第2話 新入社員
沈黙していた機械に次々と火が入ってゆく。
朝の始業前、ガーゴは1人で工作機械の運転前点検をしていた。
定められた手順に従って機械を立ち上げ、異常がないかチェックして回る。
立ち上げ作業中に先輩が出勤してくるが、ガーゴは手は休めない。
「おはようございます」
「オウ」
「おはよ」
入社4日目。
新米の仕事は雑用だ。
工房の清掃、工具や治具の手入れ、消耗品の補充、移動車両の洗車にメンテナンス。
良いモノ作りは足元から。これは世界共通だ。
「ガーゴ!ちょっと来い」
複合加工機の切削屑を回収する彼をドミニクが呼んだ。
何事かと思って慌てて赴くと、
「お前さあ、グラッチセルの補充は起動直後なの!言わなかったっけ?」
いや、あなたが一昨日起動前って言ったんですよ。
「言い訳すんな!そんなんじゃ成長しねえぞ」
そう言われてもなあ。
すみませんと頭を下げ、メモ書きを取り出して手順を修正する。
これをしないと反省したと受け取られないし。
そんな理不尽も修行の一環だ。
説教を食らって仕事に戻り、改めて製作機械の周りを駆けまわる。
この工房の主な業務内容は、整備委託されたロードリフターのメンテナンス作業、依頼を受けてのロードリフターのワンオフ製作、そして市販もされているオリジナルのリフターメインフレームや周辺機材の製作だ。
さして大きくもない規模の工場だが、業務は多く、ガーゴを含むスタッフは皆忙しく立ち働いている。
ガーゴはまだ見習いなので、本格的に整備班に所属して仕事をしているわけではなく、全てのチームの補佐として様々な雑用をこなす。
班長のドミニクはわりと話しやすい人だが、今朝みたいな説明が一貫しない所がちょいちょいあるのが困る。一番よく言葉を交わすのが、入社初日に一緒に飯を食ったアンドレだ。今も彼のグループと昼を食べに行く。
テオは……あまり話さない。先輩として質問することはあるのだが、警戒心が強いのか話しかけづらい印象だ。初日以降、昼食も来なくなったし。
そう、ロードリフターのことを説明しないと。
今の世界での中心的な作業用モビリティで、名前は言葉通り重い物を持ち上げる機械であることから由来している。世の中では人型、非人型問わず、人力を超える負荷作業を行う機械全般はみんなリフターと呼ばれている。
大きさはモノによる。一番多い建設作業用、港湾作業用のリフターで大体全長6メートルくらい、重量は15トンを超えるか超えないかってとこか。
構成としては汎用エンジンであるヴェスタドライブとパイロットを内包するコックピットが様々な規格の「フレーム」で結合され、その周辺に推進装置や作業用機器が設置されているという、組み合わせとして決まっている概念はそれくらいだ。
乱暴に言い換えるとヴェスタドライブを主機関に採用していれば戦闘ロボットだろうと路線バスだろうと全てロードリフターと言うことができるが、普通は本体ボディと可動する作業用アームないしは推進デバイスを一対以上持つ形状の作業機械のことを呼んでいる。
弊社、モリナーリ・ワークスは、コーチビルダーだ。
依頼主からの細かい要求仕様に沿って、最適と思われるドライブ、フレーム、推進デバイスや作業用アーム、周辺機器を選んで要望に応えるオリジナルのロードリフターを1台1台組み立てる。
簡単に言うとすごく小さなリフターメーカーだ。
ただの整備工場とは違い、顧客の要望に合わせた機体を開発できる提案・技術力が売りなのだ。
昼食が終わり、作業機械の再起動に向かっていたガーゴはドミニクに呼び止められた。
「おい、ちょっと外出るぞ」
「え?」
「資材の納品がある。手伝え」
さっさと先を行くドミニクに従って、ガーゴは工房の倉庫にやって来た。
そこには箱詰めされた部品の山があった。
「これを運べ」
どうやら可動部の摺動部品らしい。関節などの稼働部品はどうしても一定の摩耗が発生するため、定期的な交換が必要となる。簡単な構造の部位であれば、整備工場ではない現場で交換可能なものもある。
こういう消耗部品を加工して製作するのもウチの工房内で行っているのだ。
指示された通りに台車に部品を積んで社用車の小型ワゴンに運び、積載する。
肉体労働には慣れてないからヨタヨタしているガーゴ。
「おい!急げよ」
なんとか全部積み終わり、待ちかねたドミニクに急かされてガーゴはワゴンに乗った。
彼の運転でそのまま出発する。
「どこへ行くんですか?」
「ヴェヌス・セキュリティだ」
あれか。
整備中のリフターに書いてあった社名。
「警備会社ですか」
「そうだ」
前を向いて運転しながらドミニクは答える。
「ウチの工房が、メンテナンス一式を請け負う契約になっている」
ロードリフターを業務に使用する会社でも、よっぽど大きな所でないと社内に整備部門を持ってはいない。
中小の殆どがウチのようなビルダーや整備工場にメンテ作業を外部委託している。そのほうがコスト削減になるから。
「ウチにとっちゃ、一番のお得意様だ。失礼のないようにな」
ワゴンは30分ほどトリノの市街を走り、一棟のビルの前で停まった。
「降りるぞ」
ドミニクは声をかけてワゴンを降り、玄関へと駆けていく。
「先に下ろす準備をしてろ」
ガーゴはハッチを開けて積み込んだ部品の箱を台車に乗せ換える。
やっぱり重労働だ。
だってリフターの関節部品なのだ、部品ひとつ20キロ以上あるのだ。
岩のように重くなった台車を押し、戻ってきたドミニクに指示されて資材を棟内に運んだ。
工房にもあるようなリフター用の大シャッターの向こうに進み入る。
「おお」
警備用リフターが待機態勢で立っている。
作業機械然とした一般のリフターと違い、警備用リフターは視覚効果による抑止力も考えられているから、はっきりとした人型をしていて、立ち姿は人間の警備員さながらに精悍だ。
工房内で内部むき出しで分解されているときとは印象が全然違う。
「ああ、こちらに頼む」
1人の男性が荷下ろしの場所を指示していた。
20代後半くらいの、身長はガーゴよりも低い人だ。丸眼鏡をかけていて、警備会社の人というには拍子抜けするほど穏やかそうな風貌の人だった。作業ジャケットを着ているが、その胸元からは警備制服が見えていて、やっぱりこの人も警備員らしい。実は凄い強い人なんだろうか。
黙々と荷物を積み下ろすガーゴをよそに彼とドミニクが喋っていた。
「悪いねえ、ウチの連中、機械を粗末に扱い過ぎなんだ」
「いえ、でもジョージさんがちゃんと消耗状態を把握してくれてますから、助かりますよ」
「俺がしないと誰も分からないからなあ。もっと教育しないとねえ」
ガーゴ!ちょっと来いと手招きされる。
「こいつは、新入社員のガーゴです。これから使いに来ることもあるでしょう。ほら」
「初めまして、ガーゴ・フェレイラです。よろしくお願いします」
「ジョージ・バードです。よろしく頼むよ。……新入社員か、ウチも一人いるんだよ」
握手したジョージさんの腕は、細いがめちゃくちゃ引き締まっていた。やっぱり普通の人じゃない。
搬入を終えたガーゴは死んだカエルのようにへたばっていた。
「おめぇ、体力ねぇなあ!」
ドミニクに呆れられる。
いや、そもそも今どき人力搬入であることがおかしいだろう?
世の中には動力内蔵の台車だってあるのだ。
「明日から毎日筋トレだな。腕立て伏せ、腹筋、背筋50回ずつ!メカニックは体力だぞ!」
ワゴンに台車を積み直して、ドミニクは再びヴェヌスセキュリティの玄関に走って行った。
「チェックサイン貰って来るから、待ってろ」
一人残されたガーゴ。
午後の日差しが強い。
ヴェヌスの玄関脇は休憩スペースになっているようで、1台のベンダーマシンがあり、思わずガーゴは吸い寄せられるようにミネラルウォーターのボタンに手を伸ばした。
ベンチに倒れ込んで一気に水のボトルを半分位飲み干し、ようやく落ち着いた気がする。
肩を上下させて荒い息を治めようとしていた。
足音が聞こえたのはそんな時だ。
すっと伸びてきた影が彼の頭に被さった。
「ここ、いい?」
頭上から落ちてきた声に顔を上げる。
紙コップを手にした女の子がそこに立っていた。
同年代くらいだろうか。
栗色の髪を変わった形に編み込んだ髪型をしている。
「あ、はい」
ガーゴは身をずらし、彼女にスペースを空けた。お礼代わりなのか、整った眉をぴくりと動かし、女の子は出来たスペースに腰を下ろす。
凛とした雰囲気の娘だ。
ちらっと見える、コーヒーを飲む横顔からも、かなりの美人に違いなかった。
「整備会社の人?」
「ええ」
「新入社員?」
「そうです」
「あたしもよ」
ぽつりぽつりと発せられる彼女の言葉には少し訛りがある。
こういうタイプの女性に今まで会ったことがない。ガーゴは緊張した。
新人らしいモノトーンのスーツに包まれた肢体。背は女性としては高いほうだと思う。
さすがに警備会社の新入社員だけあってか、健康的でしっかりした体つきだ。地味な色のスーツの生地がぴっちりしている腰周りや、白いブラウスを内側から猛烈に突き上げている胸元があまりにも眩しく、思わず吸い寄せられる視線を外すのに苦労する。
「暑そうね。大丈夫?」
「大丈夫です」
元々汗だくの状態で休憩していたのだが、彼女に会ったことで余計に汗をかいたように思える。
あまり会話を弾ませるわけでもなく、2人が並んで座っていたのはほんのわずかな時間だ。
ちびちびとコーヒーを飲んでいた彼女がちらっと腕時計を見、ペコンと紙コップを凹ませた。
思い出したようにガーゴに顔を向けて、
「あたし、ナジェジダ・ヴァリアエワ」
「ガーゴ・フェレイラです」
最低限の自己紹介を交わした後、彼女は紙コップを手の中で潰して立ち上がった。
「これから、一緒に仕事することあるのよね?よろしくね」
「こちらこそ、ヴァリアエワさん」
「ナージャでいいわ。新人同士じゃない」
じゃね、とナージャは背を向け、カツカツと靴音を響かせて歩み去って行った。
そのグラマラスな後姿を目で追いながら、ガーゴは根拠もなく、なんだか頑張っていけそうな気分になっていた。
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