第62話 自分勝手な俺


「すみません、神崎瑞稀さんですか?」


「話しかけないでよ。あなたのことは知ってるわ。だけど、それだけ。勉強の邪魔しないでくれる?」


黒神ロングのこの先輩は神崎瑞稀さん。前髪を全部後ろに持っていってるので、おでこが見えている。受験生。金森先輩も受験生なのに、そんな気がしないから不思議だ。


この人参考書ばっかり見て、全然こっち見てくれねー。


「つーか、なんでそんなに飲み物あるんですか?」


「弟が働いてるから、家族はサービスでドリンク無料なの」


いや、だからって五本もいらないでしょ。一本ずつ頼めよ。


「一本あげたらどっか行ってくれる?」


「ナチュラルに自分の手元にあった飲みかけを渡そうとしないでくださいよ」


「あら、間接キスとか気にする人?キモいわね」


「気にしなかったらしないでキモいって言いそう」


「そうよ。鏡見て出直してきなさい」


ぐう。この人俺と話す気無いじゃん。どうすれば話してくれるかな?


「とりあえず、隣に座っていいですか?」


「何のために?わたしをナンパする気?」


いや、違うけど。


「俺は好きな人いるんで、そんなことしませんよ」


俺は無理矢理席に着く。瑞稀さんにジト目で睨まれる。


「水谷くん、あなた女の子にモテないタイプよね。整形したら?」


「顔の問題!?」


「ああ、でも幼馴染がいるのは知ってるわ。興味ないけど」


「その幼馴染のことで悩んでて」


「興味ないって言ってるでしょ」


くっそ。話が進まない。だいたい、瑞稀さんは恋愛経験あるのかな?


「先輩、チューしたことあります?」


「中学生の質問じゃん」


「別にそんなこと、どうだっていいです。先輩は好きな人とキスしたことありますか?」


「やっぱり口説いてるの?やめてよ。さっさと幼馴染とすればいいじゃない」


「してみたら、忘れられなくなっちゃって」


「惚気話だったのね」


「付き合ってないんですよ?俺たち。なのに、キスするのってどういう意味があるんですかね?」


ここでパタン、と参考書を閉じて頬杖をつく瑞稀さん。めっちゃ睨んでくる。


「知るか」


「先輩、ひでぇわ」


「あなたの口ぶりだと、相手からキスしてきたみたいね。あなたもその子のことが好きなら、なぜあなたからキスしないの?」


「キスしていいと思いますか?」


「うわぁ。うっざい。相手からしてきたんだったら、いいでしょ。あなたが何を考えてるか知らないけど、キスに意味を求めすぎよ」


俺は喉が渇いたのでテーブルの一番外側にあった飲み物を飲む。おう。メロンソーダか。


「なぜ人のものを勝手に飲む度胸はあるくせに、キスをするしないで悩んでるの?」


「あ、すみません」


「はぁ、あの子の言ってたことがわかったわ」


「あの子って?」


神崎のことか?


「こっちの話よ。あなた、今までよく生きて来れたわね。その幼馴染のおかげかしら?」


「はい。大部分が幼馴染で俺は構成されているので」


「じゃあ、あなたのことをちゃんと止めてくれていたのも、その子なのね。感謝しなさいよ?初対面で言うことでもなくて、でも自覚無いだろうから言うけど、あなたの自分勝手感と暴走、ひどいわよ?」


俺は何も言い返せなくなってしまった。


そうだ。俺は失礼すぎる。頭の中では神崎の相談に乗ってやった感が強くて、瑞稀さんに不快な思いをさせてしまっているんだ。


「すみません。出直してきます」


「もういいわよ。勉強する気、失せたし。それで?なぜそんなに焦ってるの?」

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