立ち向かえない寂しさ


切り札っていうのは使わないから有効なのであって、使ってしまえば、種を明かしてしまえば誰も興味を持たない。


そんなことはわかっているのだけど、文字通り全力を出さないと須藤に勝てないから、やり続ける。


ピッ!と掠れる音がする。須藤の顔横スレスレを狙ってパスを通す。


慣れてしまえばパスカットされてしまうのはわかっている。だからこそ、菊池先輩を使って適当なパスを出したり、空中戦に持ち込んで神崎に頑張ってもらったりする。


ほんと、パスの出しどころが無くて満身創痍だし、なんなら上田にボール運びを代わってもらいたかったのだが、なぜだか上田は自分がやるとは言ってこない。


こんにゃろー。キツいわ。これは上田に代わってもらって・・・。


「先輩、どうしたんですか?まさかもうギブ?」


俺が動けなくなったのを知っていてこれだ。効率で考えればさ、俺なんかコート端に邪魔にならないようにいてやるから、上田に全部任せた方が良い。


それが今現状の最適解、なんだけどさー。


「ギブって言ったらどうする?」


「軽口を叩けないところが重症っぽいですね。消耗したんすか?休めば治ります?」


「多分このまま騙し騙しやるしかないかな」


不破の件は俺がなんとかしたって亜香里が言ってたけど、みんなは俺の成果をちゃんとわかっているのだろうか?


「先輩、あの不破の匂いを消したのは先輩っすよね。だから、こんなに疲れてる」


「そうらしい、が!、よっ!」


ターンオーバー。


絶賛ノリノリ絶好調の須藤が一人で攻めてくる。


上田に任せないオフェンスでボールを回していたら、竜ヶ崎がやらかした。俺と上田はセーフティーで残っているから、まぁ数的にはまだうちらに分がある。だけど、そんなのは須藤にとって障害にはならない。おかまいなしだ。


須藤のレイアップが決まる。57代56。二桁あったリードが、いつの間にか一点差にされている。


上田は、攻撃こそ脅威だが、守備ではあまり機能していなかった。今の俺から見れば上田も十分凄いから並のプレーヤーでは歯が立たない。


けれど、須藤はその上を行ってる。もう、本当に手がつけられない。


「ひゃっひゃっひゃっ!ありがとよう!雑魚相手でも、いくらでも楽しいぜぇ!」


完全に吹っ切れている。自分に酔っている。そりゃ、そうか。俺もあの加速力とスピード感、楽しかったもんな。気持ちがわかる。プレーするのが楽しくなるからな。


だけど、やべーな。ほんとに打つ手がない。次に俺のパスを止められて須藤を乗せてしまったら・・・それこそ本当に・・・終戦だ。


迷ってしまう。力を出し切ったって勝てはしない。でも、何もしなければズルズルと行ってしまう。続けなければ。最善のプレーを!


「先輩、今楽しいっすか?」


「ああん?楽しくねーよ!」


「じゃあ、もう交代してください。イライラします」


「は?イライラしてるのは、おまえだろ!」


切れてしまった。上田はボールを持ったまま、エンドラインで立ち尽くしている。


「おまえなら、できんだろ!俺にはわかるんだよ。本気、出せって!須藤と渡り合えるのは、おまえしか・・・」


「先輩の大変さ、わかりました。須藤に対峙するのはこんなにしんどかったんですね・・・」


「ちょっと、監督!タイム!」


竜ヶ崎が声を上げる。


第3クォーターは残り2分少々。


タイムを取ったって、意味ねーよ。須藤にやられ続けるだけだ。

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