第五十八話 明星
寮に戻ったものの、大してやる事が無いのに気づいたのでとりあえず学院の図書館に行くことにした。
図書館には大きな本棚がいくつもあり一生かかっても読み切れない程の本が置いてある。願わくばここに住みたいと何度思った事だろう。
面白そうな本は無いかなと本棚を隅から隅まで物色していると、ふと目を惹くタイトルがあった。
弥国伝……おお、元日本人だからかな? どこか心が踊らされるタイトルだ。けっこう綺麗そうだし最近入庫されたのかな?
「どれどれ……」
一人つぶやくと、椅子に座りに行く。
だいぶ前に資料を読んだ時に知ったのだが、弥国はこのウィンクルム王国のある大陸の南側だったか北側だったか忘れたけどとりあえずどっかの海洋にある島国だったはずだ。
長いこの世界の歴史の単位で言えば割と新しく発見された国で、そのせいもあってか今でもに独特な文化が根付いているという。外見的特徴はこの大陸の人とさしたる違いは無く、唯一違う事と言えば弥国人は髪の毛は黒い、という事くらいだろうか。
そして黒い髪といえば思いつくのはハイリだ。もしかしたら彼女のお母さんは弥国人なのかもしれないな。それについては聞く機会があったら聞いておこう。
「ふー」
本に没頭する事ニ、三時間、字が細かいせいか少し目が疲れたのでいったん本から顔を上げる。
弥国伝、なかなか面白い。これ借り確定だな。どうやらはこれは歴史小説のようなものらしく、大ざっぱなあらすじを言うと、小国が乱立し争いの絶えない時代に、一人の不思議な能力を持った青年が知略とその能力を用いて国を統一する、という話だ。そしてその統一された国が今日の弥国だと冒頭に書いてあった。物語で読み進めるのはその統一までの過程である。
まだ分厚い本では序盤なのでこの能力がなんなのかも判明していない。
「何読んでーたのっ」
ふと声がかかったと思えば、誰かの手が俺の肩に乗せられる。
「キアラか……。歴史小説だ」
「ほう、どれどれ……」
するとキアラは俺の肩越しから手元の弥国伝を覗き込んでくる。その際彼女の髪が頬をかすめ、ほのかに女の子特有の甘い香りが周りに漂う。
これであからさまに避けるのも失礼な気がするしどうしようかと考えあぐねていると、間もなくキアラは身をはがし解放してくれたのでとりあえずホッとする。
「うわぁ……よくこんなの読めるねぇ。私には目がチカチカして耐えられないや」
キアラは困ったように笑みを浮かべると、頭をポリポリと掻く。
まだまだ若いな。
「案外読んでみたら面白いぞ。それより双槍術はどうだったんだよ?」
確かあの後それを受けると言っていた。キアラいわく、学院で教えられる槍術は完全にマスターしてしまい張り合いが無くなったので、ジャンルの異なる双槍術を受ける事にしたらしい。双槍術というのは字の通り槍を二本扱う。槍術と双槍術に限らず武器一本と二本ではまったく型が違うので一からまた武術を修めるというわけだが……。
「うーん、なんかちょっとだけ物足りなかったかな? 確かに筋とかは槍術と違うかったけど、けっこう簡単だったからね」
流石キアラ、難なくやってのけたらしい。だいぶ前俺も暇つぶしがてら双剣術を学びに行った事もあったが、槍同様に型が違いその時はまったく上手くいかなかったからな。
あと筋力も足りなかったとは言うまい……。いや筋トレだってしてるんだけどね一応。
「まぁやってくうちに楽しくなるんじゃないのか? 一応新しいジャンルなわけだしさ」
「うーんそうかな……いっそ卒業して槍の名人探して修行したほうがいいかも?」
キアラがそう一人口ごちる。その時心の中を何かで撫でられたような、そんな奇妙な感覚に襲われる。
「卒業ってそんな簡単に行くもんじゃないだろ」
気づけばそう言葉を発していた。
「ん? まぁそうだよね、確かにそう簡単には通らないと思うけど……どしたのアキ? お腹でも壊した?」
お腹を壊す? なんでそんな事を聞くのだろう。
「なんていうのかな? 苦しそう? だったからさ」
俺の心中を察したか、キアラがそう付け加える。
ああ、確かにちょっと語尾は強くなってしまっていたかもしれない。
「悪い、全然大丈夫だ」
「そう、だったらいいけど……」
少し浮かない表情をするキアラだったが、とりあえず納得はしてくれたらしい。
「さて、そろそろ暗いし寮に戻るか」
若干微妙になった空気を紛らわすため、本をパチンと閉じそう提案してみる。
「そうだね、今日の晩御飯はなんだろな~」
「またそれかよ」
「あ、今馬鹿にしたでしょ?」
「いやいや滅相もございません」
「ならけっこうっ」
なんとも中身の無い会話だが、こうやってキアラや他の皆とこんな感じで話したり、一緒に過ごすのは楽しい。
ガキ相手に何マジで楽しんでるの、なんて言われるかもしれない。何せ一応俺は成人も迎えているわけだからな。ただまぁ外と関わりを持たなかった分精神的に成長してるかはさておいてだけどね!
♢ ♢ ♢
「よーっし、ご飯だー!」
「まだ時間になってないぞー?」
寮に戻るやいなや、颯爽と館内へとキアラが駆けていく。
若干呆れのような感情を抱きつつその後を追おうとするが、視界の端に誰かが上を見上げている姿が映ったのでのでそちらに目を向けると、アリシアが本を抱えながら空を見ていた。
「何してるんだアリシア?」
「あ、アキさん。少々星を見てまして。見てみてください」
声をかけるとアリシアはいったんこちらに顔を向け応答してくれると、またすっと上の方を見るので、俺もそれにならい空を見上げてみるとする。
おお、昼間は曇ってたのにけっこう晴れたな。
まだほんの少し青みがかった空の中、いくつか光る星を確認することができた。そしてその中に一際目立つ星がある。いわゆる宵の明星というやつだろうか。
「あの一番輝く星ありますよね」
同じところを見ていたらしい、恐らくあの宵の明星について言ってるのだろう。
「私にはあの星が中心に様々な小さな星々が集まってきているように見えるんです。あの一番輝く星はきっととても優しくて、だからこそああやってずっと光り続けてるのではないでしょうか? そしてそれに周りの星は同調して一緒に光っているんです」
アリシアがそう言うので少しそれについて考えてみる。
なるほどアリシアの解釈は面白い。ただ少し違うような気もする。あの明星は優しいのではなくただ自分勝手なだけなんじゃないだろうか? あの空で居座っていると、星々たちが周りをきれいに照らしてくれる。その状況が心地良いからまた自分も光る。うーんその捉え方はちょっとロマンが無いな。
「ああ、そうかもな」
だからここは肯定はしておこう。
「あの星には無理してほしくないですね」
ふとアリシアが呟く。無理してる、か。
しばらく星を見ていると、防寒着は着てるものの流石に少し寒くなってきた。
「そろそろ入りましょうか。じっとしていては流石に寒くなってきました」
微かにほほ笑むアリシアの顔がこちらに向く。
「了解。星ってのも案外良いもんだな」
「はい。私はいつかこの星空の向こうへ行ってみたいんです」
その表情は非常に晴れ晴れとし、瞳は希望で溢れ返っていた。
ああやっぱりアリシアも大人っぽいけどちゃんと夢を持つ一人の少女なんだな。
「あ、いやなんていうんですかね、その、今のは……」
自分の夢を語ったことが少し恥ずかしかったのか、アリシアはばつが悪そうに眼を泳がし頬を赤く染める。
「叶うといいな、いやアリシアならできる」
言うと、アリシアは少しの間こちらを見つめ、やがて笑顔で答えた。
「はい」
その表情はどこまでも純粋で、こちらの心まで和ませる。
にしても星空の向こうか。この世界ではどうなんだろ、やっぱり広がっているのは真っ暗な宇宙なのだろうか?
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