第5話 応急修理
「大事な荷物」を指示の小部屋に運び込んだ。
所定の場所に荷物を置いてこれで任務終了、とガーゴは立ち上がる。
「じゃあ、ありがとうござ……」
ビィーーーーという耳障りな警告音がドアの向こうから鳴り響いた。
「何の音?!」
ルーシーが振り向く。2人で部屋から出ると、音は廊下の彼方から聞こえていた。
「ハンガーね」
つまり、ロードリフターの警告音かもしれない。
バタバタと足音が鳴り響いた。
「どうしたの!」
「レイモンのリフターがおかしい!」
廊下の向こうから声がする。
何だろう。
これは、アクシデントだ。
自分でも無意識にルーシーの後を追っていた。
事務スペースを通り過ぎたとき、先程のクルトだけは全く動ずることなく平然と書類を前に仕事を継続していた。
ある意味プロだ。
ハンガーにやってきたガーゴ。
一台のリフターから途切れることなく警告音が鳴り響いている。
「レイモン!どうしたっていうの!!」
「俺もわからん。訓練後の点検整備中にこうなった」
ルーシーががっちりした体格のパイロットに詰め寄っている。
レイモンと呼ばれたパイロットも困惑した表情だ。
「ジョージはどこにいるの?!」
「ジョージは今出動中だ」
「あちゃあ」
そうか、ヴェヌスのメカは大体ジョージさんが管理してるって言ってたっけ。
つまり、今の状況は、やばい。
「どうにかならないのか!」
レイモンも焦っている。
ヴェヌスセキュリティにはコンバージョンマシーンがあり、稼働状況に基づく手脚の換装や簡単な消耗パーツの交換ができる程度の設備は整っている。
だがそれは人間で言うと風邪引きを治す程度、旧時代の燃料自動車に例えるとタイヤやオイル交換ができるというだけの最低限の整備でしかない。
いつの間にかナージャもハンガーに来ていた。
これまでに見たことがない表情をしている。それは明らかに、不安が顔に現れていた。
「至急モリナーリに連絡して、来てもらわんとならんだろう」
ケイリー班長はさすがに真っ当な意見だ。
「でもその間、こんな状態なの?!」
ふとルーシーの目がガーゴを捉える。
「ねえねぇ、あんた、工房の人でしょ? 何とかしてもらえない?」
そうなる、よな。
「自分はただの使いなので……」
気持ちはわかる。
だが、下っ端のガーゴが許可なくそれをやるのは越権行為であり契約違反だから。
でも放ってはおけなかった。
自分にだってプライドぐらいある。
新米メカニックとしての。
何より、フェレイラの名にかけての。
ちょっと見せて下さい、とガーゴはリフターのコクピットを覗き込んだ。
モニターには「システム過熱エラー」のサインが走っている。
ちょっと見では原因は判らないが、これがこのまま続くとヴェスタドライブが致命的な損傷を受ける可能性がある。
ガーゴは腹をくくった。
「くれぐれも、内緒でお願いします」
そうと決めたら行動は早い。私物の携帯端末を取り出し、社用車のダッシュボードの中に転がっていた変換コードでDCU (ドライブコントロールユニット)と接続する。 CUIを開き、ハードウェアの暴走なのかソフトウェアの不具合なのか、ソフト側だとしてどこのコードが悪さをしているのか探し出す。
工業学校とか、もっと前の実家にいた頃、リフターで遊んでいた時も似たようなことはしていた。
大丈夫、基本は同じだ。
鳴り響いていたシステム過熱エラーがパタッと止まった。
「止まったーー!」
ルーシーが歓声を上げた。
機体から降りたガーゴが状況を説明する。
「制御装置の異常コードでドライブ出力をコントロールできなくなっていました。今、ループ命令を回避させるパッチプログラムを当ててエラーを止めています。設備がないからちゃんとしたコードの修正はできてませんので、ジョージさんが帰られたら当社に正式に修理依頼を出されるといいと思います」
「……動くのか?」
「処理は重くなりますが、一応」
あくまで応急処置です、とガーゴは何度も念を押した。
やろうと思えばもっと突っ込んだ処置もできるが、これ以上のことをすれば後で絶対足が付いてしまう。
感謝する、とレイモンが握手を求めてきた。不器用そうな風貌だが筋の通ったいい人みたいだ。握手は驚く程痛かった。
ルーシーに背中をバンバン叩かれて感謝された。
「あんたがいてくれて助かったわ」
「くれぐれも、ご内密に」
「わかったよ。でも、ちょっと待ってなさい」
彼女は奥に引っ込み、数分後、箱一杯の果物を抱えて戻ってきた。
「これ?!」
「持って帰んなさい。アタシからって言えば通るから」
来た時より大荷物になって帰ることになるとは。
両手で土産物を抱えてヴェヌスの玄関を出ようとしたガーゴの隣に、ナージャがすっと現れた。
「端末持ってる?」
「今?ここに」
内ポケットの位置を叩くと、ナージャは自分の端末を取り出し、何かを送信した。
「お駄賃よ」
ウィンクして彼女は去ってゆく。
ワゴンに戻り、携帯端末を確認した。
……トークIDだ。
……やった。
運転しながらじわじわ喜びがこみ上げてきた。
「戻りました」
「遅いじゃねーか」
「……ルーシーさんに捕まっていたので。これ、お土産です」
ドサっと果物をデスクの上に置く。
おおーっと周囲から声が上がった。
「珍しいな!あのルーシー婆ちゃんが!」
「なんでおめーがこんなもん貰うんだ」
「昔話に付き合ったからです」
「あー、あのオバちゃん苦手だわ、話長えしベタベタ触るし」
山盛りの果物でガーゴへの追求は有耶無耶になった。
エステラが2階から降りてきて、めちゃくちゃ喜んでいる。
それでもやっぱり聞かれた。
「あの子には会ったか」
「いえ」
「なんだ、役に立たない奴だ」
嫌味を言われながらも、ガーゴは口元が緩むのを抑えるのに必死になっていた。
絶対、口外できない。
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