ルーメリア学院 崩落編

第五十七話 躊躇い

 冬と言うのはどうにも物悲しい。

 吹き付ける風は冷たいし、草や木に青さは無い。ここは大して雪が積もるわけでもなくただただ寒い日が続いている。ディーベス村は今頃銀世界なんだろう。そういえばこの世界に来てからもう四年くらい経つんだよな。


「ねぇアキ?」


 ボーっと学院の図書館の窓から寒々しい空を眺めていると、隣に座るティミーが話しかけてきた。

 まだその顔立ちにあどけなさは残るが、昔に比べてしっかりと成長している。出会った当初は意外とお転婆だったティミーだが今ではそれなりに落ち着いた様子になった。たぶんヘレナさんに似たんだろう。胸はヘレナさんのようには……あ、察し。まぁあまり色気出されてもこっちが戸惑うから逆にありがたい。そもそも他の皆もまだそこまで無い。まだまだ発展途上と言うわけだな。


「なんだ?」

「なんか元気が無いなって……」

「そうか?」


 まぁ確かにちょっとセンチメンタルになってたかもしれない。どっか似てるんだよな、元いた世界の冬の景色に。


「まぁなんだ、ちょっと眠いだけだ」

「眠いの? 次の講義大丈夫?」

「安心しろ、勉学の鬼と謳われる俺だからやる時はやる」

「それならいいけど……まぁもしアキが寝たら起こしてあげるね」


 ティミーが笑顔でそんな事を提案してくれる。

 そりゃ願っても無い! 絶対寝るぞ! そして可愛いティミーに起こされるんだ!


「その時は頼む。じゃあ、そろそろ行くか」


 張り切って腰を上げると、ティミーも後に続く。

 

「次は魔術学Ⅱだったっけ、場所変わるって言ってたよね?」


 そういえば前の講義の時に言ってたな……。確か場所は第二大講義室だったか。


「第二大講義室だったな」

「あ、確かにそうだったね」


 現在俺は九年生。七年生、八年生の時に比べてけっこう内容がハードになったもんだ。

 ちなみにティミーも今は九年生だ。学院で才能が開花したのかとんとん拍子でいつの間にか同じ学年になっていた。ティミーって才能の塊だよね……。

 改めてその凄さを認識しつつ、魔術学Ⅱを受けに第二講義室へと向かった。



♢ ♢ ♢



「やぁ、アキヒサ、ティミーちゃん」


 第二講義室に着くと、机に座るカイルさんがこちらに手を振ってきたので軽く会釈しその方向へ向かう。

 しかし闘技大会予選の時はほんとお世話になったなぁ。あの時の瞬間移動は今でも記憶に鮮明だ。だいぶ前その瞬間移動について聞いてみたけど答えてくれなかったんだよな、企業秘密だとかで。


「どうだい? 最近の調子は」

「げ、元気です!」


 何故かティミーは言葉を詰まらせる。もしかして思春期が来て恥ずかしがり屋が再発でもしたか。


「お、いいねぇ。アキヒサは?」

「どうって言われましてもね……」


 別にさして変わりはない。あえて言うなら最近ちょっと寒いくらいだ。


「ま、そんなものだよね。じゃあさ、アキヒサは卒業したらどうするつもりなんだい?」


 卒業、その言葉は大きく肩にのしかかる。


「特に、決まってないですかね」

「え、そうなの? ちょっと意外」

「そんなにですか?」

「うん、だってアキヒサってもう学院では知らない人いないくらい凄いからさ、さっさと学院出て超一流冒険者にでもなるのかなーってね」


 知らない人がいないとか大げさな……。

 ふむ、でも冒険者かぁ……絶対なりたくないな。だってあれ、やります、やれます、よろこんでの便利屋だろ? しかも聞いた話によると上下関係厳しいらしいしさ。もはや社畜だよね? なんでこっちの世界でわざわざ社畜人生とやらを送らなきゃならないんだよ! しかも安定しないんだから尚更やる気起きないよな!


「冒険者は無いですけどそうですね、実家に戻って農作業とかも面白いかもしれません」


 実家と言えばティミーの家になるな……それだとちょっとアレだから自分で家を頑張って建てようかな。


「アハハ、なるほど、それも斬新でいいかもね」


 カイルさんはそう来たかとばかりに自らの顔に手をかざし笑い声をあげる。

 太陽が顔を出すと共に目覚める朝、窓から入る暖かな日差しの中小鳥のさえずりが耳に届く。まだ若干の肌寒さを感じる外に出て、手をたまにこすり合わせたりしながら自然を背景にせっせと畑仕事……悪くない。待って、ほんとに卒業したら農家になろうかな? 


「ヤッホーみんな!」


 謎に自分の将来を妄想していたところ、ふと声がしたのでそちらの方を見ると、キアラとミアが講義室に入ってきていた。彼女たちもまた同じ九年生だ。


「先生もこんにちはっ」

「やぁ」


 ちなみに先生と言うのはカイルさんの事だ。出会った当初カイルさんは既に十八歳だったらしいのだが、急に頭角を現すと、光駕祭の後に行われる秋の進級試験で見事九年生に進級、その上卒業到達率一割と言われる学院の冬の卒業試験まで合格してしまったという化け物だったりする。その才能を買われたのか卒業後、カイルさんはこの学院の教師になっている。実際の俺の年齢と大きくは変わらないのでただただ感心するばかりだ。要は二十歳で東大の教授になっているようなもんだからな。


「じゃ、そろそろ講義を始めようかな。皆適当な席について」

「はーい!」


 カイルさんの講義はなかなか面白い、やってる内容は難しいはずなのだが、これがまた巧い事説明してくれるんだよ。

 そのせいもあり結局寝る事ができず、可愛い天使から起こされるというイベントを発生させる事はできなかった……。



♢ ♢ ♢



「アキヒサ先輩お疲れ様です」

「おう、ありがとう、そっちもお疲れ」


 今日の講義は終わったので寮に帰る途中、通りがかりに後輩の一人が挨拶をしてくれたのでとりあえず笑顔で返しておく。あんまりムスッとしてるとけっこう誤解されて距離を置かれるからな。


「こんにちは~」

「おう!」


 また別の後輩が挨拶してくれたので元気よく返しておく。

 現在のルーメリア学院編入枠生徒、三十数名。けっこう編入枠生徒が増えたのも二年前の闘技大会で編入生枠のキアラと俺が1,2を飾ったからと言われているが真相は定かではない。まぁ俺はともかくキアラの効果は確かにあったかもしれない。何といったって学院最強の座だからな。

 ちなみにそのキアラと言えばまた別の講義に行っている。ティミーやミアも同様だ。


「おお、帰ったかアキ。見てくれ僕の髪の毛を」


 寮に戻るやいなや俺の元にやってきたのはアルドだ。こいつもこいつで頑張ったらしく、編入当初は下の学年にいたのだが今では履歴書にも書ける八年生だ。

 

「なんだその色……」


 いつもは金髪で育ちの良さそうな髪型をしていたアルドなのだが、今日は若干その髪は立っており、何より目がチカチカする。濃いピンク色だ。


「どうだいアキ、ためしに染めてみたんだ」

「ダサいからやめとけ」


 どうだと聞いてくるので正直に即答してやる。だってありえないだろそれ、見ろよ、周りにいる後輩がこっちにチラチラ顔を向けてるぞ? かという俺も若干引いてるからね? てか今更だけどこの世界でも毛染めできるんだな……。


「ダ、ダサいのかこれ!?」


 近いうちに世界が滅亡すると言われたのを真に受けたような驚き方だな。そんなもん周りの様子からも察せよ……。


「普通にダサいな」

「ダサいのか……ハハ」


 アルドはがっくり項垂れ乾いた笑い声を発する。


「まぁなんだ、お前元々綺麗な金髪なんだし、染める必要ないと思うぞ」


 そう付け加えて置いてやると、すっとアルドは顔を上げる。


「アキお前……」


 そこまで感激されるほどのものでもないけどまぁいいや。


「僕の髪をそんな目でいつも見てたのか? 僕自身それは構わないが少し意外だな」

「なんでそうなんだよ!」


 てか構わないって構えよ!?

 やっぱりこいつは絶対に一般人よりずれている。努力家なのは認めるけどさ……。


「アキさん帰ってたんですね、お帰りなさい」

「おかえりっすアキ先輩!」


 口々に言ってきたのはアリシアとコリンだ。アリシアもまた八年生でアルドと同じ学年だ。そしてコリンの方は六年生、十三でその学年なら姉のキアラ程ではないが優秀な方だろう。でもあれだな、この二人が並んでるってのは珍しい組み合わせだ。


「アルドさんいたんですね。……って何ですかその髪の色、気持ちが悪いのですが」

「言わないでくれアリシア……」


 再び言われてまたへこむアルド。


「そんな髪の毛で私の名前を呼ばないでください。不快です」

「そ、そこまで言うかい!?」


 厳しい一言にもはや完膚なきまでに打ちのめされたか、ガクリと膝をつくとそのまま手を付き顔を伏せる。


「あー確かにそれは無いっすわーアルド先輩」


 コリンからもまた痛烈な攻撃を受けたアルドは、それがとどめだったらしく手で身体を支えきれずにそのまま地面に沈み込んだ。

 もうちょっとアルドに優しくしてあげてよみんな!


「あ、すみません、そろそろ次の講義が始まるんで失礼しまーっす!」


 勢いよくコリンは頭を下げると、慌ただしく寮の外へと出ていった。


「そういやアリシア、コリンと一緒にいたけど何してたんだ?」

「少し勉強の事を聞かれたので教えてました」


 そりゃ意外。どうやらコリンも努力してるらしい。言っちゃ悪いがいつも馬鹿っぽいのでちょっと感心した。まぁ才能あふれる姉を持つ分、案外大変なのかもしれない。


「そういえばアキさん、卒業試験受けるんですよね?」


 今は二月中旬、卒業試験は三月の頭にあったはずなので既に一か月を切っている。


「まぁどうしようかな……」

「受けるべきです」


 しどろもどろに返事していると、それを断ち切るかのようなはっきりとした口調でアリシアは言う。


「簡単に通らないにせよ、やっぱり経験というものは大事だと思うんです」

「そんなもんかな……」

「そんなものです。頑張ってください、応援してますから」

「うん、まぁ考えとくよ。ありがとう」


 それだけ言っておくと部屋に戻るためアリシアに背を向ける。

 確かに卒業試験なんて受けたとしてもそう簡単に通れるものではないだろう、でも万が一通ってしまったとしたら?

 この学院生活は楽しい。だからこの場所を去るのはどうにも後ろ向きな感情が前に出てしまう。

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