2-裏-2
一瞬固まって、それから、恐る恐る口を開いた。
「あの、絶対死なないといけないんでしょうか?」
「はい。絶対です。まあ、より正確に言うなら魔法を習得できるまで、何度も死んでもらうことにはなりますが……」
初めてこの世界に来て、竜に焼き殺されたことが思い出されて、身体がぶっると震える。死んでもらうと簡単に言って微笑んでいる少女が、なんだか得体のしれないものに感じて、俺は少女から目をそらした。
「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。私たち魔術師は死んでも生き返りますから。まあ、より正確には、時間が巻き戻るというのが正しいんですけどね。ですから、安心してください。あなたは9度までは死んでも死にません」
「でも、たとえ生き返るとしても、何度も死ぬなんて、君だって死ぬのは怖いでしょ?」
「どうでしょうね。人はどんな悲惨なことにでも慣れてしまいますから、私はもう死ぬことには慣れてしまいました。まあ、普通にしてたら早々死ぬことはないですが……。もし私が恐怖を感じるとしたら、それは死が確定してしまう10度目の死ですかね……」
憐みのこもったような目で俺を見る少女の隣から逃げ出したかった。たとえ死ぬことはないとしても、やっぱり俺にはなんども死を体験するというのは、耐えられない。たぶんそれは、いろいろと理屈をつけて説明することもできるのだろうけど、生きる者の本能なのだろうと思う。人は生きているから死ぬのであり、死ぬことがあるから生きている。つまり、俺が生者であるかぎり、死というものは決して超えることのできない断絶なのだ。そのことを一度死んで俺は知った。自分の身体の機能が停止する、その瞬間の恐怖は、今も俺の心に深く刻みつけられている。
「まあ、でも、魔術師が死に恐怖をあまり感じないのは、ただ死んでも時間が巻き戻るという理由だけではなくて――」
少女が俺から目線を外すと同時に、俺は気づけば走り出していた。本能が、恐怖が、俺を動かしたのだろう。少女の声が後ろから聞こえて来るが、恐怖で半ばマヒしている脳までは届かず、耳障りな意味をなさない音が鈍く耳に届くだけだった。
来た道をたどって崖の上に上がり、そこからは、ひたすらに木々の中を分け入って走った。来るときに通った開けた道とは違い、ほとんど日光も届かず、地面の土は少し湿っていて、木々の根元は苔むしていた。そんな風景を視界の端にとらえつつ、竜から逃げた時のように、ただひたすらに足を動かした。肺が乾燥して、空気が十分に体に取り入れられていないのを感じつつも、それをも無視して、がむしゃらに森の中を、駆け抜けた。
立ち止まったのは、追い付かれたわけでもなく、目の前に崖が現れたわけでもなく、ただ単に、もう足が動かなくなったからだ。だんだんと足が動かなくなるのではなく、唐突に、前に転んで足が動かなくなった。どうにか、這いずるように手で体を動かして、近くの倒木に腰かけた。
ここまでくれば、もう大丈夫だろうと思いたかった。でも、走っている間も、そして今も、どこからとは言えないけれど、何かに見られているような、そんな感じが抜けなかった。例えるなら、周りの木々たちがときどき目を見開いて、俺を見ているような、そんな薄気味悪い感じだった。
でも、そんな予感のようなものとは裏腹に、俺の足が動かせるようになっても、少女は追ってこなかった。今頃になって、そりゃそうかという思いが芽生えていた。
そもそも、少女が俺を助けることに何のメリットもないのだ。魔術師の慣習がなんとかと言っていたが、それはたぶんそのままでは、俺が野垂れ死ぬのは時間の問題で、見捨てれば、俺を見殺しにしてしまうというような思いからなのだろう。逆に少女は俺がいなくなって清々しているかもしれない。面倒ごとが自分から逃げて行ってくれて、喜びすらしているかもしれない。そう思うと、どこかしら悲しかった。
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