれて飛んで来た毛虫の極細の針だけで死ぬことだってある。
その恐怖を思い起こさせ、我々が森に足を踏み入れるのを躊躇させる。追跡速度を鈍らせるのが狙いなんだろう。
後は単純にそこまで強力な火薬は個人の持ち運びに適さなかったという事情もあるだろうな。
なんにせよ、いきなり部隊の士気が下がっちまった。腹立たしい。
「ダミアン、匂いは分かるか?」
「…………森の匂いが濃いですが、きちんと嗅ぎ分けられますぜ」
「でかした」
ダミアンの嗅覚頼りであり、先は森……馬などで先回りできねぇのがもどかしいな。
「罠があるかもしれねぇ! 周囲には警戒しろ!」
部下たちへ注意を促しつつ、ゆっくりと森の中へと進んでいく。
「……凄腕の暗部というのはどうやら本当らしいですぜ、匂いはするのに足跡など他の痕跡が殆ど無い」
黒猫の匂いを辿りながら、ダミアンが唸るように敵を賞賛する。業腹だが、それは俺も同意するところだ。面白くねぇから声には出さねぇが。
動物が通った後には必ず痕跡が残る。地上なら足跡や破れた葉、石が動いた形跡が、樹上であろうと何かしらの情報を残す。これらを見れば動物が通ったと分かる。それは人間も変わらねぇ。
だが黒猫が通ったと思われる空間には人間の痕跡はまるでない。
ふかふかの腐葉土に、どれだけ体重を掛けないようにしたって多少は沈み込むだろう。足跡が出来る。
木を登るにしても落ちないように力を込める関係上、幹に足跡が、土汚れが付くはずだ。小さな枝葉や木の実、何かしらの落下物もあるだろう。
……だが、本来ある筈のそれらは一切見受けられない。こんなにも多くの人間が、只人よりも五感に優れた俺たち獣人が気を尖らせながら探ってるってのによ。
「む? 匂いに動物の者が混ざって……野生の背に乗ったか?」
そうして暫くダミアンの先導で森の中を進んでいくと、ようやっと待ち望んでいた変化が訪れる。
「追えるか?」
「勿論ですとも。むしろ――ほら、見て下さい」
「ほう、こりゃ鹿か?」
「えぇ、黒猫ではなく鹿が痕跡を残してくれていますね」
「よし! このまま追うぞ!」
森の中でも何度か罠を作動させたからな、思いの外距離を詰められて焦ったか? 速度を重視して逃げ切る事を選んだか?
――パパパパンッ!
「ぎゃっ!」
「痛っ!」
「気ぃ付けろテメェら!」
クソが! 巧妙に隠された罠を作動させる度に脱落者が出やがる……コチラの位置を報せるだけでなく、毒虫や汚物に塗れた杭がいやらしい。
死にはしないが、早急の手当てが必要になる程度の負傷を与えることで確実に追っ手の人数を削ってきやがる。
負傷者だけでなく、負傷者を介護しながら撤退させるのにも人手が取られるからな。
「匂いが濃い! 近いですよ!」
「この俺をおちょくった礼はたっぷり返させて貰うぜ!」
手綱を強く握り締め、鞭を入れる事で加速する。
ダミアンが指し示した先へと一番乗りするべく、部下たちを追い抜いて木々の隙間をすり抜けていく。
「――見えた! あれか!」
前方に見えた動物の影――ついに追い付いたと獰猛な笑みを漏らしながら飛び出す。
「捕まえたぞ! 黒猫ォ――!!」
騎乗動物の上から跳躍し、そのまま鹿へと飛び掛り――その途中である事に気付く。
「――って、居ねぇじゃねぇかぁー!!」
突然現れては飛び掛り、大声を出した俺に驚いた鹿がツノを振り回す。
「あべしっ!」
見事にそれが顔にクリーンヒットした俺はそのまま地面に叩き付けられ、ゴロゴロと転がって木にぶつかって止まる。
「……大丈夫ですかい?」
追い付いたダミアンの何とも言えない声に返事をすることもなく起き上がり、そのまま顔に被さった布切れを手に取る。
「……どうやら、黒猫の匂いはそれから出ていたようですね」
副官の一人が誤魔化すように発した言葉も耳に入らない。
何故ならその布切れ――女性用の肌着にはデカデカと汚い文字で『マヌケ』と書かれていたからだ。
「あの……」
「は、ははっ! 黒猫もマヌケな様ですな! わざわざ身に付けていた物を手放すとは! これで奴の匂いも辿りやすくなったというもの!」
ゆらりと立ち上がり、一歩後退る部下たちの前で思いっ切り布を引き裂く。
「――絶対にブッ殺すッ!!」
俺の魂からの叫びが森に響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます