2-裏-1
鬱蒼とした木々の間を縫うように伸びる曲がりくねった道を、少女の背を見ながら歩いていた。太陽はもう十分な高さで、日差しで少し額に汗がにじむ。町を出てかれこれ一時間ぐらいだろうか、ただひたすらに歩き続けていた。
また俺は、この世界に来ていた。いや、ただ、あり得ないくらいにリアルな夢なのかもしれない。どちらにしろ二度は起こりえないだろうと思っていた。それが、こうして日差しを肌で感じ、土を踏みしめながら、少女の後ろを歩いているのだから、なんとも不思議な気分だった。
現実世界の最後の記憶は、ベッドで、借りてきた小説を読んでいるところまでだった。たぶん、途中で寝落ちしてしまったのだろう。体を揺さぶられるのを感じて目を開けると、目の前に、助けてくれた魔術師の少女がいたのだった。
それから、早々に宿を引き払って、昨日とは別の食堂で朝食をとってから町を出て、今に至る。
町を出てすぐに、どうして魔術師は嫌われているのかという、昨日答えてくれなった質問をしたのだが、ちょっと段取りがあるからと、またはぐらかされて、それからは二人とも黙々と足を動かしていた。
ずっと黙っているのもなんだし、そろそろ何かしゃべろうかと思っていたところで、急に視界が開けた。俺たちがたどり着いたのは、崖の一番上だった。下を覗くと、幅は十数メートルくらいだろうか、こちらの世界で初めて見る川がそこにはあった。
「下まで降りたら、休憩しますから、あと少しですよ」
一瞬、ロッククライミングの要領で崖を下るのかと冷や汗をかいてしまったが、幸い崖に沿って左の方に歩いていくと、崖下まで降りる道があった。
崖の下は川が流れていることもあるのか、空気がひんやりとしてて気持ちよく、つい川の前まで行って手を水に浸した。少女はいつの間にかレジャーシートのようなものを砂利の上に広げて腰を下ろしていて、川の前にいる俺を手招きしていた。
少女の隣に座ると、それじゃあ、あれの話をしますかと、少女は僕の顔を一度見てから、空を見上げて目を細めた。
「今から話すことは昔、師匠が私に話してくれたことなんですよ。君と同じようにいつのまにかこの世界にいて、わけもわからず困っていたところを助けてくれて、いろいろと教えてくれたんです」
どこか昔を懐かしむような、そんな声色だった。
「君が昨日言っていたように、魔術師はそれ以外の人間から嫌われています。そして、それには、幸か不幸か、それなりの理由があります。端的に言いますとね、私たち魔術師が使う魔法というものは、普通の人間には有害なんです」
首を捻った俺を見て、少女は軽く笑った。
「有害っていうのが釈然としないみたいですね。まあ、なぜ有害なのかという話と、君がこれから魔法を使うための理屈というのが関係してまして、そういうわけで、今まで話さなかったわけなんですけどね」
ちょっとここで座ってこれから私のすることを見ていてくださいと言ってから少女は立ち上がると、俺の座っているところから十メートルくらい離れたところまで歩く。そこで、矢を弓につがえるようなポーズをとると、若葉のような緑色の光が弓と矢の形をかたどるように現れて、矢を引くように手を動かして、ぱっと少女が手を離した。
光の矢は飛んで、そのまま対岸の木に突き刺さる。その瞬間、木が瞬く間に枯れはてて、灰色になり、ボロボロに崩れた。ついさっきまであったはずの一本の木の姿はそこにはなく、すこしばかりの灰のようなものがあるだけだった。
「どうでしたか?魔法の危険性は分かってもらえましたかね?まあ、今のはほんの魔法の程度としては低級にあたるものなんですけど、強力なものになると私が魔法を使っただけで私の周りのものはだいたいあんな感じになります。木は枯れますし、人間もさっきみたいに灰になります。恐ろしいですよね?さらに言いますとね、さっき魔法を使うとき君から離れましたが、ああしないと君の魔力が私の魔力のせいで初期化され始めて、それが進行していって、まあ、どれくらいですかね、だいたい一か月ぐらいで君が死んじゃいます」
にこにこしている少女の顔を見ながら、正直言って少女の説明にあまりついていけていなかった。唯一なんとなくわかったことは、この少女の言う魔法と、小説に出てくるような魔法とでは、少なからず違いがあるということだけだった。
そんな俺の脳内を知ってか知らずか、少女は軽く苦笑していた。
「まあ、一旦、魔法の有害性、危険性についてのことは置いておきましょうか。優先度が高いのは、君が魔法を使えるようになることです」
そこでいったん言葉を切って、息継ぎをするかのように間を置いてから、少女は口を開いた。
「今から君には死んでもらいます」
衝撃的な宣言なのに、少女の顔は先ほどからと変わらずにこにことしていた。
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