罠
「ボール出してくれよ、竜ヶ崎」
「いいのかい?」
「今は、良いみたいだ」
須藤のマークが少しだけ緩む。まるで俺にボールが渡るように誘い込んでいた。それでいて、パスカットする雰囲気もない。
半信半疑な顔の竜ヶ崎からボールが渡ると、俺は一度前を向いてコート全体を見渡した。
注意すべきはさっき不穏な発言をした相手のガードなのだが、身体能力でこちらが勝っているので、多分傍観者でしかいられないと思う。
2人がかりでも俺を止めることができない。だから、大丈夫だ。
「上田、早く出ろよ」
ベンチでこちらを見ている上田に悪態をつけるほど、今の俺には余裕があった。
ん?相手のガードが志多を無視して中途半端な位置をとってる?
ダブルチームが来るか?
俺がドライブしてトップスピードに乗る前に2人で挟み込もうという作戦だろう。
「はや!気をつけて、そいつ・・・」
なんだよ望美、今から2人ともぶち抜くから黙って見てろよ。
「手を使うよ!」
は?
須藤を抜き去った先にさっきのガードの不破。そいつが、
ーーー俺の腕を掴んだ。
「なんだよっ!ファールだぞ」
「うるさい。寝てろ」
グシャ。
「ああああああああああああががああああああああ!!!」
不破の膝が入った。俺の右膝に。深く、深く。故意に。
そのまま俺はコート上に崩れ落ちた。
「アンスポーツマンファウル!ツースロー!」
審判が近寄ってくるが、それどころじゃない。痛い、いたいぃぃぃ!こいつ、マジで故意に俺を潰してきやがった。
「お兄!お兄!」
「水谷、大丈夫かい!?」
いつの間にか隣に亜香里がきた。神崎もいる。
心臓の音が、鼓動がドクドクと速い。頼む、今退場するわけにはいかないんだ。膝が、足が・・・動いてくれ!
ズキィ!
「うあああああああ!」
「お兄!神崎先輩、肩を貸してあげて」
「水谷、立てるか?」
ち、ちくしょう。好き放題言ってんじゃねーよ。俺はまだやれるよ。俺は、まだ、やらなきゃ・・・
「お兄?一旦ベンチに行くよ?」
「俺は、まだ、やる・・・ぞ」
「自分で立てないのに何言ってるの!?」
「うるせぇ。神崎、止まれよ。フリースローだろ?打ってる間に治るだろ」
「右足に全然力が入ってない。水谷、ここは上田くんと交代しよう」
「先輩、俺、先輩の分も頑張ってきますから」
上田まで近づいてきて、何言ってんだよ。そんな悲しそうな顔すんなって。これじゃあ、俺がもうダメみたいじゃないか。
「ひぐぅぅう。あああああ」
「お兄・・・」
右足に力が入らない。神崎に引きずられるようにベンチに向かう。
涙が、出てきた。
ーーー俺はもう、ダメなのか?ここで、終わりなのか?
「上田、頼むね?」
「おう」
亜香里まで、諦めたような顔して、何言ってんだよ。
俺は、まだ、ここにいたい、のに。
「選手交代、交代選手のフリースローです」
全ての人が、俺から目を離し、だんだんと遠ざかっていく。
覚醒状態の俺の視野が、それを物語っていた。
「お兄?座ろう?」
「肝心な時に、いつも俺はこうだな」
「今のはお兄は悪くない。あっちが悪いんだよ?だから自分を責めないで?・・・座ろう?」
「水谷、悔しいのはわかるけど、そんな足じゃ無理だ。勝ってみせるから、今は休んで」
神崎がコートに戻っていく。俺は、亜香里に手を引っ張られながら、左足だけで座るものかと立ち尽くしていた。
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